第12話
事の始まりは今から約60年前に遡る。当時、花掌村近辺において絶大な力を持つ家があった。
しかし戦後GHQ指揮下に置かれた日本は、農地改革を行い、地主から小作人に破格で田を売らせた。これにより自作農家が増えた訳だが、如何に権力を持っている花村家も逃れる事は出来なかった。
それを良しとしなかったのが当時の家長である花村ヤツデだった。彼女はGHQが農地改革を実施するという噂を聞くや否や、家を複数に分裂させた。つまり分家を設けたのだ。
その分家に土地を売り渡すことで、被害を最小限に納めたのである。
また、ヤツデは分家を作る際に家名を変更した。それが綱藤家だった。綱藤家を本家とし、桑名家、島崎家が誕生した訳だ。分家を作る以前にもこれ以降にも、時代の多様化などの影響もあり親戚が増えてはいたが、やはり大本は綱藤家になる。
勿論これだけならば無い話ではない。
問題なのは、花村家の
その密教は
古くから神や仏は人の形で描かれてきたが、大抵は腕や顔が複数ある異形の場合が多い。有名どころでは、千手観音や阿修羅、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神などがそうだろう。神性は力であり、力があれば邪な考えに飛躍してしまうのもまた人間だ。彼らの様な異形、言い換えれば奇形に神性を見出したのだ。
背掌教もまたその内の一つだった。彼らは奇形の人間にこそ力が宿ると考えた。奇形の子供が産まれればそれを祀り上げ、祈りを捧げた。
ある時、結合双生児の子供が産まれた。肋骨の下辺りから細い腕が生え、本来の腕は背中側にしか曲がらない。胸部が異様に膨らみ、胸毛らしきものが見えていた。
昨今話題になっているアニメの元ネタとなった、
これまでは手が無い、頭が大きいなどの子供ばかりだったが、この子はまさしく神仏を模した異形だった。背掌教の信徒は歓喜し祭壇に祀り祈った。
こういった子供は得てして短命である。ほどなくして亡くなった際、胸の毛が実は毛髪であると発覚したのも、信仰を歪めていく大きな原因の一つとなった。
偶然は重なるとは良く言ったものだが、祀ったその年は近年稀に見る大豊作となり、流行り病に掛かっていた人々が次々に治ってしまった。それからはもう歯止めが効かなかった。
四本腕の仏像を作り崇め、山に捨てられた子を拾ってきたり、痣がある程度の子でも攫っては祀った。数年の豊作が花村家と背掌教の地位を押し上げてしまった。縋る人々も次第に増え、お布施や「要らない」と捨てられる子供も増えていく。
そして時が経つにつれ教義も変化していった。
教祖の子孫にあたる人物が奇形の子を産んだ。それはあってはならぬ近親相姦の果てにこさえてしまった子供で、世間一般に於いてはタブーもタブーだが、ここに限ってはそうではない。むしろ推奨する様になってしまったのだ。
その結果、近親者のみで背掌教を続けていくようになり、事情を知らない世代はただ権力のある家なのだと認識するようになっていった。
奇形の子が産まれるまで家族間での性交を繰り返し、普通の子が産まれれば人柱として仏像に捧げる。それを百年以上も続けて来たのが花村の一族だった。勿論全ての子供を人柱として殺してしまえば後が続かないので、必要な分だけは生かして育ててはいた。繁巳や島崎家両人、綱藤家の双子がそうだ。
では何故、仏像は本家である綱藤家ではなく分家の桑名家が隠し持っていたのか。カネは何故桑名家へと嫁いできたのか。
真相を知っているのが当人のカネだった。
農地改革が終わって暫くすると、別の問題が一族を襲った。近親相姦を続けて来た結果、子供が中々生まれない状況が続いてしまったのだ。このままでは家そのものが途絶えると心配した三家は、他所から相手を探す事を画策する。その内の一人がカネだ。
事情を知りはしないが、綱藤家に多大なる恩があり、何か不始末が起きた所で口封じがしやすい元背掌教の信徒の家だった。
繁巳とのお見合い結婚で来たカネはある日、繁巳から一族に纏わる話を聞かされる。初めは信じられなかったカネだったが、仏像と大量にある奇妙な形の遺骨や即身仏、家族間で性交している人間達を見て驚愕した。如何に田舎だろうとこんな歪み切った因習があるのかと恐れ戦いた。しかし、この縁談を断わってしまえば実家がつぶされてしまう。しかし教えに沿いたくなどない。
そこでカネは思い切った方法に出た。
まだ発展途上にあった花掌村を含む御粕會町に記録的な大雨が降った。粕會川が氾濫し、広がる田畑を泥が覆い尽くした。この時に死んだ田畑は多く、御粕會たる所以が復興には人力で挑むしかなかった訳だが、カネはこれを利用した。
村中の人間が出払っている隙を見計らい、仏像を綱藤家から盗み出したのだ。
カネには五人の兄弟がおり、その中でも歳が近く信頼している兄を手伝いに呼んだ。兄は警察に通報すべきだと頑なに言っていたが、家の存続が天秤に掛けられていると聞かされ渋々手伝うと決めてくれた。土台まで運ぶのは時間が無かったので諦めたが、一輪車や農耕用の機械を使って桑名家の二階へと移動させ、計画は成功した。問題は物置として使用している二階へ誰かが上がり、仏像を発見して綱藤家へ報告される事だが、そこは兄が一計を案じた。
二階に部屋は無く、階段をぐるっと囲むように板張りの床があり、一階の仏間方面へと広い造りになっている。天井を見上げれば太い梁が五本通っている。仏間側の梁二本の下には、耐震と収納を兼ねてか互い違いに壁が設けられていた。仏間側の最奥に行くには、「己」の字を通っていく訳だが、そこに目を付けた。
元々収納用として棚が複数置かれており、最奥にも不必要になった物を置く為の棚があった。壁に備え付けではなかったのが功を奏し、棚を手前にずらしてその奥に仏像を安置した。
普段から頻繁に作業しているならば違和感に気付けたかもしれないが、桑名家の人間も血眼になって捜索に来た綱藤家の人間も、まさか棚の裏に隠されているとは思わなかったようだ。そして何食わぬ顔で作業に参加し、容疑から逃れたと言う。
それから数十年、そこに存在する事を押し黙ってきたのだと、カネは語った。このまま何も知らない世代が増え、知る世代が消えさり、例え見つかったとしても何の記述さえ見つからなければ因習は消えて無くなるだろう。そう考えていた。
ゆっくりと時間をかけ繁巳を正常な倫理観に戻していく。子供達には宗教にははまらせない。そう強く決めていた。
だが、カネの預かり知らぬ所で物語は歩みを進めていた。
島崎家だ。ここからは猛雄の証言になる。
島崎家がやっていた問屋がバブル崩壊を機に倒産し、多大なる借金を負った。倒産は当時の日本ではよくある話ではあるが、元々綱藤家の分家故に綱藤家は見切りを付けるべきか悩んだ。立て替えるくらいの金はあるが、タダで立て替えるのは癪に障る。
死を間近に感じていたヤツデはある条件を元に、借金の立て替えを了承した。その条件とは信仰すべき者を産む事。つまり奇形の子供を産めと言ったのだ。仏像が消えたとて未だ信仰を失わぬ綱藤家。新しい神を信仰して更なる富を得ようとした。島崎家は躍起になって子供を授かろうとした。ヤツデ自身は雄二の誕生を見ずして死んでしまったが、度重なる死産の末、毅が産まれ、翌年雄二が産まれた。何の偶然か、雄二は生き延びた。
そして借金を肩代わりして貰ったのだが、ヤツデの実子の八悟朗とユメはヤツデ以上の性格に難があった。分家であり借金を肩代わりして貰った身で、彼らに逆らうなど出来ない。村内で綱藤家への批判があれば、猛雄とミツを使って脅し言う事を聞かせた。その他にも地下室で監禁されているユメの子供の世話をしたり、殺した後の処理を任せたりなどと、とにかく汚れ仕事は何でもさせた。毅も手伝ったが、両親への扱いを良く思っていないのは明らかだった。雄二を特別扱いしてくれることだけは、唯一嬉しく思う部分ではあるが、タイミングさえあればと心に秘めていたのも無理は無い。
そんな状況を一変させたのが、御粕會町を襲った地震だ。
桑名家から仏像が発見されたのを契機に話は加速した。
まず仏像の奪還。次に桑名家の当主だった繁巳を監禁し、何故盗み出し隠したのかを聞き出すこと。更に産まれたばかりの赤子、奈緒を最初の生贄として捧げる必要があると島崎家に言明した。島崎家はそれに従うしかなかったし、自分達が不幸な目にあったのは仏像を盗んだ桑名家にあると信じて疑わなかった。
そして誘拐は実行され、今に至る。
助け出された繁巳は暴行や少ない食事により身体機能が低下、認知症もかなり進行してしまった。
光成と光子は近くにいると性交しようとするため、別々の療養施設に入れられた。信仰心自体が消え去るまではまず出て来れないだろう。議員にもなりまともだと思われていた他の兄弟も、恐喝、監禁や死体遺棄などの罪で起訴されている。彼らが生後間もなく殺された赤子と何が違ったのかは、ヤツデのみ知るところであるが、何らかの基準があったは間違いない。
毅も二人の殺人容疑と誘拐と共謀罪、私情での発砲で同じく起訴されている。
後に執行猶予無しの実刑が下されているが、毅は獄中にて自殺。猛雄とミツは現在も刑に服している。
誰もいなくなった綱藤家は規制線が張られたまま誰も住まない土地となり、荒れ果て草木が生い茂り、野良猫が住処にしているようだ。毎年のように子供が幽霊屋敷と呼んで中に入ろうとしているが、人影を見たと言って逃げ出すのが風物詩となっている。
これが十年前に田舎の村にあった、狂乱の一族に纏わる話だ。
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