第5話

『対バンとは、ライブイベントで複数のアーティストが入れ替わりで演奏を行うライブ形式のことである』


「要は、たくさんアーティストが出演するライブってこと?」

真海まみは紙パックのミルクティーを飲みながら、スマホを見ている。

昼休みで教室は騒がしい。

洋人ひろとはこの騒音の中でも机に顔を突っ伏して寝ている。

最近は遅刻するものの、午前中に来ていることが増えている。

その分眠いらしく、寝ていることが多いので、意味はない気もするが、担任は毎回「よく来たな、えらいぞ」と褒めている。


「まぁ簡単に言えばそういうことかな。今までとは違って結構大きなステージなんだよね。私らみたいなアマチュアが出ていいもんかどうか・・・」


「すごいじゃん!そんな大きなステージのイベントに呼ばれるなんてさ」


「Winter Soulの代役みたいなもんだけどね」


Winter Soulとは、夏のライブ大会で優勝したバンドだ。

圧倒的な音楽スキルと高い人気を誇っている。

同じ高校生ながら、プロデビューも間近と言われている。

そのWinter Soulがそのライブに出演できないということで、準優勝だったsummer blueに出演しないかと話が回ってきたのだ。


「松崎、絶対拗ねてそう」


「いや、それがそうでもなくて」


レストランでの食事の帰り道、洋人と風夏ふうかはイルミネーション輝く街を歩いていた。

洋人と二人肩を並べて歩いている。

思えば二人でゆっくりこんな街を歩くなんて、久しぶりだ。

肩が触れそうなほど近い。

周りはカップルだらけで、仲良さげに手をつないで歩いている。


「・・・どう思う?」

「・・・え?」


「風夏、お前はどう思う?」


「な、なにを?」


洋人が足を止めて、風夏と向き合って真っすぐ見つめてくる。

体温が上がってくるの感じる。


「洋人・・・」


「お前は・・・対バンのことどう思う?」


「た・・・対バン?」


「さっき話したろ?対バン」


「あぁ・・・話したね」

風夏は全身の力が抜ける気がした。


「Winter Soulの代わりに出演するって話だったよね?大きなステージで他もプロばっかりみたいだし、なんかで出ちゃっていいのかどうか・・・」


「俺ら以外メジャーデビューしてるバンドだ。そんな中に混じって演奏できるとか最高だろ?」


「Winter Soulならまだしも、我々で太刀打ちできるのか・・・」

そこまで話して、風夏は地雷を踏んだ予感がした。

洋人の機嫌が悪くなるのでは、と恐る恐る洋人の方をみると、ニヤニヤしている。


「あいつら断ってくれてマジでラッキーだ。ここで俺らが爪痕を残せれば、あいつらをぎゃふんと言わせられる」


洋人は肩を回し、「全員俺らのファンにしてやる」とすたすたと歩いていく。


綺麗なイルミネーションでいい雰囲気の中、ハハハハ!と洋人の笑い声が聞こえる。

風夏は少し何かにがっかりしつつ、元気そうな洋人を見て微笑んだ。



「って感じで、全く洋人は気にしてないし、このチャンスにかけてるって感じだよ」

風夏がそういうと、真海は「まぁそれはそうと」といって風夏にグイっと近づいた。


「レストランで食事ってなによ?何で二人でおしゃれなレストランに行ったの?」

ニヤニヤしながら、真海がグイグイ質問してくる。

風夏が答えに困っていると、天の助けのチャイムが鳴った。

担任がガラっと扉をあけて、「授業始めるぞー」と入ってきた。

真海は残念そうに「あとで聞くから」と言って席に戻っていった。

(助かった・・・)

洋人はチャイムにも担任の声にも気づかずに寝ている。


(私、あの時何を期待したんだろ?)


学校が終わり、真海の厳しい追及を潜り抜け、スタジオにやってきた。

風夏はジャージに着替え、いつものようにキーボードを弾いていると、拓海たくみがやってきた。


「拓海くん、お疲れ」


「・・・お疲れ」


相変わらず恥ずかしそうに拓海は、下を向き気味にやってきた。

前髪なしの髪形になれないらしい。


「洋人は・・?」


「洋人は10回連続で課題やらなかったから残って課題やってる」

そういうと、拓海は「洋人・・・らしい」そういって、笑った。

LINEの音がして、スマホを開くと『今日は練習に行けない』と陽樹はるきからメッセージが来ている。


「今日陽樹くん来れないのか・・・残念だな。明日は前に言ってたライブの日だから、練習しときたかったな」


「明日模試だから・・・」


「そっか」

風夏は、これからのことを考えないといけないことを思い出してため息をついた。


「ねぇ、やっぱり陽樹くんは高3になったらバンド辞めちゃうのかな?受験生だし」


「・・・わからない。でもこのバンドのことは好きだと思う・・・」


「拓海くんは?」


「俺は・・・辞めない。看護師になるまでは続ける・・・」


拓海の夢は看護師だ。

そう考えると、長くてもあと3年だ。


「・・・風夏ちゃんは?」


「え?」


「風夏ちゃんはどうする?」


「私は・・・」

きっとそれは難しい。

いつまでも子供ではいれない。

大人になって、自分の足で歩かなければならない。

それでも、今は―


「続けたいよ、ずっと」


風夏は、本音を言った。

心から今思っていることだ。

それが例え叶わないことだとしても、願わずにはいれない。


(大人になんて・・・なりたくないな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る