第4話
「ここは…?」
風香は飯と言われて、きっとファミレスだろうと思ったのだが、可愛らしいレストランだ。
「俺は、準優勝だったし、別にファミレスとかって思ってたけど、おっちゃんが女の子にお礼するならここくらいは行けって言うから」
洋人は恥ずかしそうに「仕方なくだ」と言いながら、誤魔化すようにレストランの扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
席に案内され、ウェイターが椅子を引いて、座らせてくれる、
こんなちゃんとしたレストランは初めてだ。
風香は高校の制服で来てよかったのかと不安になったが、それを察したように、「今日は、松崎様より伺っております」とウェイターが笑顔でメニューを持ってきた。
どうやら洋人のおじさんが説明してくれているらしかった。
「準優勝おめでとうございます。ご予約時にコースは伺っておりますので、飲み物のメニューをどうぞ」
イタリア語なのか、フランス語なのか、見慣れない飲み物が並んでいる。
風夏は、迷って結局オレンジジュースを頼んだ。
洋人は手慣れた様子で、サンペレグリノを頼んでいて、あとで出てきたものをみると炭酸水のようだった。
「コースって、高いんじゃないの?」
風香は心配になって小さな声で洋人に尋ねると、そんなことをここで聞くなというように睨まれた。
周り見ると、大人のカップルやご夫婦が来ている。
5〜6組で埋まってしまうような小さなレストランだ。
少し薄暗く、机の上のキャンドルが揺れている。
こんなにも改まったところにくると何を話したらいいのかわからなくなる。
風夏は、下を向いて、テーブルクロスの柄でも眺めていた。
「…おい」
声をかけられて顔を上げると、洋人が「今日は俺の奢りだし、お金のことは気にするな」とぶっきらぼうな感じで、恥ずかしそうにこっちと目を合わさずにいった。
どうやら風香がお金のことを気にしていると思ったらしい。
「ありがとう」
風香は素直にそういうと、奢りなんて申し訳ない気もしたが、なかなか来れる機会もないのだから楽しむことにした。
「洋人はこういうレストランくるの?」
「まぁ昔はな」と意味深に答える。
前菜が運ばれてきて、小さな豆や細く切られた野菜をフォークやスプーンで風香が格闘している中、洋人は上品に食べている。
昔来ていたのは間違いないようだった。
「そういえば、洋人って兄弟とかいるの?」
「いたよ」
洋人の返事に風香の顔が、固まる。
「ちげぇから、生きてるよ。両親も弟も健在。ただ俺が縁を切っただけ」
「縁を?」
「そ」と言って、次に出てきたリゾットを食べ始めた。
どうして縁を切ったのか気になるところだが、こういうのは気軽に聞くべきことではないだろう。
風香もリゾットを口に運んだ。
「美味しい…」
「おっちゃんはグルメだからな。おっちゃんの選んだ店なら間違いはねえよ」
「そういえば、おじさんってどういう関係なの?」
「おっちゃんは、母親の兄だよ。今はそこで居候させてもらってる」
「そうなんだ」
「風香は弟がいるんだっけ?」
「そうだよ、母親みたいな弟と弟みたいな母親と3人暮らし」
「変わった家族なんだな」
「変わってるけど、仲良くやってるよ」
洋人はスプーン動きを止めて、少し寂しげに微笑むと、「それが1番だ」と小さく呟いた。
なんだか気まずい沈黙がやってきたので、風夏は話題を変えることにした。
「そ、そういえばさ、バンドなんだけど、陽樹くんとか拓海くんが学生のうちは続けるにしても、就職した後は洋人どうするの?」
「ソロでやるよ。曲作りは拓海も手伝うって言ってくれてる」
「洋人は曲も作れるし、歌上手いもんね。私なんてキーボードだけだもんなぁ。1人でなんて何も出来ないよ」
「何言ってんだ、ピアニストは1人でやってるじゃねえか。どの楽器だって極めれば主役になれる」
洋人が真剣な目で風夏を見ている。
(いつも音楽の話の時は真剣なんだよね)
笑顔はあまり向けてくれないが、この真剣な顔は自分にだけ向けられているんだなと思うと、風夏はドキッとした。
「俺が初めて風香のピアノを聞いた時、主役だと思ったよ。だから誘ったんだ、バンドに」
「主役…」
今までの自分の人生で関わりのない言葉だと思った。
どちらかと言うと、漫画のモブキャラのような人生で、主役どころか脇役にすらなれないようなごく普通の目立たない人生だと感じていた。
風香は褒められたのが照れ臭くて、大きくリゾットを一口食べた。
「あっという間に終わるんだろうな、高校生活なんて」
高校生活は一生続くわけじゃない。本当にあっという間に過ぎてしまうのだろう。
風香も、「そうだね」と頷いた。
「だからこそ、対バンに出ようと思う」
「は?」
「対バンだよ、対バン」
ビックイベントだから胸が震えるぜ、と洋人は嬉しそうに話している。
どうやらこの秋からも熱いイベントは続くようだ、風香は大変だろうなとため息をつきつつ、変わらないこの生活にほっとしていた。
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