『ヒト喰い日記』が襲ってきます

黒澤カヌレ

襲い来る『叙述トリック』

『十一月三日』

 私は今日、ある特別なものを手に入れた。

 なんでも、『人を喰ってしまう日記』というのが存在するらしい。そこに自分自身のことを書き込むと、日記から『標的』と認定され、最後に喰い殺されるという。


 はっきり言って、意味がわからない。

 日記が人を食う? ページが突然閉じて、腕に噛みついてくるとでも言うのか。

 馬鹿馬鹿しい。


 だから、試してみることにする。今、書き込んでいる日記こそが、ヒト食いの日記とされるものだ。そこに私のことを書いてみる。


 私は今日、いつも通り会社へ行った。朝の七時半、JRの神田駅から中央線の列車に乗り、ゆっくりと座って文庫本を読んでいた。隣には三十くらいの化粧の濃い女が座っていて、若づくりしている感じで気持ち悪かった。


 でも、私も人のことは笑えない。

 会社ではみんなから『オッサン』と呼ばれている。





『日記への返信』

 書かれている内容を見て、気づかされることがありました。


 あなたは、朝の七時台に中央線の列車に乗った。その場合、平日ならば通勤のために混み合っていて、とてもではないけれど座って文庫本など読めないはずです。


 でも、一つだけ可能な状況はある。

 それは、あなたが『女性専用車両』に乗っていること。

 それならば、座って本を読む余裕ができます。


 あなたのあだ名は『オッサン』だそうですが、それは、あなたの名字や名前に『乙』などの字が含まれ、そこから『オツさん』などと呼ばれたのが始まりではないですか。


 つまり、あなたは『女性』なのですね。





『十一月四日』

 たしかに、私は女だ。

 本名は花野はなの乙女おとめ。あまりにも少女漫画的なので、逆に『オッサン』と呼ばれ始めた。


 それにしても驚いた。日記が返信してくるとは。

 ここに迂闊に書き込むと、細かい内容から『私』の状況を指摘してくるらしい。


 少し、記憶が曖昧だ。私は自分が女だと自覚しているが、本当にそうだったか?

 間違わないよう、しっかりとプロフィールを書いておこう。


 私の年齢は二十七歳。システムエンジニアの仕事をしている。今は西暦だと二〇二〇年代。紛れもない地球人。結婚はしていない。両親と同居していて、東京都内の一軒家で暮らしている。


 この日記が危険なら、逃げた方がいいかもしれない。今日もこの部屋へと移動する途中、何かまがまがしいものを感じた。会社へと向かう途中も、家に置くことに不安を感じた。





『日記への返信』

 気づいた点があります。あなたの表現に違和感がありました。

『会社へ向かう』とか『部屋へと移動する』など、具体的な手段が明確になっていません。あなたの表現には、『地面を踏む』という感覚が抜け落ちています。


 つまり、あなたは『歩けない人間』なのです。





『十一月五日』

 たしかに、私は車椅子に乗っている。

 数年前に事故に遭い、立って歩くことのできない体になった。


 それが私の人生なのだが、本当に、それで間違いはないか?

 何かがおかしい。少しずつ、私の記憶や人生が変化している気がする。


 これ以上、事実が狂っていかないよう、正確に記述していかなくては。

 今、家の外にはイチョウの並木が見える。黄色く色づいていてとても綺麗だ。窓の外を見ると、三十そこそこの若い母親がベビーカーを押して歩いていた。


 私には目も見えている。日記を書いている確かな手がある。





『日記への返信』

 あなたの日記は、日付が連続しているように見えますね。

 でも、本当に毎日欠かさず日記をつけているのでしょうか?


 電車に乗って通勤したあなたと、イチョウの木を見るあなたは、感性が違っている。

 十一月三日のあなたは、三十代の女性を『若づくりしている』と評し、十一月五日のあなたは三十そこそこの女性を『若い母親』と表現した。


 日付は連続しているように見えて、実は数年、いえ、十年以上の開きがあるのでしょう。

 今のあなたは、五十歳近い年齢になっている。





『十一月六日』

 たしかにそうだ。

 昨日の日記を書くまでに、実は二十年の開きがある。


 でも、よくわからない。これまでの二十年、私は何をしていたか。急速に年齢だけを重ねさせられたような、どうしようもない喪失感がある。


 でも、私は一人じゃない。私を『オッサン』と呼ぶ仲間たちも。そして家族もいる。





『日記への返信』

 あなたの言う『仲間』や『家族』とは、ちゃんと実在している人間ですか? その割には、一回も彼らの顔の描写もなければ、交わした会話の記録もありません。


 十一月五日の日記で、あなたは『正確に記述』しようと宣言し、なぜか外の風景のことだけを書きました。屋内に家族がいるなら、その人たちのことを書くものでしょう。


 つまり、あなたは一人きりです。





『十一月七日』

 私は、孤独だ。昨日の日記で書いたことは、たしかに妄想が混じっていた。

 家族なんかいない。仲間なんかいない。

 私はずっと、人形と話をしていた。寂しさから、それを家族や友人と思い込んでいた。





『日記への返信』

 今は十一月。外は寒くなってきたことでしょう。

 それが書かれていないということは、あなたの皮膚感覚に異常が起きています。


 あなたは温度を感じられない。





『十一月八日』

 本当に、寒いのか暑いのかもわからない。

 でも、目は見えている。私は正常だ。日記も連日書けている。





『日記への返信』

 今は秋の季節です。表にイチョウの並木があるなら、ギンナンが多量にこぼれていることでしょう。ベビーカーを押す母親まで通る道です。大勢が踏んで、かなりの臭いのはず。

 あなたはそれを描写しない。


 つまり、あなたは嗅覚を失っている。





『十一月九日』

 匂いはわからない。でも、味だけはする。コーラが美味しい。

 日記も連日欠かさず書けている。





『日記への返信』

 炭酸の音がしていませんね。コーラを飲む楽しみと言ったらそこが第一でしょう。


 つまり、あなたは耳が聞こえていません。





『十一月十日』

 あたりが静かだ。コーラの味だけがわたしをいやす。

 日記も連日欠かさず書けている。





『日記への返信』

 漢字変換が少ない。文字の記憶が消えているようですね。


 あなたは認知症に陥り、意識があやふやになってきました。





『十一月十一日』

 わたしは、ちゃんと、ここにいる。まだ、だいじょうぶ。





『日記への返信』

 また、時間が飛びましたね。何十年が経過したのでしょう。


 あなたは、本当に生きている人間ですか?





『十一月十二日』

 こわい。こわい。こわい。

 ただ、ペンだけはうごかせる。


 でも、まだだいじょぶ。

 おぼえている。こんな時のために、ようい、していた、こと、ある。


 わたし、どうして、一日にいっかい、しか、ニッキ、かかなかったか。


 それは、これが、ウソだから。

 このにっき、かかれていること、ぜんぶ、ウソ。





『日記への返信』

 そうですね。全部が嘘です。





『十一月十三日』

 そうだ。嘘だ。

 だから、私は何も失っていない。叙述トリックみたいに、私の存在が改変されていった。だが、危険な存在に追い詰められていたなら、もっと細かく日記に書き込むはず。それをしなかったということは、これまでの話が全部創作だったことに他ならない。


 だから、私は何も失っては





『日記への返信』

 そうです、これはフィクションです。

 あなたは、存在していません。


 完全なる、『無』です。





『十一月十四日』


(空白。何も記されていない)


『日記への返信』

 どうも、ごちそうさまでした。



 はい、ペロリンチョ!

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『ヒト喰い日記』が襲ってきます 黒澤カヌレ @kurocannele

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