第8話


風夏ふうかがどれだけ重いため息をついても、どれだけ神に願っても、もちろん時間は止まってくれることはない。


「今日の国語のテストやばかったねぇ~。古文、難しすぎたよね」

真海まみが風夏に声をかけるが、風夏は机に突っ伏したまま顔を上げない。


「そんなにやばかったの?」


「やろうと思ってたんだよ」

風夏はガバっと起き上がった。


「弟とバンドやる代わりに勉強も頑張るって約束したし、計画立てて勉強時間も確保してたのに・・・」


「寝たんだね?」


「・・・そう。やっぱ睡眠時間3時間生活は無理だった」


「そりゃ無理でしょ。それは計画立ててとは言わないよ」


「だって、対バンまであと3週間だから勉強だけってわけにはいかなかったんだもの」


「ねぇ、風夏。あんたはバンドずっと続けていくつもりなの?」


「・・・わかんない」


陽樹はるきくんは将来のためにバンド辞めたんでしょ?風夏だって考えないと。ずっと高校生でいることも出来ないんだよ?」


「真海が担任と同じこと言う・・・」

風夏はまた机に突っ伏した。


「・・・でも、今しかできないこともあるって思う」

真海が優しい声で言った。


「私にはそういうものがまだ見つかってないから、風夏も松崎もやりたいことを見つけて、夢中になってるって羨ましいよ。それこそ大人になったら、出来ないこともあると思う」


「真海・・」


「今やれることに全力でやるのも人生で大事よ。・・・恋愛もね」

ニヤニヤと真海が笑っている。


「・・・何よ?」


「松崎を勝たせてあげたいから頑張ってるんでしょ?」


洋人ひろとはテストだろうがお構いなしによく寝ている。

よくあれで留年しないもんだなと思っていると、目覚めた洋人と目がバチっと合ってしまった。

サッと目をそらすと、真海の方に向き直った。


「ち、違うから!そりゃ洋人のこと応援はしてるけど、べ、別にあいつのためじゃなくて、私がやりたくてやってるだけだもの」


「真っ赤な顔しちゃって」


「真海!」


「ごめんごめん。今回のテストで追試になったら、みっちり休み時間に教えてあげるから、テストのこと忘れてバンド頑張っておいで」


「真海、大好き」

風夏が真海に飛びついた。


学校が終わり、いつものように練習スタジオに行くと、洋人しかいない。

拓海たくみくんは?」


「いつものやつだ」


そういえば、昨日曲が完成して、拓海くんにデータを渡していた。

歌詞を考えるために、また部屋に引きこもっているに違いない。


拓海はいつもあまり話さないが、それは言葉を大事にしているからだ。

大事にしているからこそ容易に話したりはしない。

もちろん歌詞を考える時も人一倍丁寧に考え作り上げていく。

だから、歌詞を考えるとなると、大体3日から1週間程度引きこもってしまうのだ。


「どんな歌詞になるんだろ?バラードとか初めてだから楽しみかも」


「あぁ。昨日の夜、電話したらラブソングにしたいけど、経験ないからって頭抱えてたわ」


ラブソング・・・。

『松崎を勝たせてあげたいから頑張ってるんでしょ?』

真海の言葉が蘇る。

(私、洋人のこと…)


洋人が真剣な顔でギターの調整をしている。

なんだかドキドキしてくる。


(…って何考えてんだ!?)


頭の考えを消そうと、「ねぇ」と洋人に声をかけた。


「なんだ?」

「は、陽樹くんとは連絡とってるの?」


「・・いや、とってないけど?」


「そっか」


「・・・あいつの邪魔をするわけいかないだろ?」


「え?」


「陽樹は、昔から弁護士か検察官になって弱い人の力になりたいって言ってたんだ。その夢のために、あいつは真剣に向き合って頑張ってるんだ。そんな時に、連絡したら迷惑だろ?」


「じゃあ陽樹くん以外のドラムを探そうとしたのって、陽樹くんの演奏が気に入らないからじゃなくて」


「バーカ、あいつ以上のドラマーがいるわけねぇだろうが」


洋人はギターを大事そうにスタンドに置いた。


「あいつは俺の夢をずっと応援してくれた。何でもやりすぎたり、周りが見えなくなる俺をずっと支えてくれたんだ。お前がバンドに入った時もすぐに馴染めるようにあいつが空気を作ってくれた。俺はそういうのが苦手だからな」


「確かにいつも雰囲気がよくなるようにしてくれたよね」

陽樹はいつも笑顔で、練習で空気が悪くなりそうなときは冗談を言ったり、休もうって言ってくれたりと上手く雰囲気をコントロールしてくれていた。


「本音を言えば、あいつと演奏したい。・・・でも俺もあいつの夢を応援したいんだ」


「そっか」


洋人は恥ずかしくなったのか、ギターを持つと、「練習するぞ」と演奏を始めた。


それから3日後、拓海がよれよれになりながら歌詞を完成させて、スタジオに顔を出した。


「お疲れ様、大丈夫?」


風夏が声をかけると、拓海は小さくコクっと頷いた。

「早速、やるか」と曲に合わせて、拓海の歌詞で歌ってみる。


「これ片思いの曲なんだね」


「・・ぼ、僕は片思いしか経験ないから・・・」


「なんか共感できちゃう歌詞だなぁ・・・。傍にいるのに近づかない心が、ドキドキして自分の気持ちに気づかせる、なんて」


「・・・風夏ちゃん・・片思いしてるの?」


「ちょっ、何言ってんの」

バシバシと拓海の背中を叩く。


「おめぇら何やってんだ!時間ないんだから練習するぞ」


「はーい!」洋人の掛け声で、いつものように練習を始める。


(私の夢も洋人は応援してくれるのだろうか)

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