第14話 ワーグナーとブラームスとホルン
逆に、ホルンに似ているのに「ホルン」と呼ばない楽器もあります。
ワーグナーチューバは、ホルンと、一九世紀の新しい楽器だったチューバとの中間として作られた楽器です。チューバといっても、巨大なバスチューバより、「小バス」、現在のユーフォニアムに近い大きさのものです。
名まえのとおり、作曲家のリヒャルト・ワーグナーが、自分の「楽劇」に使いたくて開発してもらった楽器です。
音も、チューバよりまろやかな感じで、ホルンとチューバの中間です。巻きかたも楕円形で、ホルンを引き延ばしたような感じです。
ワーグナーチューバは「機能的にしたホルン」という一面もあります。また、ホルン奏者が演奏しやすいように作られていて、通常はホルン奏者が「持ち替え」で演奏します。同じ奏者が、たとえば、第一楽章ではホルンを吹き、第二楽章ではワーグナーチューバを吹くということもあります。
そのため、ほかのチューバやユーフォニアムが基本的に右手でキー操作(ピストンまたはロータリー)をするのに対して、ワーグナーチューバのキー操作は左手で行います。ただしベルは上を向くので、「右手の操作」はありません。右手は楽器を支えるために使います。
ワーグナーチューバもF管とB管があるようですが、ダブルホルンのように一本のワーグナーチューバに両方をまとめる楽器は、ないことはないけれど、ごく少数のようです。
ワーグナーチューバはワーグナーが開発させた楽器ですが、使っている作曲家はワーグナーだけではありません。
ワーグナーとも親交のあったブルックナーは自作の交響曲でワーグナーチューバをとても印象的な場面で使っています。個人的には、追悼曲のような(実際に、ワーグナーに対する追悼のために書いたらしい)交響曲第七番の第二楽章が印象的です。
この曲のこの楽章は、「コロナ禍」のころ、パイプオルガンとワーグナーチューバの合奏による演奏がNHKで放送されたことがありました。ワーグナーチューバの音は、ただの「悲しさ」を超えた、あきらめや、「何かが終わった」という感覚まで感じさせてくれるものでした。
この演奏は、人と「密」に接することができなかったこの時期の孤独の思い出とともに、非常に強く私の心に残っています。
こうやって、楽器の音に関心を持ち、自分の曲のために新しい楽器の開発にまで着手してしまったのがワーグナーですが、同じ時代に、新しい楽器の開発をしないのはもちろん、その時代の新しい楽器を使わず、古典時代(だいたいベートーヴェンまで)の楽器編成を尊重したのがブラームスです。
ブラームスは、ワーグナーチューバなどはもちろん使っていませんし、チューバもごく一部の曲でしか使っていません。
そのブラームスはホルンの音を愛好していて、自分でもホルンを吹いたといいます。ブラームスの曲では、印象的なところでホルンが使われています。
一九世紀のドイツの音楽界は、というか、むしろ音楽評論家の世界が、ワーグナー派と反ワーグナー派に分かれていました。ワーグナーはもちろんワーグナー派、ブルックナーもワーグナー派、それに対してブラームスは反ワーグナー派の筆頭ということになっています。
それで、ブルックナーとブラームスが肉団子を食べて仲直りした話とか、プロテスタントのブラームスがカトリックのブルックナーの葬儀会場まで行きながら会場内に入らなかった話とか、いろんなエピソードがあるのですが。
ワーグナーもブルックナーもブラームスもホルンの音を愛した、という点は共通でした。
新しい音楽を追い求める人たちにも、古典的な音楽のあり方を尊重しようとする人たちにも、ホルンは愛された。
そこに、オーケストラ音楽にホルンが占める位置というのがよく現れていると思います。
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