第13話

 車内に沈黙が流れる。風も吹いていないのか外の木々すら静まり返り、キーンという無音が耳に流れ込んでくる。真帆との怪談話の後は静かにするのがお決まりになっているが、この沈黙はそれではないと誰にでも分かるだろう。こんな突拍子も無い話を聞かされてすぐに感想が出てくる方がおかしい。頭がおかしいのだと思われても仕方ない。とんだ創作話になんて感想を言ってやればいいのかと悩んでいるのでなければ、彼女は真剣に私の話を咀嚼そしゃくして反芻はんすうしてくれているのだ……そう思いたいだけとも言えるが。

 いつもよりも長い沈黙に、私から切り出した方がいいだろうと思った丁度その時、真帆は重々しく口を開いた。

「私は…………ただ昔はそういうのが見えてて今は多少感じるよってくらいの、どこにでもいる普通の女の子だけど……いや、どこにでもいはしないかもだけど、お爺ちゃんは違う。もう何十年も呪いの品とか幽霊だとかに携わってて、藤君に憑いてる女の子らしい霊も、ああ言いつつもどうにかしてくれると思う。でも…………その、気を悪くしないでね。お爺ちゃんが桑名君とはもう関わるなって、あんなに業が深いならお前が引っ張られるかもしれないからって……何が見えてるとか詳しい事は教えてくれなかったけど、兎に角君に激しく感じる物があったのは間違いなくて…………それがこんな話だとは正直思わなかった、っていうか想像出来なかった」

 彼女の言う事は尤もだ。自分でもそう思う。

 それでね、と彼女は続ける

「現場を見てないしどこまでが本当か、本当にあったのかどうか知るのは難しい。だから仮に今の話が本当だとして思う事は……まず、桑名君が死ななくて良かったってこと。もしも何かを間違えてたら桑名君も家族も死んでたかもしれない訳で、相当に運が良かったんだろうね。勿論奈緒ちゃんの事は本当に残念で憤りしかないけどさ……お爺ちゃんが祓ったりする幽霊だのって、突き詰めれば全部ヒトコワな訳じゃん。幽霊も勿論怖い物ではあるんだけど、でもそうなる前には何かしらの事件事故とそうならなかっただけで無数の酷い話があってさ。引き起こしたのは全部人で、ほんの少しでも他人を思いやれない人がいて、そうやって弱者に、その弱者がより弱者に思いやれなくなっちゃった結果が呪いだとか幽霊だと私は思うんだよね。つまり何だろうな……桑名君が幽霊にならなくて良かったなってのが二つ目かな。二重の意味でね」

「……それは…………本当にありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

 例え口からでまかせであっても嬉しい物は嬉しい。そして彼女の言う事は説得力があったのは、それだけ多く見て来たからだろう。見えない私と違って本物が見え感じられるのだから、必要以上にきつかったに違いない。

「でも疑問があって、そんな事件に巻き込まれたのにどうして怪談なんか書くの?」

 怖い物見たさ、と答えるには濃過ぎる経験をした。なのにわざわざ思い起こすような怪談なんて物に手を出したのか? 確かに家族にも怪訝な顔をされたし、真帆と会う数年前から取り憑かれた様に怪談を書いている。

「自分でもよく分かんないけど無性に聞きたいし書きたくなったんだよね。もしかして呼ばれてるとかかな?」

「いや、それは私には分かんない。分かってたらもっと早い段階で伝えてると思うから、普通に気持ちの問題だと思う。私も専門じゃないから詳しい事は言えないんだけど……これは私の考えね? トラウマへの向き合い方の一つなのかな、って。さっきも言った通り怪談の根本はヒトコワで、事件事故が関連してる事の方が多い。そういう記事を読んだりすると心がざわついたりするじゃない? そうだな……実家で起きた事件が包丁で刺されたくらいの痛みだとすると、つねられたくらいの小さな痛み。それをじわじわ積み重ねることで、包丁の痛みに慣れようとしてるんじゃないかな。無意識の内に桑名君の心が傷に慣れよう治そうとして、結果辿り着いたのがヒトコワと表裏一体の怪談だった。長い年月を掛けてトラウマに立ち向かってる証拠、みたいな」

 すとん、と腑に落ちた気がした。

 自分でも止められない衝動の原因は、トラウマ解消の為だったのか。中高生が好んで辛い物やグロテスクな物──映画や漫画に限らず──を摂取しようとするのと似ているかと思っていたが、自分で自分を癒そうとしていたのか。仕事としての面はあくまでも表面的で今回の学校の怪談もそれの一環であり、数年かけて見えない傷にかさぶたを作っている最中。にしても荒療治過ぎる気もするが、もし私が見えていたらまた違ったのかもしれない。

 コンコン

 とガラスを叩く音がしてそちらを向くと、藤唯人の母親が立っていた。軽く会釈しドアを開けて中に入って来ると、大きく息を吐き出して私達に深く頭を下げた。

「お二人とも、本当にありがとうございました……それに、初めに失礼な態度を取ってしまったことすみませんでした。私がもっときちんと向き合ってさえいればこんな事にならずに済んだのに、大変ご迷惑をお掛けしました。噂はただの噂でしかないし、幽霊なんているはずないと思っていたのですが……こういった世界があるんだなと思い知らされました。今、唯人は小さい社の中に入って、霊から身を隠している状態、なんだそうです。その幽霊があまりに強いのでどれくらい掛かるか分からないと言われまして、一旦家に帰って服だとか必要な物を取ってまた来ようと思っています。それで、お二人をご自宅までお送りしようと思っているのですが、お二人はどうしますか?」

 時計を見ると深夜二時を回っていた。今から帰っても家族はとっくに寝ているだろう。近くに泊まれる所もないしなと考えあぐねていると

「凄く不本意だけど町中のネカフェ泊まるしかないんじゃない?」

 そう真帆が提案してくれた。あからさまに嫌な顔をしている。ネットカフェで汗を流せはするものの、しっかりと休みたかっただろうし、ホテルとなるとこの時間に空いているのは……私は大変申し訳なさそうにその提案に乗る事にし、山奥の神社を出発した。

 道中、唯人の母親が知っている範囲で学校の怪談について話をしてくれた。

 怪談については薄々知ってはいたが、具体的に聞かされたのは入学時に行われた保護者説明会だという。先生の説明では、確かに怪談が子供達の間で流行っているが、それは感違いであり工事が長引いていること。簡単に入れない様にしてはいるが子供が万が一入ってしまった場合、速やかに学校に報告する事。怪我や衣服の汚れや異臭があった場合保障するので、これもまたすぐに学校に報告する事を説明されたらしい。当初そういうものかと適当に流していたが、唯人が三年に上がった時、学年は違うが仲良くしていた学年の子が突然転校したという。どこの学校にだとか挨拶も無しに消えてしまったので、なんて不愛想な人だったんだと怒りを覚えた。それから暫くして、実は子供が行方不明になったのではとママ友の間でまことしやかに囁かれる様になった。加えて隣町にある高級マンションに住んでいるらしいとの噂まで流れ、真相を確かめるべく向かったそうだ。そして確かにそこには親しかった子供の両親が住んではいるものの、絶望しきった顔に声を掛けられず帰って来たのだった。以降何となく噂が持ち上がっては消えているのを知り、不可解に思ってはいたものの、噂があくまでも「幽霊」起因なのもあって放置していた。

 一保護者の認識としてはそれくらいのものらしい。恐らく他のママ友も、他学年の保護者に聞いた所で似た回答が返ってくるだけなのでは、と唯人の母親は言った。

 学校側がどの程度把握しているのかは何も分からないと言う。こればっかりは直接確認を取る以外に無いのだろう。

 話をある程度聞き終わって、揺れる車内にラジオから流れるクラシックが合わさると、今日一日で溜まりに溜まった疲れが睡魔を呼んだ。


 すっかり活気が無くなった市街地に到着するまで、私はとっぷり眠り込んでしまっていた。藤母にお礼と別れを告げ、開いているネットカフェを目指した。私とは逆に全く寝ていなかったのか、真帆は道すがらふらふらと船を漕ぎながら歩いている。私が知らないだけで、神社で唯人の為に儀式の手伝いなりしていたのかもしれない。集合する時に紙袋に色々と買い込んでいたようだし、きっとそうだろう。

 ネットカフェに着いて手続きが終わるなり、彼女は個室へと駆け込み

「多分ぎりぎりまで寝てると思うから起きてなかったら鬼電して。明日も休み取ってるから藤君の様子を見に行くか、もしくは言ってたマンションに行くのもありじゃないかなと思ってる。でもそれはまた明日考えよう。お休み、じゃ」

 そう早口で要件だけ伝えられ、お休みを言う間もなく女性専用エリアへと消えて行った。心の中で感謝を伝えたが、伝わっていると信じたい。

 自室を確認してささっとシャワーを浴びる。汗と共にあの匂いまで落ちていく気がして、気持ち的にもやっと一段落着いたと思えた。実際身体を清潔に保つ事は心身の調子を整えるだけではなく、霊的にも意味を持つ。汚く荒れ果てた場所には淀んだ空気が溜まり吸い寄せられやすく、綺麗にされている場所には溜まりにくい傾向にある。勿論如何に綺麗にしていようが出る時には出る。清掃されていなければならない病院で出るのは、どうしても病気や怪我、常に死が傍にあるからだ。

 ここはそういう場でもないし、塩が無くとも体を洗うのは穢れを落とす意味で有効だと言える。しかも匂いが染み付いているであろう、服の替えまで売っているのがネットカフェの素晴らしい所だ。

 完全に綺麗になった状態で個室へと入り、冷えたビールを一気に煽る。その内注文したたこ焼きもやって来る。

 寝たおかげもあり幸い眠気は来ていないし、ここから少し調べ物をして明日に備えなければならない。

 マンションを見に行くと真帆は予定しているが、小学校の歴史とそのマンションの繋がりくらいは調べておきたかった。

 結論から言えば、学校やマンションに関して怪談に繋がりそうな部分は何一つ見つからなかった。学校の成り立ちも特に不審な点は見当たらない。百何十年前に創立され、一度耐震工事現在の校舎に建て直した。お知らせのページには堂々と三階の開かずの廊下について説明がなされているが、十年程前からずっと更新はされていない。分かったのはせいぜいその程度だ。怪しい点は無い。

 注文したたこ焼きも食べ終わり、ネット上で調べられる情報がそれ以上無いと分かった所で私も眠りに着いた。


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