第5話 探索の午後 ―Discovery―

休憩時間に差し掛かり、マリアに声をかける。


「ギルドって広いですよね」


「そうね、せっかくだし休憩時間、案内してあげましょうか?」



「ここが図書室」


マリアに案内されて入った部屋は、予想以上に広かった。

魔物の生態や、冒険記録、魔法の理論書など、様々な本が並んでいる。


「あ...」


一冊の本が目に留まる。

『魔物素材の利用と禁忌』


手に取ろうとした瞬間、マリアに制される。


「その手の本は、許可が必要よ」


静かな声でそう告げると、先に進む。


「ここが魔物の素材の鑑定所よ」


ガラス張りの部屋の中では、魔法使いらしき人物が魔物の素材を調べていた。

青い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、素材の性質を読み取っているようだ。


(魔法...)


思わず見入ってしまう。

アニメの中でしか見たことのない光景。

特に魔法陣の輝きは、『星空のメロディア』でリズムが使っていた魔法に似ている。


(いつか、俺も...)


憧れるような気持ちで見つめていると、


「次は解体所よ」


マリアの声で我に返る。


大きな部屋には、冒険者が持ち込んだ魔物の死体が並んでいた。

熟練の解体人たちが、手際よく素材を取り出していく。


「価値のある部分だけを取って、後は廃棄するの」


「廃棄...」


その言葉に、どこか引っかかるものを感じた。


案内の最後は素材店。

高価な魔物の素材が、きれいに陳列されている。


「薬の材料になったり、装飾品になったりするのよ」


帰り道、ギルドの裏手を通りかかる。

そこで目にしたのは──


(なんだ、あれ...)


ゴミ捨て場には、解体所から出された魔物の残骸が山積みになっていた。

見た感じ、まだ十分に使えそうな部位も...。


(いや、でも...)


今日見聞きした様々なことが、頭の中を巡る。

魔物の素材に対する厳しい管理。

食用についての暗黙の禁忌。

そして、あの本の存在。


(もう少し、様子を見よう)


その日は、ゴミ捨て場には近づかなかった。

でも、心の片隅で何かが芽生え始めていた。


厨房に戻る途中、また魔法使いの部屋の前を通る。

青く輝く魔法陣が、今度は赤い光を放っていた。


(魔法か...)


『星空のメロディア』で見た、リズムの魔法の輝き。

いつか、自分もあんな風に...。


「何見てるの?戻りましょ」


「は、はい!」


マリアの後を追いながら、心の中でつぶやく。


(情報、もっと集めないと)


この世界のタブーと、可能性の境界線。

それを見極めるところから、始めないといけない。


厨房では、次の準備が待っていた。



一週間が経ち、食堂の仕事にも随分と慣れてきた。

許可を得て読んだ『魔物素材の利用と禁忌』は、思った以上に示唆に富んでいた。


(オーク肉か...)


比較的入手しやすく、毒性も低い。

何より、筋肉増強の効果があるという記述が気になる。


「あら、今日はお休みなの?」


材料の仕込みをしていると、ルーナが薬箱を持って現れた。


「ええ、週3日勤務なので」


「そうよね。みんな副業があるものね」


確かに。

ドルドは腕の立つ鍛冶屋として評判だし、

ルーナは薬草の知識を活かして薬屋を営んでいる。

小柄なミリーは評判の裁縫屋で、

レンは冒険者ギルドでも名の知れた存在らしい。


「マリアさんだけは...」


「ええ。あの人はずっとここね」


ルーナが薬棚を整理しながら言う。


「理由は...まあ、本人が話すべきことだと思うわ」


「あ、すみません」


「いいのよ。それより」


ルーナがこちらを向く。


「あなたは?副業の予定は?」


「それが...」


マリアからは「ここでずっと働いてもいいのよ」と言われている。

実際、腕前も認められてきているし、居心地も最高だ。


でも。


(布教のことを考えると...)


魔物の素材を集め、研究し、調理法を確立する。

そのためには、冒険者としての経験も必要だろう。


「冒険者ギルドの仕事を、少しずつ始めようかと」


「あら」


ルーナが意外そうな顔をする。


「珍しいわね。普通は冒険者から食堂の仕事に転向するのに」


「でも、これには色々な理由が...」


「ふふ、深くは聞かないわ」


エルフ特有の神秘的な微笑みを浮かべる。


「でも、気をつけてね。特に最初の頃は」


「はい!ありがとうございます」


午後、冒険者ギルドの掲示板を見る。

雑草取りや、荷物運び、ゴミ収集...。


(これくらいなら、できそうだ)


銅板を手に取る。

小さな一歩。でも、確実な一歩。


「おや、仕事を?」


振り返ると、マリアが立っていた。


「あ、はい。その...」


「いいのよ。私だって、最初は冒険者だったんだから」


意外な告白に、思わず目を見開く。


「ただし」


マリアは真剣な顔で言う。


「無理は禁物よ。まずは経験を積むこと。それと...」


「はい?」


「帰りが遅くなるときは、必ず連絡するのよ」


「...はい!」


まるで、母親のような口調。

でも、その言葉に温かさを感じた。


掲示板の依頼書を眺めながら、決意を新たにする。


(布教のため)

(ノクトゥルナ様のため)

(そして...)


マリアの背中を見送りながら、

(この人たちのためにも)


新しい一歩を踏み出す時が来たようだ。


*


「冒険者の装備か...」


市場を歩きながら、ノクトゥルナから支給された金貨を確認する。


(必要なものは...)


前世でアニメやゲームから得た知識を総動員する。

寝袋、火打ち石、水筒、ナイフ、ロープ...。


「いらっしゃい」


声をかけてきたのは、古道具屋のおじさんだった。


「新人には、こういうセットがおすすめだよ」


見せられたのは、中古の基本的な野営道具一式と、太くなった先端の無骨な棍棒を見せた。

使い込まれているが、手入れは行き届いている。


「これなら3シルバーでいいよ」


「本当ですか!?」


市場を回って相場は把握していた。

新品なら倍以上する。


「ああ。使い方も教えてあげるからね」



装備を整えた後、ギルドの掲示板へ。

まずは簡単な依頼から。


「ゴミ収集と...薬草集め、か」


どちらも街の近郊での作業。

危険度は最低ランク。


(これなら...)


受付で手続きを済ませる。


「あら、ユウト」


振り向くと、薬箱を持ったルーナが立っていた。


「薬草集めの依頼、私が出したのよ」


「え?」


「良かったら、採取のコツ、教えてあげる?」


エルフの微笑みに、思わず顔が綻ぶ。


「お願いします!」


ルーナは薬草図鑑を取り出した。


「まず、これが基本ね。見分け方は...」


丁寧な説明を受けながら、メモを取る。


(これは、意外な幸運かも)


エルフは植物との親和性が高いと聞く。

その知識を直接学べるなんて。


「あとは...」


ルーナは周囲を確認してから、小声で。


「野生の魔物には気をつけて。特に、採取に夢中になってる時は危ないから」


「はい、分かりました」


明日からの仕事に、期待と不安が入り混じる。

でも、一歩ずつ。

確実に、前に進もう。


腰に下げた野営道具が、心強く感じられた。


*


「はぁ...はぁ...」


日の出とともに始めた仕事も、正午を過ぎた頃には完全にペースが落ちていた。


(これが...力仕事か)


街区ごとに集められたゴミを、大きな手押し車に積んで焼却場まで運ぶ。

たった4往復。

単純な作業のはずが、こんなにも体力を消耗するとは。


「おい、若いの!そこの束が崩れてるぞ」


焼却場の職員に指摘され、慌てて荷物を整える。

汗で前髪が目に張り付く。

16歳の体とはいえ、前世がデスクワーク人生だった影響は大きかった。


「こっちも手伝うよ」


同じ仕事を請け負っていた年配の男性が、笑いながら手を貸してくれる。


「これ、コツがあるんだ。重いものは下に、軽いものは上に。そうすると崩れにくい」


「あ、ありがとうございます...!」


「最初は誰でも大変さ。私も昔は随分と失敗したよ」


優しく教えてくれる男性に、少し救われる思いがした。


「それに、あんたまだマシな方だ」


「え?」


「ほら、見てみな」


指差された先には、途中で挫折して帰っていく冒険者の姿。

どうやら、力仕事を甘く見ていたのは俺だけではないらしい。


(よし...)


深い息を吸って、再び手押し車に向かう。


「まだまだ、続けられます」


「その意気だ。けど無理はするなよ」


*


ゴミの収集作業も終盤に差し掛かった頃、ギルドの裏手に来た。


(ここも担当か...)


手押し車を押しながら、ゴミ捨て場に近づく。

と、その時。


(あれは...!)


解体所から運び出されたばかりのオークの肉片。

まだ新鮮な赤みを帯びている。


(捨てるには...もったいない)


周囲を確認する。

誰もいない。


(『魔物素材の利用と禁忌』によると...)


オーク肉は比較的安全で、筋力増強の効果があるはず。

しかも、これは上質な部位に見える。


手が震える。

発見の高揚感と、タブーを犯す不安と。


(...やるか)


素早く腰のナイフを取り出す。

一番良さそうな部分を、手のひらサイズにそぎ落とす。


(早く、早く...!)


ゴミ収集用の紙で何重にも包み、鞄の底に忍ばせる。


「おい!」


声が聞こえて背筋が凍る。

振り返ると──


「そこの収集、終わったか?」


解体場の職員だった。


「は、はい!今行きます!」


急いで手押し車を押し始める。

背中に冷や汗が流れる。


(バレてない、よな...?)


鞄が、やけに重く感じられた。

それは、物理的な重さだけではない。

タブーに手を染めた重み。


(でも、これが第一歩)


確かな手応えがある。

布教のために。

そして、力を得るために。


「おい、若いの!しっかり押せよ!」


「すみません!」


声に慌てて応じる。

表情は普段通りを装うけれど、

心臓は早鈍りを続けていた。


これが、密かな挑戦の始まり。

そんな予感が、胸の奥で静かに燃えていた。


鞄の中の肉片が、

まるで秘密を共有するように、

じんわりと重みを主張している。


日が傾き始める頃、ようやく最後の荷物を下ろし終えた。

全身が鉛のように重い。

それでも、達成感はあった。


「はい、これが報酬」


受け取った銅貨は、たった3枚。

でも、その重みは特別に感じられた。


「次は...薬草集めか」


明日の仕事を確認しながら、ふと思い出す。


(魔物の素材集めも、こんな感じなのかな)


まだまだ先の話だ。

今は目の前のことから、一つずつこなしていこう。


「おかえり~」


帰宅すると、マリアが出迎えてくれた。


「あら...よく頑張ったわね」


疲れ切った様子を見て、マリアは温かい笑みを浮かべる。


「お風呂の準備、してあるから」


「え?この家に...?」


「ううん、タライよ。でも、温かい水は用意したわ」


その言葉に、思わず涙が出そうになる。


この優しさも、

力仕事で得た達成感も、

全てが新鮮な経験だった。


「ありがとう...ございます」


「当たり前よ。さ、早く体を休めなさい」


タライに浸かりながら、今日一日を振り返る。

体は痛いけれど、確実に一歩を踏み出せた気がする。


明日は薬草集め。

その次は...。


まだまだ、長い道のりになりそうだ。

でも、それも悪くない。


疲れ切った体に、温かい水が染み渡っていった。

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推しキャラにそっくりな女神様に召喚されて、16歳に若返って最強の使徒として異世界で布教することになりました モロモロ @mondaru

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