第10話 ガイダンス
ノアたちは食事を終え、ガイダンスを受けるため集会場へ向かった。今回の集会場は入学式で使われたものより規模は小さかったが、それでも既に多くの生徒たちが集まり、浮き立つような雰囲気の中で談笑していた。ノアたちもその流れに乗って中へと足を踏み入れる。
生徒たちの熱気に触発されるように、レオのテンションも一段と上がる。一方で、隣のエミールは少し緊張した様子で周囲を見渡していた。
「やっぱりいろんな国の人がいるんだね……あっ、あそこ、ローザリウムからの交換生かな? 初めて見るよ」
エミールの目線を追い、カイがそちらを見ると、金髪碧眼の生徒たちが、アカデミアとは異なる制服を身にまとい整然と集まっていた。
「……西の紅茶狂いか。僕も実際に見るのは初めてだな」
「紅茶狂いって……でも確かに、なんだか洗練されてる感じがするね。すごく上品で」
エミールが感心したように感想を漏らす一方で、レオは目を輝かせながらその一団をじっと見つめていた。
「おぉ、美人ぞろいじゃねぇか! オレ、アカデミアに入って本当によかった! ……おい待て、なぜオレから離れる?」
カイとエミールがさりげなく距離を取ったことに気づき、レオが声を上げる。カイは冷ややかな目でローザリウムの一団を指した。
「お前の仲間だと思われたら恥ずかしいんだ。見ろよ、あいつらのゴミでも見るような目」
「……美人に睨まれるのって意外とクるな。何か目覚めそう」
「……」
「無言で距離を取るな! その目やめろ……っていうか、そんな話じゃなくてさ」
レオは話を切り替えるように声を抑え、周囲をちらりと見回した。少し体を寄せてきて、まるで秘密を打ち明けるような口調で言う。
「本当に学べるんだよな……
その言葉に、エミールの目が驚きに見開かれる。カイも真剣な顔をしてレオに視線を向ける。
「噂では聞いたことある、実際に見たことないけど」
「本当にあってほしい、オレはそれを期待してアカデミアに入学したし、周りの奴のそれで浮かれているんだろう?」
レオの熱っぽい語りに、エミールとカイは少し考え込むように口を閉じた。一方でノアはその話題に興味を示さず、静かに周囲を観察していた。
「……魔法かー」
エミールが小さくつぶやくと、レオが嬉しそうに振り返る。
「お、興味あるのかエミール! そうだろ、やっぱ気になるよな?」
「本物なら、見てみたいね」
エミールの答えに、レオはますます意気込んでガイダンスを待つ姿勢を見せた。ノアたちがいる空間には、徐々に高揚感が満ち始めた。
時間になると、集会場の明かりが静かに消え、生徒たちのざわめきが一層大きくなる。
やがて、一段高い台の上に光が落ちた。そこには複数の教師が立っており、その中から白い服をまとい、頭に金の飾りをつけた中年の教師が前に進み出る。ノアは、その教師の衣装が、今朝湖のほとりで見かけた集団と似ていることに気づいた。
生徒たちは自然と声をひそめ、教師が話し始めるのを待つ。
教師は堂々とした風格で生徒たちを見渡し、一呼吸置いてからゆっくりと口を開いた。
「皆さん、アカデミアにようこそ。この場所は、ただ知識を得るだけの場ではありません。ここで学ぶということは、未来を創造し、新たな真理を見出すことでもあります。私たちは、皆さんが得る知識と経験が、どのように未来を形作るのかを非常に重視しています。この学び舎の理念は、知識の探求と自己の成長を第一に掲げています」
静まり返った場の空気を確認するように一息つくと、教師はさらに続けた。
「さて、これから皆さんに、授業についての基本情報をお伝えします。初年度の一年間は、基礎学問を幅広く学ぶ期間です。この期間を通じて、自らの興味や適性を発見し、進むべき道を見極めてください。自然学、歴史、倫理学、論理学など、多岐にわたる分野を基礎として学び、興味に応じて選択科目を深めていきます」
生徒たちは真剣な表情で耳を傾けている。教師は少し微笑むように間を取りながら、選択科目についての説明を加えた。
「選択科目については、まず実際に授業を受けて体験してから決められるようになっています。来週末までに各教室で授業を体験し、自分に合ったものを選択してください。ただし、一度選択すると変更はできませんので、慎重に判断することをお勧めします」
教師は生徒たちが頷くのを確認すると、やや重々しく語気を強めて言葉を紡ぐ。
「……さて、多くの皆さんが気になっているであろう『魔法』についてお話ししましょう。『
教師は片手をかざして短い呪文をつぶやくと、集会場の様子が一変した。空中にいくつもの数字と幾何学模様が浮かび上がった。突然の光景に、生徒たちの間から驚きの声があがった。教師は、ざわめきが小さくなるのを待ってから再び口を開く。
「アカデミアでは『認識が世界を作る』と考えます。つまり、私たち一人ひとりの見方や考え方が、現実に対する理解の基盤となり、それが現実そのものを形作るということです。自分が何を見て、どう理解するかによって、世界は構築されます。そして、私たちの認識が、現実に影響を与えること――それこそが、いわゆる『魔法』と呼ばれるものです」
空に浮かぶ幾何学模様は滑らかに形を変え、美しい蝶の姿となり、会場内を優雅に舞ったかと思えば、やがて無数の星のように広がり、夜空そのものを映し出した。
「例えば、私は
広がる星空がさらに美しい幾何学的な宇宙を形作り、生徒たちは言葉を失ったようにその光景を見つめていた。
教師は生徒達の様子を目に収めた後、満足げに話を続けた。
「皆さんも基本的に二年生になると、各自の志向に合わせた学派を選択し、その学派に基づいた異なる魔法の技術を学んでいくのです。……『知識が世界を変える』というのは、アカデミアにおいてまぎれもない事実です。まず一年生で『哲学基礎』を通して、各学派の理念や概要を学びます。それによって、自分に合った道を見極めていきましょう。自らの興味と適性に合った学派を選び、その道を追求することが、『魔法』を学ぶ上で非常に重要なのです」
教師は軽く手を振り、宙に浮かんでいた幾何学的な模様や星々を消すと、集会場は再び現実の空気を取り戻した。しかし、生徒たちはまだその余韻に浸っているようで、ぼんやりとした表情を浮かべる者が多かった。
「アカデミアでは図書館や訓練施設、ラウンジなど、皆さんが利用できる施設を多く用意してます。図書館では国内外から集められた書物が並び、訓練施設は実技の授業や個人の鍛錬に利用できます。利用する際にはいくつかのルールがありますので、施設ごとに掲示された案内をよく確認するようにしてください……最後に、皆さんの授業計画表と学生証は後でそれぞれの部屋に配布されます。学生証はアカデミア内の施設を利用する際に必要となりますので、必ず携帯してください。失くすと手続きが非常に煩雑になりますので、くれぐれも気をつけて保管してくださいね」
最後の一言に、教師は軽い冗談めいた笑みを添えた。その場の緊張が少し緩み、生徒たちの間にも笑顔がこぼれる。
「皆さんがこのアカデミアで学び、成長し、そして自らの力で未来を切り拓くことを、私たちは心より期待しています」
ガイダンスが終わり、生徒たちは次々と集会場を後にする。レオまだ興奮冷めやらぬ様子で、さっき目にした光景について話していた。
「すげー、やっぱ魔法ってほんとにあるんだな! 早く使えるようになりたいぜ!」
「僕も初めて見た……でも、あれが実際に使えるようになるには、相当大変だろうな」
「でもさ、それがかえってやる気にならない? これからの授業が楽しみだね」
嬉しそうに言いながら目を輝かせるエミールに、レオがニヤリと笑いながら軽く彼の肩を叩いた。
「エミール、お前は真面目だな。オレは早く派手な魔法が使えるようになりたいぜ。なあ、ノア、お前も魔法を早く使えるようになりたいだろ?」
「興味はある」
ノアは何処か上の空の様子でレオに返事した。
部屋に戻った四人は、積まれた荷物の増加にすぐ気づく。授業で使われる教材が積み重なっていて、その上にそれぞれの名前が書かれた封筒が置かれている。
「うげっ、なんだこの本の量は……お! こいつが先生が言ってたやつか、どれどれ」
「……雑に破りすぎだろ? 中身が壊れたらどうするんだ? って、聞いていないな」
「はは、ぼく達も早く開けようよ」
レオが封筒を雑に開封し、学生証を手に取ると、表面に反射した光が美しい模様を浮かび上がらせた。背面には、アカデミアの象徴である本とフクロウのエンブレムが刻まれている。
「おおっ! かっけー! 見ろよ、これ光るんだぜ!」
「光るだけでそこまで喜べるお前が羨ましいよ」
「うるせぇ、別にいいだろ!」
レオが目を輝かせてはしゃぐ横で、カイは冷静に皮肉を返し、エミールは苦笑しながら二人のやり取りを見守っていた。そして、同封されていたスケジュール表を手に取ると、提案するように声を上げる。
「ねえ、良かったら、みんなで授業のスケジュールを確認しない? 同じ授業が多い方が予定も合わせやすいし」
「それいいな! 一緒に取れるやつが多い方が楽しいしな」
レオの賛同に、カイも肩をすくめながら「確かに確認しておくべきだな」と同意する。三人は部屋の中央に集まり、ノアにも視線を向けた。学生証をじっと見つめていたノアも、その視線に気づいて無言で輪に加わる。
「おっ、意外と共通の授業が多いな!」
「そうだね、一年生の間は基礎的な授業が多いから、あまりバラつかないみたい」
「あ、でも選択授業の時間は結構空いてるぞ?」
「……それを来週までに決めるんだろう? お前、さっきの説明ちゃんと聞いてたのか?」
「聞いてなくても大丈夫だって! 覚えられる範囲で動けば問題ないし!」
「いや、覚えられてないから問題なんだろう?」
二人の小競り合いに、エミールが笑いながら手を挙げ、柔らかい口調で割って入った。
「まあまあ、二人とも。とりあえず選択授業について話し合おうよ」
「……そうだな。で、みんなはどの授業を選ぶ予定なんだ?」
レオの問いかけに、カイが即答した。
「僕は前に言った通り、古典文学と政治学を選ぶつもりだ。他の選択授業は一度受けてみてから決める」
「ぼくは……まだ決めてない。一通り授業を体験してから、興味のあるものを選ぶつもりかな」
エミールが考え込むように答えると、レオが目を丸くして驚く。
「お前、それ全部試すつもりかよ!? 一年で取れる授業の数なんてめちゃくちゃあるんだぞ?」
「まあ、全部は無理でも、取れるだけ取ってみたいんだ。せっかくアカデミアに来たんだから、できるだけ多くのことを学びたいしね」
エミールは苦笑しながらも意志を語り、その視線をいつも何か飲み物を作っていたノアに向ける。
「ノア君は何を選ぶ予定なの?」
「これ」
ノアが作業と止めて配布資料の一角を指さすと、エミールは困惑の声をあげる。
「……考古学?」
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