第12話 不器用な楽器

 ホルンは最初は単純な角笛でした。

 それが、狩猟などにも使われるようになって、肩にかけるのに便利なように円く巻くようになり(現在のスーザフォンと似た発想ですね)、やがてオーケストラ音楽で使われるようになります。

 モーツァルトの交響曲などでは、金管はホルンとトランペットだけです。

 それでもホルンが印象的なフレーズを吹いていたりしますけど。

 私は、とくに、モーツァルトの交響曲「ジュピター」(第四一番、ハ長調)の第四楽章の結びで、この楽章の中心となるフレーズの「ド‐レ‐ファ‐ミ(C‐D‐F‐E)」を高らかに奏でるところでぞくっとします。

 モーツァルトの最後の交響曲の最後の部分ということもありますけど。それにしても、モーツァルトがこのホルンの音を最後に残せてよかった、と思います。


 このモーツァルトのころまではホルンもあまりややこしい楽譜を吹かなくてもよかったのですが、一九世紀になって「ロマン派」の時代になるとそうも言っていられなくなります。

 「ロマン」を追い求めるので、音楽も筋書きが複雑になってしまうんですね。だから、いろんな音を出せないといけなくなってしまいます。

 そういうなかで、ホルンが、演奏しやすいサクソルン属の楽器に置き換わらずに生き延びられたのは、ホルン独特の音色がほかの金管楽器では出せなかったのと、ホルンがバルブシステムを装備して機動的にさまざまな旋律を吹ける楽器になったからです。


 ただ、最初から、バルブシステムを前提として、吹きやすく作られていたサクソルン系の金管楽器と違って、途中からバルブシステムを取り入れたことや、ダブルホルンにして機構を複雑にしたことで、扱いづらいところも生まれてしまいました。

 まず、何と言っても、チューニングがたいへん。

 F管とB管をそれぞれ正しくチューニングしないといけませんから、単純に考えて、他の楽器の二倍の時間がかかります。しかも、F管とB管でズレていてはいけない。

 しかも、どうしても楽器のクセが出てしまうので、そのクセもごまかせるようにしないといけない。たとえば、「三半音の迂回うかい管」一本だけで三半音下げるときと、「一半音の迂回管+二半音の迂回管」で三半音下げるときで音がズレるというクセもあるらしく、そこもクセが目立たないようにしなければいけない。

 右手で音の調節ができるのはいいのですが、ということは、右手の置きかたによっては音がズレてしまうことがあるわけで、音域によって適当な右手の置きかたというのを見つけないといけない。


 もともと音が当たりにくいとか、持つのがたいへんとかいう「たいへんなところ」の多い楽器なのに、さらに気にしなければいけないポイントが多くなってしまいました。


 ホルンは不器用な楽器なのです。

 でも、ほかの楽器では出せない音色が出せる。深みのある音色を出せるし、祖先の「狩猟用の角笛」を思わせるような勇ましい音色を出すこともできます。じっさい、ホルンで「狩りのテーマ」と呼ばれるような勇ましいフレーズを書いている作曲家も、たぶん、複数、います。

 だからここまで生き残ってきたし、これからも、管弦楽合奏とか、管楽器打楽器合奏とかいうスタイルの音楽が続くかぎり、生き残るだろうと思います。

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