第20話 想定外の反響 ―Resonating Hearts―

「なかなかのもんだ」


アルが原稿から目を上げる。

ここ数日、彼は食事の合間や仕事の隙間を縫って、俺の物語を読み進めてくれていた。


「本当に?」


「ああ。若い娘が好みそうな話だ。それでいて、深いメッセージも込められている」


アルは意味深な目つきで続けた。


「特に面白いのは、主人公たちが"不協和音"という闇の呪いに立ち向かう展開だな。世界の調和を否定する者たちへの、さりげない批判になっている」


さすがアルだ。

光耀神教会による迫害を、ファンタジーの形で表現した意図を読み取ってくれている。


「それに、この"ノワール"って妖精が教える"分かち合いの魔法"ってのも良く出来てる。まさか、お前がこんな物語を書けるとはな」


俺は照れ臭そうに頷く。

ノクトゥルナ様の教えを、若い読者にも理解できる形で表現するのには苦心した。

でも、アニメ『星空のメロディア』の世界観を基にすることで、自然な形で伝えることができたと思う。


「それで、出版の話なんだが」


アルが真面目な表情になる。


「ああ、頼む」


「辺境自由都市同盟のブルームーン書店って知ってるか?」


「いいえ」


「あそこは、光耀神教会の影響が比較的薄い書店でな。若者向けの物語を多く扱っている。俺に借りがある店主がいてね」


なるほど。

確かに辺境自由都市同盟なら、宗教色の強い光耀神教会の監視も緩いはずだ。


「像の方は、工房と相談して、ブルームーン書店専属の置物として売り出す。本と一緒に買える形にすれば、自然な形で広まっていくだろう」


さすがアルだ。

商売の道筋を立てるのが上手い。


「ただし」


アルが付け加える。


「最初は小規模に始めよう。あまり目立たない形で、じわじわと...そうすれば、教会の目も引かないはずだ」


俺は頷いた。

布教とはいえ、慎重に進める必要がある。

特に最初の一歩は重要だ。


「それと...」


アルが少し言いにくそうな表情になる。


「本の印税と像の収益の一部は、孤児院に寄付するといい」


「孤児院?」


「ああ。苦しい立場の子供たちを助ける。それこそが、お前の物語が伝えたいことだろう?」


アルの目が遠くを見ている。

そうか...アルから聞いてはいないが、何となく察している、彼の失ったお子さんのことを考えているのかもしれない。


「分かった」


俺は答えた。


「その通りにしよう」


肩の上のノクトゥルナ様も、静かに頷いていた。

分かち合いの心。

それは、こういう形でも表現できるんだ。


*


「まったく、予想外だぜ、ユウト!」


アルが珍しく上機嫌で、また注文書の束を広げている。

辺境自由都市同盟の街々から、像と本の追加注文が殺到しているらしい。


「これ、値段を3倍にしても注文が減る気配がないんだがね」


アルの目が輝いている。

最初は慎重に少部数から始めたはずが、評判を聞きつけた人々が押し寄せてくる。

工房の職人たちはフル稼働。それでも注文に追いつかない状態だ。


「この前なんか面白いことがあったんですよ」


親方が休憩がてら話しかけてきた。


「酒場で若い吟遊詩人が、あんたの物語を歌にして歌ってたんです。スターライトメロディアとテンポ・ノワールの戦いのシーンをね」


俺の物語が...歌に?


「ああ、私も聞いたわ」


マリアが笑顔で加わる。


「結構な数の吟遊詩人が、独自のアレンジを加えて歌ってるみたいよ。特に若い子たちに人気があるって」


肩の上のノクトゥルナ様...今は妖精ノワールとして現れている彼女が、嬉しそうに羽を震わせる。


「昨日なんかはな」


アルが意味ありげに続ける。


「なんと三つの酒場で別々の吟遊詩人が、三つの違うアレンジで歌ってたぜ。面白いのは、どの歌も"調和"や"分かち合い"をテーマにしてることだ」


「私の教えが...音楽として広がっていくのね」


ノクトゥルナ様が小さな声で呟く。


確かに、これは想定外だった。

小説と像を通じて、こっそりと布教するつもりが、吟遊詩人たちの手によって音楽という新しい形に生まれ変わっている。

しかも、彼らは自分たちなりの解釈で物語を紡ぎ直している。


「ほら、これ見てみろ」


アルが一枚の歌詞集を取り出した。


"星に導かれし乙女と、闇を纏いし踊り子が

奏でる調べは世界を癒す

互いを理解し、分かち合えば

誰もが光と闇の調和の中で生きられる"


「アレンジされすぎて、原作と違うんじゃ...」


「違うさ、でもそれがいいんだ」


アルが真面目な顔で言う。


「物語は語り継がれる度に、新しい命を吹き込まれる。お前の想いは、確実に人々の心に届いているぜ」


工房からは相変わらず作業の音が響き、通りでは吟遊詩人の歌声が流れる。


「アル、工房の支払い、もっと増やしてやってくれ」


「はっ?」


アルが目を丸くする。


「利益絶好調なのに、なんでだ?」


「職人さんたちの給料を上げてやりたいんだ。こんなに忙しいんだから」


アルは一瞬じっと俺を見つめ、それから柔らかな笑みを浮かべた。


「まったく...世間知らずのぼっちゃんめ。でもな」


彼は優しい目で続けた。


「そういうところだよ、物語が人々の心に響く理由は」


ノクトゥルナ様が静かに頷くのを感じる。

巨大な布教組織も持たず、権力も持たない俺たち。

でも、物語と音楽を通じて、確実に彼女の教えは広がっている。


夜の帳が降りる頃、また新しい吟遊詩人の歌声が聞こえてきた。

今夜は、どんな調べが紡がれるのだろう。

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推しキャラにそっくりな女神様に召喚されて、16歳に若返って最強の使徒として異世界で布教することになりました モロモロ @mondaru

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