第19話 潰れかけの工房 ―Craftsman's Soul―

「まったく、ユウトは。また変なことを思いついたな」


アルのため息が聞こえる。

確かに、今や辺境地域で「魔王バーガー」のフランチャイズが軌道に乗り始めているのに、なぜ工房なんかに首を突っ込むんだと言いたいんだろう。


俺の肩に止まったノクトゥルナ様が、小さな妖精の姿で首を傾げている。

以前のような力不足で姿を消してしまうことはなくなったけど、それでも俺の推しキャラそのままの姿で現れ続けるのは、正直複雑な気分だ。


「だってさ、アル。あの職人たちの腕は確かなんだよ。ただ、体力が続かなくなってきただけで」


「ほう?」


アルが興味深そうに眉を上げる。


「で、どうするつもりだ?」


「簡単さ」


俺は自信を持って答えた。


「魔物の肉には体力を強化する効果があるだろ?毎日の食事にちょっと混ぜるだけで、かなり改善できるはずなんだ」


工房に着くと、案の定、年配の職人たちが休憩を取っていた。

かつては朝から晩まで金槌を振るっていたという彼らが、今では2時間も続けられないという。


「おや、ユウトくんじゃないか」


親方が俺に気付いて声をかけてきた。


「うちみたいな斜陽の工房に何の用かね?」


「実は提案があるんです」


俺は、バッグから試作品の弁当箱を取り出した。

魔物の肉を使った総菜を、普通の食材と組み合わせて作ってある。


「これ、しばらく食べてみてもらえませんか?」


アルがため息をつきながら、こっそり耳打ちしてきた。


「まったく、ノクトゥルナ様の使徒なのに、なんでこんな回りくどいことを...」


「うるさいよ」


俺は小声で返す。


「俺はバーガー屋になりたかったわけじゃないんだ。推し活に来たのにもっと推し活しなきゃなんだよ」


ノクトゥルナ様が俺の頭を小さな手で叩く。


「ユウト、あなたらしいじゃない」


そうかもしれない。

でも、この世界で困ってる人を見過ごせないの部分も、きっと現代のオタクとしての性分なんだ。

アニメやゲームで培った正義感って、やっぱり本物なんだと思う。


「親方」


俺は真剣な表情で言った。


「この工房の技術は、絶対に残すべきものです。だから、どうか俺にチャンスをください」


親方は黙って俺の目を見つめ、そしてゆっくりと頷いた。


後ろで「まったく、世間知らずのぼっちゃんめ...」とつぶやくアルの声が聞こえる。でも、その口調には確かな愛情が混ざっていた。


工房の窓から差し込む夕陽に照らされて、ノクトゥルナ様の小さな翼が輝いている。ああ、やっぱり推しキャラって、最高だな。


そう思いながら、俺は新しい挑戦への第一歩を踏み出していた。


*


「なぁ、アル。ちょっと寄り道していい?」


「ん?ああ、工房か。まったく、世間知らずのぼっちゃんめ。最近は通い詰めじゃないか」


手提げ袋の中身を見られないように、そっと抱え直す。


工房に着くと、親方が作業を中断して迎えてくれた。

相変わらず、すぐに息が上がっているように見える。

魔物肉入りの弁当を食べ始めて、少しは良くなってきたと言っていたけど、まだまだだ。


「見てもらいたいものがあるんです」


俺は慎重に袋から包みを取り出した。

昨夜徹夜で作った自信作。

アニメ『星空のメロディア』第23話、テンポノワールこと音無リズムが闇落ちしたあとに、両手を広げて空を飛ぼうとするあのシーン。


粘土で作ったフィギュアは、確かに素人の作品だ。

でも、あの瞬間の彼女の表情、衣装の一枚一枚のヒダ、すべて記憶の中から丁寧に再現した。


「これが...」


親方が目を細める。

手の震えも忘れて、フィギュアを手に取った。


「素晴らしい細工だ。この表情の繊細さ、衣装の質感...君が作ったのか?」


「はい。こういったものの制作は、俺の趣味で...」


「よし、決めた」


親方が突然、大きな声を出した。


「これを作らせてくれ」


「え?実は、俺から頼もうとしてたんだ」


「最近、若い娘たちの間で、小さな置物が流行っているんだ。だが、どれも味気ない。これなら...これなら売れる」


肩の上のノクトゥルナ様が、フィギュアと同じポーズを取って見せる。

思わず吹き出しそうになる。


「まったく」


後ろで聞いていたアルが笑う。


「世間知らずのぼっちゃんが持ち込んだものが、こんな形で日の目を見るとはな」


そう...これは布教のチャンスだ。

フィギュアに込められた想いが、誰かの心に届くかもしれない。

俺は、この世界にもテンポノワールの素晴らしさを広めたいんだ。


「でも親方、体力的に...」


「ああ、それなら心配するな」


親方は昨日の弁当箱を取り出した。


「これのおかげで、もう少し頑張れそうだ。それに、他の職人たちにも教えていきたい」


夕暮れの工房に、作業の音が響き始めた。

ノクトゥルナ様は、まるで誇らしげに微笑んでいる。


「ほら」


アルが肩を叩いてくる。


「お前のノクトゥルナ様への愛が、こんな形で世界を変えていくんだ」


そうだな...俺がこの世界でやるべきことって、こういうことだったのかもしれない。テンポノワールへの想いを形にして、それを通じてノクトゥルナ様の教えを広めていく。


「親方!」


俺は声を上げた。


「次は、別のポーズの像も作らせてください!」


工房に広がる笑い声の中で、俺は早くも次の推しフィギュアの構想を練っていた。


*


「ほら、ノクトゥ...じゃなくて、テンポ・ノワールの像、こんな感じに仕上がったんだ」


両手を広げ、夜空に向かって飛び立とうとするポーズの像を、俺は慎重に取り出した。

アルが感心したように眺める。

肩の上のノクトゥルナ様...いや、今は妖精ノワールとして現れている彼女も、自分の姿を模した像をじっと見つめている。


「お前さんの粘土細工が、こんな立派な像になるとはな」


親方が誇らしげに笑う。


確かに、職人たちの技術は素晴らしい。

俺の作った粘土原型から、彼らは繊細な細部まで表現してくれた。

漆黒のドレスの一枚一枚のヒダ、表情の些細な陰影まで、すべてが完璧だ。


「それで、新しい依頼ってのは?」


「ああ、これです」


俺は慎重に、もう一つの粘土原型を取り出した。星空をイメージした青と紫のドレスに身を包んだ少女の像。

片手に星型の杖を掲げ、もう片方の手は胸元で輝く星のペンダントに添えている。


「メロディアステじゃない...スターライトメロディア像です」


「スターライトメロディア...」


アルが小声で呟く。


「随分と可愛らしい像じゃないか」


「これも量産してもらえないでしょうか?テンポ・ノワールと対になる作品として」


親方は黙って頷く。

職人たちも興味深そうに像を覗き込んでいる。

最近の魔物肉入りの食事のおかげで、彼らの体力は随分と回復してきた。

新しい仕事への意欲も湧いているようだ。


「それと...アル」


俺は分厚い原稿の束を取り出した。


「これを読んでもらえないか?」


「ほう?お前の書いた物語か?」


「ああ。数ヶ月かけて書いたんだ。これと像がセットになれば...」


アルは理解したように頷いた。

彼の商売の才覚なら、きっと良い取引先が見つかるはずだ。


「まったく、世間知らずのぼっちゃんめ」


でも、その口調には温かみがあった。


「任せておけ。ちょっと目を通させてもらうとしよう」


*


Starlight Melody ~夜空の聖女と黒き妖精~


プロローグ:月光の約束

窓の外で、深い紫色の空が月を抱きかかえていた。


ルナ・スターリングは、王立魔導学院の寮の自室で、また例の音を聴いていた。誰にも話せないその音は、星々が奏でる静かな調べだった。


「変わってるって、また言われてしまうかしら」


16歳の見習い魔女は、そっと窓を開けた。満月の光が銀色の髪を優しく照らす。


「その音が聴こえるのね」


突然の声に振り向くと、黒いドレスを着た小さな妖精が浮かんでいた。長い黒髪と、深い赤の瞳。「ノワール」と名乗るその存在は、ルナの人生を大きく変えることになる。


第1章:星空のシンフォニー

魔導学院の日常は、それなりに平穏だった。


「スターリングさん、その呪文の詠唱が間違っています」

「申し訳ありません、先生」


他の生徒たちはみな、完璧な発音で呪文を唱える。でも、ルナの耳には別の音が聴こえてしまう。星々の音色が、呪文の調べに重なって...


「夜になれば大丈夫」

ノワールはルナの肩で囁く。


月が昇り、星々が瞬き始めると...

「月の光に導かれし者よ、星の歌声と共に舞いなさい」


銀色の光に包まれ、ルナは「スターライトメロディア」へと変身する。月光のドレスに身を包み、星々の力を宿した杖を手に取る。


第2章:漆黒のテンポ

「また、ナイトソング先輩の演奏会があるそうよ」

「行きたいわ!彼女の音楽魔法は本当に素晴らしいんだから」


リサ・ナイトソング。彼女の奏でる音楽魔法は、聴く者全てを魅了した。でも、その瞳の奥には深い悲しみが潜んでいた。


「お姉ちゃん...もう、音が聴こえないの」

妹のアリアが闇の呪い「不協和音」に冒されてから、リサは変わった。


「この世界の音楽は不完全。だから妹は苦しむの。なら、私が全ての不協和音を消し去ればいい」


第3章:魔物たちの調べ

「危険すぎます!禁忌の森には近づかないでください!」

教師たちの警告も空しく、ルナは森の奥深くへと踏み入っていた。伝説の魔物「グランドシンフォニー」を探して。


巨大な影が立ちはだかる。牙を剥く魔物に、ルナは耳を澄ませた。


「この音は...」

悲しみと怒り、でも、その奥に美しい旋律が隠れている。


「理解することは、時に戦うより難しい。でも、それこそが本当の魔法よ」

ノワールの言葉が、ルナの心に響く。


第4章:漆黒の円舞曲

「私は気付いてしまった」


漆黒のドレスに身を包んだ「テンポ・ノワール」の姿で、リサが現れる。


「この世界には、不必要な音があまりに多すぎる。雑音、不協和音...全て消し去れば、アリアは救われる」


ルナは必死で訴える。

「違うの!音楽は消すためじゃない。分かち合うためにあるの。リサ先輩、あなたの心の中の音が、今も美しく響いているように」


第5章:星々の真実

ついに明かされる、ノワールの正体。

かつて星々の音色を集めた古の存在。月と夜を司る彼女は、世界の全ての音色が調和する日を待ち続けていた。


「グランドシンフォニー」との決戦。リサとルナは力を合わせ、魔物の魂の音色を引き出す。その純粋な調べは、アリアの呪いを溶かしていく。


「お姉ちゃん...聴こえる。素敵な音楽が...」


エピローグ:永遠の音色

魔導学院の塔の上で、三人は月を見上げていた。


「ねえ、ノワール。私たち、これからもずっと...」

「ええ、あなたたちと過ごす夜の物語は、まだまだ続くわ」


星々は今宵も、誰かの心に届く音色を奏で続けている。


*

ノクトゥルナ様は満足そうに微笑んでいる。

推しキャラへの想いを込めて作り上げた物語と像。

これが、彼女の教えを広める新しい形になればいいんだけど...


「ユウト」妖精サイズのノクトゥルナ様が囁く。

「あなたらしい布教の形ね」


俺は頷いた。

魔物バーガーも大切だけど、こうしてアニメやフィギュアの文化を通じて、彼女の教えを伝えていく。

それこそが、元オタクの俺にしかできない布教の形なんだから。

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