未来に向かって歩くとき

第10話

風夏ふうか、本番はジャージで来るなよ」


洋人ひろとがスタジオに来た風夏に向かって、からかうように声をかけると、風夏はイーって顔をして、キーボードの前に立った。

自分の気持ちに気づいてしまったら、洋人の顔をまともに見れない。

(あぁ、もういっそ好きじゃないことにしたい)

そうは思っても、自分で自分に嘘をつけるわけもない。


対バンまであと10日―。

このライブで盛り上げて、人気を高めて、来年の夏のバンド大会で優勝するのが目標だ。

その後はそれぞれの道を歩むことになるが、今はこのことに集中する。

色々あったが、それが風夏たちの出した答えだった。


「今の部分を少し変えるぞ」

「僕はこうした方がいいと思う」

「・・・この部分は少し抑え気味に歌って・・・ほしい」

様々な意見を飛び交わせながら、演奏を作り上げていく。

この時間が風夏は好きだ。

真剣だがみんないい顔をしている。


「あ、もう22時だ」

陽樹はるきの声で時計をみると、もう間もなく22時になろうとしている。

「今日はこれくらいにするか」

また明日なと言って、洋人は早々に帰っていった。

拓海たくみもコンビニ寄ってから帰るということだったので、陽樹と風香の2人で帰っていた。

「さすがに夜は寒いね」

陽樹がパーカーのチャックをサッと上げた。


「そうだね。ちょっと前まで夏って感じだったのにね」


風香が空を見上げると、ほんの少し星が見える。

「本当はどれくらいの数の星があるんだろう…」

街が明るいので、星の輝きは見えづらい。 


「どれくらいなんだろうね」

陽樹も同じように空を見上げた。

「あの星とかすごい光ってる。アンドロメダ?とかかな、あまり詳しくないんだけど」

確かに綺麗に輝いている。


「見えてないけど、本当はたくさんの星が存在していて、一つ一つ輝いてるんだよね」


風香は足を止めて、じっくり星を眺めた。


「一等星だけが星ってわけじゃないよね」


「僕は弱い光でも輝いてる小さな星も好きだよ」


「ふふ、良かった」

風香が嬉しそうに笑った。


「ねぇ、風香ちゃん」


「ん?」と振り返って陽樹を見る。


「この対バンが終わったらさ、俺とデートしてほしい」


風香は理解が追いつかずに目をぱちぱちさせた。


「・・・でーと?」

「そう」


「いやいやいや」と風香は恥ずかしくなって、少し前を歩き出した。

「陽樹くんにはたくさんデートしてくれる女の子いるよ」


「風香ちゃん!」


風香は足を止めた。


「女の子とデートがしたいんじゃない。風香ちゃんとデートしたい」


陽樹の真剣な言葉が背中に刺さる。


「真剣だよ、俺」


風香は振り返るのがやっとで、なんて答えていいかわからない。

「えっと・・・あの・・・」

下を向いたり、頭をかいたりしながら、言葉を探す。


陽樹がプッと吹き出すと、「いいよ、すぐに答えなくて」と言って、風夏の前まで行くと、頭に手を乗せた。


「対バン終わったら、返事聞かせてね」

そう言って、風夏の頭をポンポンとなでた。


翌日、風香は鏡の中に悲惨な顔をした女を見た。

何度も何度も陽樹の「風香ちゃんとデートしたい」「真剣だよ、俺」という言葉が思い出されて、昨日は全く眠れなかった。

おかげで酷い顔をしている。

真海まみに相談したいが今日はあいにく土曜日だ。

わざわざこれを文章にして送るのも恥ずかしくてたまらない。


時計を見ると、まだ5時だ。窓の外を見ると、まだ暗い。

でも眠気もない。

風夏は布団からでると、着替えて散歩に出ることにした。


外に出ると、鳥の鳴き声がして、鳥は早起きだなぁなんてのんきなことを考えながら、近所の公園まで歩いた。

公園にはお年寄りや犬を散歩している人がいる。

こんな早くから活動している人がいるんだと感心していると、向こうから見慣れたジャージで走って来る男の人がいる。


「ん?あれは・・・」


段々近づいてくる。


「洋人?」


「お、風夏じゃねぇか」


「どうしたの?こんな朝早くから」


「俺は毎朝早朝にランニングしてるんだ。体が資本だからな。風夏こそ、どうしたんだよ?こんな朝早くから」


陽樹の「風香ちゃんとデートしたい」「真剣だよ、俺」という言葉が思い出される。

そのせいで寝れないなんて言えるわけがない。


「今日はなんとなく早起きになっただけ」


「ふーん。じゃあ暇なんだな?」

「・・まぁ暇だけど」

「じゃあついてこいよ」

洋人に言われてついていくと、近くの河原に着いた。

少しずつ上がってきた朝日に照らされて水面がきらきらと輝いている。

「ここに寝転ぶと気持ちいんだよな」

川の土手のごろんと洋人は横になった。


「風夏も寝てみろよ」

「・・・わかった」

洋人の横にごろんと寝転んだ。

数センチ横には洋人がいる。


「気持ちいいだろ?」

屈託のない笑顔で風夏を見ている。


心臓が壊れそうなほどバクバクして、秋とは思えないほど熱く感じる。


「いつもここまで走ってきて、一眠りしてから家に帰ってシャワー浴びるのが習慣なんだ」


「そのせいでいつも遅刻してるのね?!」


「まぁな」


しばらくして洋人の寝息が聞こえてきた。


「ほんとに寝たの?」

返事はない。

「仕方ないなぁ~・・・」

風夏も目を閉じた。

思いっきり空気を吸い込むと秋の匂いがした。

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