第14話 新天地 ―Frontier―
七日間の過酷な旅を経て、ようやく辺境の街が見えてきた。
中央都市のような整然とした美しさはないが、荒々しくも活気のある街並みが広がっている。
「ここが、フロンティア」
アルが懐かしそうに呟く。
「昔よく寄せてもらった街だ。ここなら、まだ俺の古い伝手が残ってるはずよ」
街の門をくぐると、そこは予想以上の混沌だった。
人族、獣人、ドワーフ、エルフ...ありとあらゆる種族が行き交い、
中央都市では決して見られないような更に自由な空気が漂っている。
「まずは...」
アルは手際よく動き始めた。
街に入って早々、安宿を確保。
俺たちの汚れた衣服も、どこからか新品に替えてくれた。
「ユウト、少し待っててくれ。俺は顔つなぎに行ってくる」
そう言って、アルは街へ消えていった。
数時間後、アルが戻ってきた時には、すっかり別人のような活気に満ちていた。
「冒険者ギルドの登録は済ませた。お前の銅級プレートも、ここで通用するようになってる」
巻きたばこを美味そうに吸いながら、アルは続ける。
「商人ギルドの知り合いも、まだ覚えててくれてな。いくつか取引の話も入ってきてる」
「アルさん、すごいですね...」
「まあな。こう見えても、昔は結構な顔役だったんだ」
自慢げに胸を叩くアル。
その姿は、街道で出会った怪しげな男とは思えないほどだった。
「それと、もう一つ」
アルは声を潜める。
「裏で魔物の素材を扱ってる連中のツテも見つけた。ノクトゥルナ様の使徒として、これは重要だろう?」
俺は無言で頷く。
確かに、布教活動にとって必要不可欠な情報だ。
「街の北西地区に、"影の市場"ってのがある。明日にでも案内してやるよ」
アルの手際の良さに、ただただ感心するしかない。
一日で、これだけの基盤を作ってしまうとは。
「さてと」
アルが伸びをする。
「今夜は久しぶりに、まともな酒が飲めそうだ」
*
「よお、小僧。随分と柔らかそうな手してんじゃねえか」
酒場の片隅で食事をしながらアルと酒を飲んでいると、大柄な男が声をかけてきた。
腕には、剣で付けられたような無数の傷跡。
「中央からの坊ちゃんかい?こんな辺境で何してんだ?」
男の後ろには、同じような荒くれ者が二人。
店内の空気が、一気に張り詰める。
(面倒なことに...)
立ち上がろうとした俺の肩を、アルが軽く押さえた。
「おや、ビル。相変わらず人を見る目は確かだな」
巻きたばこの煙を吐きながら、アルが男に話しかける。
その声には、今までに聞いたことのない威厳が滲んでいた。
「あんたは...」
男...ビルと呼ばれた男が、目を細める。
「十年前の"暗月の抗争"を覚えているか?お前の命を救った、あの密輸商人を」
「ま、まさか...」
ビルの顔から血の気が引いていく。
「アル...アルフレッドさんですか!?」
「久しぶりだな。この若者は俺の付き人だ。辺境での商売を教えてる最中でね」
「申し訳ございません!」
ビルが慌てて頭を下げる。
後ろの二人も、つられたように頭を垂れた。
「気にするな。むしろ、お前が街の権力図を教えてくれると助かる」
アルが席を勧めると、ビルは恐縮しながら座った。
「この十年で、随分と変わったからな」
「はい!喜んで!」
それからしばらく、アルはビルから街の裏情報を聞き出していた。
巧みな話術で、相手の舌を解していく。
その手腕は、まさにプロのそれだった。
「さて、そろそろ帰るか」
十分な情報を得たところで、アルが立ち上がる。
「ビル、話に付き合ってくれて助かった」
「い、いえ!こちらこそ!」
アルは、ビルに握手しながら金を渡していた。
安宿への帰り道。
「アルさん、すごかったですね」
「まあな。商売は力じゃない。言葉だ」
巻きたばこの火が、夜道を照らす。
「それに...」
アルが意味ありげに笑う。
「お前の拳一発で決着つけるより、こっちの方が街の評判も下がらないしな」
確かに。
魔物の力を得た今の俺なら、あの三人くらいなら一瞬で...。
「ただし」
アルの声が鋭くなる。
「次からは気をつけろよ。お前の気品の良さは、この街じゃ目立ちすぎる」
「はい...」
「明日から、荒事の練習もつけ加えるか」
そう言って、アルは夜空を見上げた。
*
安宿の一室で、アルと向かい合って座る。
夜風が、粗末なカーテンを揺らしていた。
「この宿に長居する気はないんだ」
巻きたばこの煙を吐きながら、アルが切り出す。
「明日からは店舗兼住宅の物件を探す。街の北西で、人通りの多い場所をな」
「店...ですか?」
「ああ。家賃を払い続けるより、自分の店を持った方が得だろう。それに...」
アルが意味ありげに笑う。
「布教にも都合がいい」
「まさか...」
「そう、食堂をやろうと思ってる」
「え?それって...魔物の肉を?」
思わず声が上ずる。
「でも、そんな...勝手にお客さんに魔物の肉を食べさせるなんて!」
「おいおい、そう真に受けるな」
アルが苦笑する。
「肉をそのまま出すわけじゃない。出汁にするとか、細かくミンチにして薬味と混ぜるとかさ。色々とごまかしようはあるだろ?」
「でも...」
「布教にいちいち細かいこと気にしてちゃ、前には進めないぜ」
アルは真剣な顔になって続ける。
「考えてみろよ。美味い料理を食って、体調が良くなって、その上で商売も成り立つ。客も俺たちもWIN-WINじゃないか」
「それは...」
確かに、マリアさんの店だってそうだった。
料理を通じて人を救い、しかし、その中で勝手に魔物の素材を食べさせて布教もするなんて...。
「それに、お前にゃちょうどいい経験があるだろ?」
「ギルドの食堂...ですか」
「ああ。マリアって女将から学んだ技術を、今度は自分の店で活かすんだ」
アルの言葉が、次第に説得力を持って響いてくる。
「ユウトの腕前なら、絶対に繁盛するさ。それに...」
少し声を潜めて。
「第二の使徒として言わせてもらえば、これはノクトゥルナ様の教えを広めるのに、最高の手段だと思うんだがな」
窓の外から、月明かりが差し込む。
その光が、粘土像を優しく照らしていた。
「...分かりました」
「決まりだな」
アルが満足げに頷く。
「明日は早いぞ。物件探しは朝一番からだ」
夜更けの安宿で、
新たな布教の道が、
静かに決まっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます