第18話 治癒の食材 ―Healing Meat―
「リリィ、足は調子どう?」
朝の仕込み時、妹の様子を気にかけるレイン。
「うん...なんだか、軽くなった気がする」
昨夜のオーク肉の効果だろう。
杖に頼っていた足取りが、明らかに良くなっている。
「僕も...」
カイが手を見つめながら呟く。
「いつもなら、この時間には疲れて震えているはずなのに」
「よし」
アルが立ち上がる。
「ユウト、闇市に行くぞ。二人とも、店は任せたぞ」
*
「モルドさん、今日は特別な物を探してるんです」
暗い地下道で、ドワーフの商人に声をかける。
「視力と聴力を強化する魔物の素材を」
「ほう...」
モルドが興味深そうに目を細める。
「レンズビーストの眼球なら、在庫があるが...」
次々と並べられる素材を、加護で鑑定していく。
『レンズビーストの眼球』
「視力強化、特に暗視能力の向上。極めて新鮮」
『サウンドウルフの耳』
「聴覚の著しい向上。保存状態良好」
『クリスタルスネークの眼』
「視界の明晰化。視力回復効果あり」
アルも同じように鑑定を進めていく。
二人の使徒の力が、最良の素材を選び抜いていく。
「それなりに食材としては高いぞ、これは」
モルドが値段を告げる。
確かに、良質な素材には相応の価値がある。
「でも、必要な物です」
レインの片目。
マリーの聴覚。
二人を救うための投資に、躊躇いはない。
「取引成立だ」
アルが財布から銀貨を取り出す。
店の利益は、こういう形で還元される。
「料理法を考えないとな」
「ええ。食べやすい形で...」
特製スープにするか、細かく刻んでソースに紛れ込ませるか。
マリアさんから学んだ技術を総動員しよう。
「あいつら、良い奴らだ」
アルが巻きたばこを燻らせながら呟く。
「ああ。だからこそ」
「ノクトゥルナ様の教えは、正しかったんだな」
困っている者に手を差し伸べる。
その手段が料理という形を取るなら、なおさらだ。
街に戻る二人の背中を、
朝日が優しく照らしていた。
*
「今日の賄いは特別なものになります」
厨房で大きな鍋を準備しながら、俺は説明を始めた。
「数時間煮込むスープですが...みんなの体に、効果があるはずです」
底に並べられた具材。
レンズビーストの眼球とサウンドウルフの耳は細かく刻み、
クリスタルスネークの眼は溶け込むように。
さらにトロルの肉を加え、柔らかくなるまでじっくりと。
「野菜を切ってもらえますか?」
四人に作業を分担する。
包丁を持つ手つきは、まだぎこちないが、真剣だ。
「玉ねぎのみじん切り、人参は乱切り、キャベツは...」
マリーは口の動きを読みながら、黙々と作業を続ける。
レインは片目でも的確に包丁を動かし、
カイは繊細な作業を、リリィは座りながら手際よく。
「いい香りですね」
アルが覗き込みながら、巻きたばこの火を消す。
ハーブと香辛料が織りなす香り。
魔物の素材特有の匂いを消し、むしろ食欲をそそる香りに変える。
マリアさんから学んだ技の集大成だ。
「さあ、完成です」
数時間の煮込みを経て、スープは深い琥珀色に輝いていた。
「いただきます」
五人で、温かなスープを口にする。
「これは...!」
レインが驚きの声を上げる。
片目に手をやり、瞬きを繰り返す。
「音が...はっきり...」
マリーが、普段より安定した声で呟く。
周囲の物音に、敏感に反応している。
「体の奥まで、温かい...」
カイの声には力が宿り、
リリィの足取りには、さらなる確かさが。
「これが、うちの料理の真髄だ」
アルが満足気に頷く。
「みんなで作って、みんなで食べる。そうして、少しずつ良くなっていく」
スープを啜りながら、四人の表情が明るくなっていく。
もう、暗い地下で震えていた奴隷の影は消えつつあった。
「ありがとうございます...」
レインの片目から、涙が零れる。
他の三人も、感極まった様子で頷いている。
アルと目を合わせる。
これこそが、ノクトゥルナ様の望んだ形なのだと、
二人の使徒は確信していた。
店の隅で、小さな妖精が優しく微笑んでいる。
その姿は、かつてないほど鮮やかに輝いていた。
*
店は予想以上の活況を呈していた。
レインは片目の視力が回復し、的確な仕込みをこなす。
マリーの聴覚も改善され、客の声も聞き取れるようになって、接客も担当。
体力がついたカイは包丁さばきが冴え、
リリィは軽やかな足取りで配膳を手伝う。
「いらっしゃいませー!」
「チーズバーガー二つですね!」
「てりやきセット、お待たせしました!」
活気に満ちた声が、店内に響く。
閉店後、二階の居住スペースに六人が集まる。
月明かりの中、ノクトゥルナ様が妖精の姿で現れた。
「みんな、よく頑張ってるわ」
優しい声が響く。
「売上も先月の倍になりました」
アルが帳簿を見せながら報告する。
「でも何より」
女神の目が、四人の元奴隷たちに向けられる。
「あなたたちの成長が、何よりの喜びよ」
「妖精様...」
レインが深々と頭を下げる。
他の三人も、感謝の意を示す。
「体の不調も良くなって、仕事も覚えて...」
「本当に、ここに来られて良かった」
「幸せです...」
「まだまだこれからよ」
ノクトゥルナ様が柔らかく微笑む。
「あなたたちの幸せが、また新しい誰かの希望になる。それが、この店の在り方なの」
六人で頷き合う。
確かに、この店は単なる商売の場ではない。
救いを求める者への、一つの答えなのだ。
「ユウト、アルフレッド」
女神が二人の使徒に向き直る。
「あなたたちの布教は、理想的な形を取り始めているわ。誰も傷つけず、むしろ救いとなる」
「ノクトゥルナ様...」
「これからも、この道を進みなさい」
かすかな光が、部屋中を優しく包み込む。
それは祝福の輝き。
神の笑顔が、この小さな店を照らしていた。
「さあ、明日も早いわよ」
「はい!」
六人の声が重なる。
もう、ここは立派な一つの家族。
夜空に浮かぶ月が、辺境の小さなバーガー店を、静かに見守っていた。
夜更け、店の帳簿をつけながら、アルに話を切り出す。
「アルさん、お店を増やすことについて考えてるんです」
「ほう?」
巻きたばこを燻らせながら、アルが興味深そうに聞き入る。
「同じ味、同じ品質のハンバーガーを、街のあちこちで提供する。本店の味と技術を伝授して、暖簾分けするんです」
「面白い考えだな」
「まずはレインたちに」
その言葉に、アルの目が輝く。
「なるほど...彼らなら、うちの"秘密"も知ってるしな」
「ええ。真面目に働いてくれてる彼らに、自分の店を持つチャンスを」
アルが煙を吐きながら考え込む。
「レインの目も良くなってきたし、マリーの耳も随分と改善した。カイは料理の腕も上がってきてる」
「リリィも足が良くなって、接客も板についてきました」
「彼らに暖簾分けして...さらに新しい奴隷の購入も任せる」
アルが察したように頷く。
「つまり、救いの連鎖ってわけか」
「店を任せられるようになった彼らが、今度は新しい奴隷たちを救う。そうやって...」
「ノクトゥルナ様の教えが、自然と広がっていく」
二人で顔を見合わせる。
「いいアイデアだ。具体的にどう進める?」
「まず、味と品質を統一するための手順書を作ります。材料の仕入れルート、調理法、接客まで」
「研修期間も必要だな」
「ええ。一店舗目は、四人で運営してもらう。新しい奴隷は二人から始めて...」
話が具体的になっていく。
アルの商才と、俺の前世知識のフランチャイズのシステム作りの考えが噛み合う。
「しかし、よく考えたな」
「これも、ノクトゥルナ様の導きかと」
実際は前世の知識だが、それは言えない。
ただ、この世界に合わせた形で活かせることを嬉しく思う。
「よし、明日から準備を始めよう」
「はい」
街の夜景を見下ろしながら、
二人は新たな夢を語り合った。
やがて、この街のあちこちに、
同じ看板が輝くことになるだろう。
そして、隣町さらに隣町とその全てが救いの場所となる。
*
「おや、また来たかい?」
闇市の片隅で、モルドが嬉しそうに俺たちを出迎える。
その周りには、以前より多くの商人が集まっていた。
「最近は売れ行きがいいんでな」
「上質な材料を確保してあるぜ」
「うちにもいい物が...」
競うように声をかけてくる闇市の商人たち。
辺境バーガーの成功が、この地下経済をも活性化させていた。
更には、
「おい、見てくれよ」
冒険者ギルドの会計係が、帳簿を見せ合っている。
「廃棄予定の魔物の部位、随分と売れるようになったじゃないか」
「しかも、以前より高値で」
「これは...このまま放っておいても良いのかな...」
「見て見ぬふりをするさ」
ベテランの係長が言う。
「街が潤えば、それでいいんだ」
「あの店に良く行ってる職人さん、更に腕が上がったって」
「うちの旦那も、あそこのスープ飲んでから体調が良くなって」
「妖精様のお店だからね、ご利益があるのよ」
街角で囁かれる会話。
誰もがなんとなく気づいているが、誰も口には出さない。
「ユウト、面白い変化が起きてるぞ」
アルが報告する。
「街の有力者たちも、うちの"商売"に興味を示し始めた。表立っては何も言わないが、支持する姿勢は見せている」
「そうですか」
「ああ。街全体が、ゆっくりとだが確実に変わり始めている」
確かに、以前より街に活気が出てきた。
商人たちの往来も増え、職人の腕も上がり、冒険者たちも元気になった。
「これも、ノクトゥルナ様の導きですね」
小さな妖精の姿で現れた女神が、満足げに頷く。
「みんな分かってるのよ。でも、誰も口には出さない」
「そうそう」
アルが巻きたばこの煙を吐く。
「時にはこうして、街全体が暗黙の了解で動いていく方が、物事は上手くいくもんだ」
表向きは普通のバーガーショップ。
でも実際は、街全体を元気にする力を持った場所。
「さて、次の店舗の準備を進めますか」
「ああ、その前に新しい仕入れルートの開拓もな」
街が少しずつ変わっていく。
そして、その中心にいる俺たちも、
確実に前へと進んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます