第5話 迂回管とバルブシステム

 一九世紀、金管楽器の音の高さを、継ぎ足し管をつけたりはずしたりしなくても変えることができるシステムが開発されます。


 ちなみに、いま「継ぎ足し管をつけたり」と書こうとしたら、PCの辞書さんは「継ぎ足しかんをつけたり」と変換してくれたんですよね。

 燗をつけるときに「つぎ足す」とかしたらよくないと思うし、だいたいそれは「ぎ足す」じゃないかなぁ、と思うんだけど。

 AIさん、人間の生活に忖度そんたくしてくれるのはいいんだけど……これは忖度のしかたをまちがえてるんじゃないかなぁ。


 で。

 金管楽器で自由に「飛び飛び」ではない音を出せるようにしたシステムとは。

 木管楽器のように、穴をあけることで管の長さを短くすることができないのなら、長くしてしまおう、という解決です。

 長くすると音は低くなります。

 木管楽器のように、横の穴をあける方式だと、管の長さが短くなるので音は高くなります。金管では、最後にベルを通さないといけないので、それができない。そこで、逆に管の長さを長くし、音を低くすることでいろんな高さの音を出せるようにしたのですね。


 じつは継ぎ足し管と同じ発想なのですが、いちいち抜いて継ぎ足して、また継ぎ足し管をはずして、とかしなくていいようにする。


 どうするかというと、最初から本体に「迂回うかいかん」というのを楽器に取りつけておくのです。

 それも、「半音一つ分下げられる迂回管」、「半音二つ分下げられる迂回管」、「半音三つ分下げられる迂回管」を用意しておく(楽器によってはさらに迂回管の種類が多いものもあります。ホルンは普通は「半音三つ分」までです)。

 こうすると、「半音三つ分」までしか下げられないかというと、そうではない。

 「半音一つ分」+「半音三つ分」で「半音四つ分」、「半音二つ分」+「半音三つ分」で「半音五つ分」、「半音一つ分」+「半音二つ分」+「半音三つ分」で「半音六つ分」下げられます。半音六つ分下げることができれば、「ド」から「ソ#」まで下げられます。音域によってはそれでも音が飛んでしまうところがありますが、ホルンのばあいにはまず問題になりません。


 この迂回管を通すか通さないかを、バルブを動かすことで決める。これがバルブシステムです。

 バルブを開けると迂回管に空気が回って、その迂回管に応じたぶん、音が下がる。

 バルブといったって、演奏中に操作するのですから、一発で開く、一発で閉じる、という操作ができなければいけません。

 そのために、ピストンやロータリーを使います。

 トランペットはピストンを使うものが多く、とくにジャズやポピュラー音楽ではピストン式トランペットがほとんどです。三つピストンがついていて、そのピストンを押すと、バルブが開いて迂回管に空気が流れ、その迂回管の長さに応じて音が低くなります。ピストンを放すと迂回管に空気が流れなくなり、もとの音の高さに戻ります。

 ホルンのばあいはロータリーを使います。キーを押すとくるっと九〇度回転する装置がついていて、それによってバルブを開閉するという仕組みです。

 なお、トランペット、とくにクラシックで使うトランペットにはロータリー式を使った楽器もあります。ピストン式トランペットとロータリー式トランペットでは音色が違うそうで、オーケストラでは両方を使い分けているようです。

 ホルンはロータリー式で、ピストン式のホルンというのは、私は見たことがありません(ただしマーチング専用ホルンは除く。このあとで紹介します)。


 ところで、かつて、ホルンに似た形の「メロフォン」(「バラードフォン」とも)という楽器がありました。ホルンと同じように円く巻いていますが、管の長さは約半分だということです。

 日本がまだ貧しい国だったころ、学校吹奏楽には、まず、ホルンよりも安価な(それに演奏しやすい)メロフォンが普及したそうです。

 メロフォンは、学校吹奏楽が本格的になるにつれてホルンに置き換わっていき、現在では生産されていないようです。

 で、このメロフォンはピストン式です。

 メロフォンの音もYouTubeで聴くことができます。そこで聴くかぎり、あまりホルンと似た音というイメージはないですけど。


 なお、メロフォンはいまは生産されていないのですが、マーチング楽器として「マーチングメロフォン」を生産しているメーカーはあります。同じメーカーはマーチング用のホルンも作っていますが、ベルは前向き、ピストンシステムという、普通の「ホルン」とはかなり違った製品です。


 話を一九世紀に戻して。

 バルブシステムは、この時期に開発された「コルネット」でその有効性が確認され、トランペットにも普及したということです。

 コルネットはトランペットと置き換え可能な楽器として開発され、奏法もたいへんよく似ているので、バルブシステムの応用もすぐに行われたわけです。

 それがさらにホルンにも応用されたわけです。


 ところで、「コルネット」は、名まえとしては、「コルン」が「ホルン」と同じで「角笛」の意味(英語でいうと「コーン」ですね)、「エット」が「小さい」という意味です。したがってコルネットは「小さいホルン」なのですが、楽器の仕組みも、楽器の音域もトランペットに近く、ホルンには似ていません。

 吹くときにも、トランペットと同じようにベルを前に向けて吹きます。ですので、「右手の操作」も、もちろんありません。

 コルネットは、オーケストラではあまり使いませんが、吹奏楽では使います。とくに「英国式ブラスバンド」ではコルネットを使うのが標準的だそうです。ジャズでもよく使われます。

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ホルン! 清瀬 六朗 @r_kiyose

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