それぞれの夢のためにできること

第6話

洋人ひろと、そんなウロウロしないで座ったら?」


風香が声をかけても、洋人は終始ウロウロして落ち着かない様子だ。

今日はライブの日だが、まだ陽樹はるきが来ない。

模試があるということで、ぎりぎりの到着になることは事前にわかっていたことだが、あと20分ほどで出番なので、落ち着かない洋人の気持ちもわかる。


「ごめん・・!」

あと10分で出番というところで、陽樹が息を切らせてやってきた。

ホッとして息を整えたところで、すぐに出番がやってきた。


風香は、演奏を始めてすぐに違和感を感じた。

いつもと違う。

陽樹のドラムのリズムがほんの少しいつもと違っていて、ズレているように感じる。

いつもの陽樹ならあり得ないことだ。

観客にバレるほどのミスではなかったが、いつも演奏を共にしているからわかる。


後半は立て直していつもの演奏に戻り、盛り上がって出番を終えることは出来た。


だが、控室に着いた時には、明らかに洋人はイライラしていた。

荷物を投げつけるように片付けている。


「ねぇ、洋人。対バンの話、みんなにしないの?」

風香は雰囲気を変えようと洋人に声をかけるが、「帰る」と風夏の提案に答えることもなく、洋人はギターを担いで扉を開けた。


「洋人」

陽樹が呼び止めたが、洋人は振り返ることなく、帰って行った。


「俺のせいだよな。明らかにミスが多かったから」


「そんなミスなんて誰にでもあることだよ」

風夏がそういうと、拓海たくみもぶんぶんと首を縦に振っている。


「違うか…あいつはミスを責めてるわけじゃない。俺がライブに集中してないことに怒ってたんだ」


陽樹はふぅと息を吐いた。


「いっそ怒鳴ってくれたらよかったのに」


陽樹は黙って、洋人が去っていた方の扉をただ見つめていた。



翌日も陽樹は練習に来なかった。

このままでは志望校に届かないと感じて、塾に通うことになったということだった。

週に2回は塾があり、場合によっては宿題などで来られない日がもう少し増えるかもしれないと申し訳なさそうに陽樹は言っていた。


風夏、洋人、拓海の3人でいつものように練習をするが、なんだかいまいちだ。

いないからこそ、ドラムの重要性を強く感じた。


不完全燃焼な練習を終えて、片づけをしながら対バンについて拓海に話すと、拓海は珍しく興奮していた。


「・・・バンド大会がめちゃくちゃ楽しかったから」


拓海の言う通り、バンド大会は、すごく楽しかったし、達成感もあった。

風夏もすごく充実感を感じ、来年までないなんて寂しいと思っていた。

だから、対バンはバンド大会と同じようにわくわくドキドキさせるイベントが楽しみでならないのは風夏も同じだ。


「そこで俺はどのバンドよりも盛り上げて、人気も集めて、来年のバンド大会こそ優勝したいと思ってる」


そして少し間を開けて、「だから・・・」

洋人の顔が険しくなっていく。


「新しいドラムを探そうと思う」


「・・・何言ってんの?」


「陽樹は練習に来れないだろ?それじゃあ勝てねぇよ」


「何言ってるのよ!練習来れないって週に2回来れないだけじゃない!」


「陽樹は来年になればもっと練習に来れなくなんだぞ?夏の大会だって陽樹が出れるかわからねぇんだ。土壇場で出れないなんてなったら、バンド大会だって勝てねぇよ」


「勝てないって、勝ち負けにこだわりすぎじゃないの?それに4人でSummer blueじゃないの?」


洋人が風夏と拓海の方に向き合って、はっきりと言った。


「・・・俺は勝ちたい。音楽で生きていきたいから」


その時、拓海はスタジオの扉のガラスに人影が見えたような気がした。



「ねぇ、真海まみ。どうしたらいいと思う?」

風夏はカフェで頭を抱えていた。

今日はおじさんの都合でスタジオが閉まっているので、真海と久しぶりにカフェに来ていた。

ここのイチゴパフェはイチゴの粒が大きく甘いと有名で、真海が前から行きたいと言っていたお店だ。


「難しい問題だね、それは」


「そうなんだよ。陽樹くんには夢のために勉強してほしいし、洋人の夢の為にもバンドを優勝させたい。けど、陽樹くんは練習にこれないし、でも陽樹くん以外のドラムなんて考えられないし」


ずっとこの問題が頭の中でループされている。

リセットしようと、大きなイチゴを口に放り込むと、ほのかな酸味と甘みが口の中で広がっていった。


「でも、松崎の言うことももっともだよ。松崎は音楽で生きていくと決めているけど、陽樹くんは法律家になりたいわけだから、バンドをずっと続けるわけじゃない。そうなると、ここらで辞めるってのもお互いの為かもよ」


「そんな・・・」


「何よりも陽樹くん次第なんじゃないの?バンドを続けたいと考えているのかどうか。勉強しながら、バンド活動大変だろうし」


確かに、それはその通りだ。

陽樹はどう考えているのだろう。


その時、スマホが震えた。

バンドのグループLINEだ。


陽樹からのメッセージのようだ。

風夏はメッセージをタップした。


『僕は、Summer blueから脱退します』


風香のスプーンがパフェに当たって大きなイチゴが、ゴロゴロと机の上を転がった。

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