第38話 正体
車で走り去るカート室長たちの姿が窓から見えた。
「うまくいったわ! 奴らはここから出て行った」
沙羅はみんなにそう伝えた。それを聞いてミオたちはほっと胸をなでおろした。ここはお隣のニシミの家だ。
「ニシミさん。ごめんなさい。いきなりこんなことを頼んだりして・・・」
「いいんですよ。困っているときはお互い様」
沙羅たちは第1分署へ行くフリをして、お隣のニシミに事情を話して中に入れてもらったのだ。
「まさか、ここにいるとは思わないでしょう。いい気味だわ!」
ニシミはそう言ったが、隣にいる夫のリーモスは困惑した顔をしていた。
「じゃあ。戻りましょうか。カートたちは行ってしまったし、ここにはもう戻ってこないわ」
沙羅たちは外に出てダイの家に戻った。
中に入るとすぐにミオが沙羅に尋ねた。
「どうしてここに戻ったの? もしかしてまた探しに来るかも」
ミオには沙羅の意図がわからなかった。このまますぐにどこかに向かうという選択もあるのに・・・それがミオには不可解だった。沙羅はニコッと笑うと、
「ええ。でもね・・・」
と言葉を濁して意味ありげに目配せした。ミオはそれで沙羅が何かをしようとしていると察して口をつぐんだ。沙羅はみんなを見渡して一呼吸おくと、ゆっくりとはっきり告げた。
「今から隠れ家に向かうわ!」
するとミオがうなずいて大きな声で尋ねた。
「隠れ家? 隠れ家なの?」
「ええ、隠れ家よ。私しか知らないところ」
「カートたちに見つかったりしないの?」
「それは大丈夫。方角も逆だし、絶対にわかりっこないし、探せないところよ。そこに隠れていましょう。ダイたちを救う手が見つかるかもしれないわ」
ナツカとロークは沙羅とミオの会話を黙って聞いているだけだった。
「さあ、今度こそ行くわよ!」
沙羅はナツカとロークにも目配せした。2人はわかったというように大きくうなずいた。
沙羅たち4人は家から出て外を歩き出した。確かに第1分署とは違う方向だった。誰にも見つからないようにひっそりと音を立てないようにして進む。
だが暗闇を行くのは彼らだけではなかった。その後を距離を開けてついていく人影があった。物陰に身を隠しながら尾行する姿は手慣れているように見えた。
沙羅たちはそれに気づいていない。一刻も早く到着するためにできるだけ早く歩いている。もちろん負傷しているナツカもロークに肩に捕まって懸命に歩いている。後ろを警戒する余裕はない。
その人影は気づかれないように慎重につけていた。このままいけば沙羅たちの隠れ家を突き止められると・・・。だが不意に後ろから肩をつかまれた。
「そこまでだ!」
その人影は手で顔を隠して逃げようとした。だが一瞬早く両側から腕をつかまれてしまった。
「おとなしくしろ! もう逃げられないぞ!」
それでも逃げようとして暴れている。沙羅たちは後方で起こったことに気付いて戻って来た。
「よくやった! ラオン! ハンパ!」
ロークが声をかけた。その人影を抑えていたのはラオンとハンパだった。
「連絡をもらって、この近くに隠れて尾行してくる奴を待っていた」
「うまく網にかかりました」
ラオンとロークは得意げだった。その人影は観念したのか、暴れるのをやめて顔を伏せていた。
「それにしてもユリさんには驚いたわ。とっさにあんなことを思いつくのだから」
ナツカが感心したように言った。沙羅が「ふふん!」と得意げに言った。
「おかしいと思っていたのよ。ダイたちは待ち伏せに遭ったし・・・。こちらのことが筒抜けとしか思えない。以前にも同じようなことがあったから、もしかしたら盗聴されているのかもと思ったの」
「私はそれに気づかなかった。でもこれで敵のことがわかるわね。さあ、顔を見せなさい!」
ミオはライトでその人影の顔を照らした。沙羅はその顔を見て驚愕の声を上げた。
「リーモスさん! 一体、どうして・・・」
尾行していたのはニシミの夫のリーモスだった。彼がダイや沙羅を監視していたのだ。
「あなたがどうしてこんなことを?」
「・・・」
リーモスは顔を背けて答えない。敵に捕まっても口を割らない訓練を受けている・・・沙羅にはそう思えた。それでも沙羅は訴え続けた。
「ねえ、話して。ダイが危険なのよ!」
リーモスに話してもらわないとこの危機からは抜け出せない・・・沙羅は必死だった。すると後ろからもう一人、早足で近づいてきた。
「やっぱりあんただったのね!」
それはニシミだった。
「おかしいと思っていたのよ。仕事だと言ってしばらく帰ってこない。家に帰っても部屋に閉じこもる。密かに誰かに連絡している。あんたはスパイみたいなことをしていたのね!」
「お、おまえ・・・それは・・・」
「あんたのために班長さんがどんな目に遭っていると思うの! このユリさんだって・・・。あんたに話したよね! 2人がどんなつらい目に遭っているか・・・」
「任務が・・・」
「何が任務だい! こんなことをして私が喜んでいると思っているの! しっかりして! あんた!」
ニシミはリーモスを責め立てていた。彼は言い返すこともできず、その表情は苦悩に満ちていた。沙羅はリーモスの思いも分かる気がした。その組織に属している以上、間違ったことだと思っていても実行しなければならない状況に陥ってしまうことを・・・。
「ニシミさん。モーリスさんは悪気があってそんなことをしていたわけじゃないのよ。仕事だから・・・辛かったのはリーモスさんよ」
それを聞くとリーモスは涙をこぼした。
「すまなかった・・・私のために・・・」
こらえていたものが一気に崩壊したようだ。
「私が間違っていた。トクシツに、いやカート室長に従っていたことを・・・。私は知っていたんだ。奴らがどんなことをしているか。向こうの世界からやってきた者を拘束し、恐ろしい薬物を作り、向こうの世界に流して私腹を肥やした。またその薬物でググトたちに言うことを聞かせ、その力でこの世界を支配しようとたくらんでいる。しかし私はあえて目をつぶって、言われるがままに任務を続けた・・・」
リーモスはひざまずいて頭を下げた。
「リーモスさん・・・」
「許してくれ。この罪を償うためにはどんなことでも甘んじて受ける」
沙羅はそんな彼に手を差し伸べた。
「もう立って。リーモスさん。私は怒っていないわ。正直に言ってくれてうれしいくらい」
「ユリさん。私は・・・」
「もういいの。ダイたちは私たちが助けるから」
「いや、償いをさせてほしい。私はトクシツの秘密調査員123号だ。カート室長から大いに信頼されている。彼は君たちを探している。私は通信機でカート室長や監察警官を別の場所に誘導する。できるだけ遠くに・・・。その間にダイさんを救い出してほしい」
リーモスはそう言った。沙羅は彼を信じようと思った。しかし・・・。
「そんなことをしたらあなたが危険だわ。カート室長にどんな目にあわされるか・・・」
「大丈夫だ。私はもう奴らと縁を切る。任せてほしい」
リーモスは決死の覚悟だった。妻のニシミも大きくうなずいている。
「ではリーモスさんにお願いするわ」
「ユリさん。班長たちを助け出すのですか?」
ナツカが問うた。
「ええ、私たちは逃げ回っていると思っているから油断しているはず。その隙を突けばうまくいくわ。それでミオさんにやってほしいことがあるの」
沙羅はミオの方を向いた。
「どんなこと?」
「すぐに家に帰って署長にすべてを話してほしいの。それでできれば応援の保安警察官を派遣してもらえるように要請してほしい」
「わかった。頼んでみる!」
沙羅はみんなの顔を見渡した。
「みんな円になって、右手を前に出して重ねて」
以前、プロジェクトを立ち上げた時、沙羅はチームでよくこうやって団結力を強めたことを思い出していた。ナツカが不思議そうに尋ねた。
「何をするの?」
「おまじないよ! うまくいくように」
みんなは円陣を組んで右手を出した。
「私が掛け声をかけたら『オー!』と声を上げてね」
沙羅はそう言ってから一呼吸開けて大声を上げた。
「じゃあ! いくわよ! みんなを必ず助けるわよ! ファイト!」
「オー!」
大きな声が響き渡った。不思議なものでそれで一体感が生まれた。
「さあ! 出発!」
いよいよ沙羅たちが動き出した。ダイや森野刑事、そしてとらえられている人たちを救出するために・・・。
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