第23話 恋人関係が終わる時?(4)
「重い空気は好きじゃないから、楽な雰囲気で聞いて欲しいんだけど……」
「僕も聞いて良いのですか?」
「もちろん!言いふらしたりしないでねー」
太陽はうんうんと頷く。
それを見た秋見先輩は、紅茶で喉を湿らせてから話し始める。
「まず言っておくと、この傷は私が悪いんだ。彼氏の勉強の成績があまりにも落ちてきててねー。頑張ったらご褒美あげるって約束してたんだけど、その約束を破っちゃって……」
「どういう約束なんですか?」
「テストの順位が高ければ高いほど良いご褒美を用意してたんだけど、なんか異常な程に頑張ったみたいで、結果チューすることになっちゃったんだよ。絶対無理だと思ったんだけど見積もりが甘かったねー」
ふと、「彼氏だったらチューしても良いんじゃないですか?」と言おうとしたけれど、思い留まった。何故なら横に太陽君が居るから。
太陽君としていないのに、軽々しくすれば良いなんて言えない。
「見積りが甘いのは仕方ないとして、約束を守らなかったのはどうしてですか?」
「いやー、何て言うか。温度差かな?そこまで必死に勉強するんだと思ったら急にキモくなっちゃってー。もっとノリが良い人だと思っていたのだけど、何か雰囲気がガチでね。そういう人だったんだーというのか、真面目すぎと言うのか、とにかくノリが合わないなと思っちゃって。悪いことしてる自覚はあるのだけど」
「チューはしたことあるのですか?」
「もちろん普通に何度もあるよー。チューがしたくないんじゃなくて、知らなかった側面を知ったことで好きかどうか分かんなくなった。って感じかなー」
秋見先輩はノリが合うとか合わないとかで、好きになったりならなかったりする。多分、付き合うまでの基準が低いのだろう。
見た目や、外側の性格が良いかだけで決めていて、内側の性格まで重視していないのかな。
彼氏を取っ替え引っ替えしてるという噂もあるし、ラブラブな恋人というよりは、親友のような関係で付き合いたいのかも。
だから、付き合って内面を知っていくと、少しずつ違和感を感じてしまう。
もしくは、単に内面の性格の理想が高すぎるとか?
どうであれ、
「今はどういう状況なのですか?」
「ついさっき正直に、必死すぎてやっぱり無理!って冗談混じりに謝ったら怒っちゃって。多分、転ばせるつもりまでは無かったと思うのだけど、肩をドンって押されて、転んじゃって、思わず逃げてきた。なんだかますます思ってた人とは違うなーって。面白くないよねー」
原因を作った秋見先輩が根本的には悪いと思うよ。
彼氏も彼氏だけどさ。
私が言えた口では無いけれど、秋見先輩って性格悪いよね。
でも、全く考える力が無いという訳でもなくて、図書館で恋を調べるくらいには考えて、悩んではいるという。掴めない人だ。
「先輩は、今後彼氏(
「(
秋見先輩は貼られた絆創膏を眺めながらそう言った。
本人ですら答えの出せない問題に対して、私の観測分体は何か出来るのだろうか。
ここでバシッと深い一言を言いたい。
そういう欲がボコボコと湧いてくる。
『秋見先輩は、彼氏とどうなりたいの?』
『分からない』
でもまだまだ。今の私はもっと深く心を覗くことが出来る。
「先輩、手貸して下さい」
「うん?はい、どうぞ」
先輩は傷のある手のひらを下にして差し出すので、私は手首を掴む。
『秋見先輩は、彼氏とどうなりたいの?』
『分からない。つまらない現実から逃げたい』
はいはい。
つまらないことが嫌いで、面白いことが好きなことはもう知ってる。
まだまだ浅い。もっと心の奥底が見れないと意味が無い。
「先輩、立ち上がって向こうを向いて貰えますか?」
「それはいいけど、何するのー?」
「何するって、お悩みを聞くに決まってるじゃないですか」
「あぁ、そっか、そうだよねー」
訳も分からずに背を向ける先輩に、歩いて近づいた流れでハグをする。
後ろ髪から良い匂いがしたので深呼吸で吸う。
細い体は、少し筋肉質の三花ちゃんよりも抱き心地が良くて、持ち帰って抱き枕にしたい。
「(すぅ……)いい匂いですね」
「え、ありがとうー。このハグはどういう?」
「集中するので、静かにしてください」
「え、ごめんー」
『秋見先輩は、彼氏とどうなりたい?』
『分からない。つまらない現実から逃げたい。約束守れなくてごめんなさい、でも無理。つまらないのは死んでも嫌、ああつまらない、つまらない、勉強なんかしなくていい、面白ければ、楽しければ、それだけでいい。それなのに――』
「うわっ!」
見た目のかわいさとは裏腹に、心の声と一緒にどろどろした負の感情がどばどばと溢れてくる。言葉だけじゃない。今まで感じることが出来なかった、その心の温度が観測分体を通じて私に伝わる。
冷蔵庫のような冷気が体を徐々に侵食していくような感覚に、思わず先輩から離れる。
──寒っむ!
へへ。
でも、待っていたのはこういうのだよ!
こういうのが見たかった!
それにしても、考えは何もまとまっていないらしい。考えること自体がつまらないから、考えることを避けているのだろうか。
それでも、何も考えられていないということと、すべての判断を面白いかどうかで決めている、という本心は分かった。今はここまでが限界かな。
元の椅子に戻って仕切り直す。
「私が思うに、もう一度彼氏と話し合った方が良い気がします」
「それは私もそうだと思うよ、でも何を話せばいいの?」
「正直に言えば良いじゃないですか、真面目な人は嫌いって。先輩って、彼氏のこと元々は好きだったのですよね?」
「今でもどちらかと言うと好きだよー。女の子と比べて男の子ってすぐに仲良くなれて、気が合うって言うか。男の子同士のノリが好きなんだよね。今の彼氏君も元々面白い人だなと思ってて、その楽しい時間をもっと長く一緒にいたいから付き合ったんだよ」
「そうだったんですね」
ずっと置物状態の太陽君は、ただ静かに話を聞いて紅茶の液面を揺らしている。
もうしばらく置物でいてもらわないといけないかな……。
「私、恋愛が長続きしないというか失敗したなと思うことばかりでさ、上手くいかないんだよー。だから、面倒ごとを避けて、キッパリ別れることが
──
「どうなっても文句を言わない」って言ったね。
これは観測分体を鍛える絶好のチャンスだ、逃す手はない。
「分かりました。どうなっても全部秋見先輩の責任ですからね。私が何とか結論を見つけてみます」
「お願いします、結姫先生!」
「では明日、彼氏を連れてきて貰えますか?あと、秋見先輩の彼氏にハグしてもいいですか?さっきみたいに」
「分かった!ハグでも、チューでも好きにしていいよ。私が目の前に居る時ならね。興奮、じゃなくてなんか面白くなってきたかも。太陽君もいいよね?、結姫ちゃんが私の彼氏にチューしても」
「ハグなら良いですけど……、チューは僕としてからじゃないと嫌です」
――!?
「わお!だってさ、結姫ちゃん」
「……参考にします」
心では、「先輩の彼氏にチューするつもりなんてないから!」と思いつつも、太陽君が飲んだティーカップの口が妙に目にとまる。
でも、確かに。
チューをすれば、もっと深層心理に迫れるのでは?
いやいや、まだ早いよ。心の準備も出来てないし。
そもそもどうやって心を準備するのか分かんないから!
「いいなー!青春だー!ねえ太陽君?結姫ちゃんとケンカした時は、先輩として相談乗ってあげるからねー。SNSで繋がろうよ」
──あぶない!!
太陽君と秋見先輩がSNSで繋がるなんて、百害あって一利無しだ。
「太陽をからかわないでください。私と交換しましょう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◯作者コメント
秋見先輩はつまらないことが極端に嫌いなので、彼氏トラブルを結姫ちゃんに丸投げしました。とんでもないですね、、、
可愛い女の子と彼氏がSNSで繋がることは、害しかない笑
悪霊退散!!
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恋についての全てを私は知りたい。 向夏夜なくの @kanaya_nakuno
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