第11話

「珍しいね、2人して遅れるなんて」


あの後、洋人ひろと風香ふうかも気づいたらぐっすり寝ていて、鼻先に雨が当たって目覚めた。

河原で雨など逃れようもなく、ずぶ濡れになった服を着替えていたら2人とも遅刻してしまったのだ。


「ごめんね、遅れちゃって」

風夏は急いで演奏の準備をする。

対バンまであと少し。みんなの練習にも熱が入っているのがわかる。


「これ見た?」

陽樹はるきに言われて、休憩中にスマホを覗くと、『Autumn ULTRA Fes』と書かれたページに、タイムテーブルが載っている。

午前中のラストにSummer Blueの名前が載っている。


風香が目を丸くしながら、「本当にこのライブに出るんだね」と言うと、洋人は「何ビビってんだよ」と鼻で笑った。


「・・・プロみたいだよね」

拓海たくみも少し頬を赤らめて嬉しそうに言った。

「お金もらってねぇんだからプロとは言えねぇよ」

「・・・そんな言い方」

風香が口を尖らせると、「まぁまぁまぁ」と陽樹はなだめて、「これからはお金を払ってでも呼んでもらえるようなバンドになるために」と再びスマホを差し出した。


「じゃーん」


スマホを見ると、Summer Blue公式Instagramと書かれている。


「拓海に頼んで始めちゃいましたー!」

これまでの写真や夏の大会の時の映像が投稿されている。

「すごいじゃん!」

「でしょ!でしょ!拓海が動画編集頑張ったんだ」

拓海は恥ずかしそうに頭を掻いている。


「僕たちビジュはいいわけだし、これでまずは知ってもらうのが1番かなって」

「陽樹、お前…」

と洋人は陽樹に近づいて肩に手を乗せた。

「…最高じゃねぇか」


「でもさ…この写真は何?」

風香がジャージでキーボードを弾く姿が投稿されている。

イケメンたちに囲まれてもはやピエロにしか見えない。

「風夏ちゃんと言えばジャージ姿かなって」

拓海もコクコク頷いている。

「そうだ、いつもジャージ着てる風夏が悪い」

「ちょっと!」

風夏が怒っても気にすることなく3人はインスタで盛り上がっている。

風夏はため息をつくと、スマホを開いて、いいねをタップした。


「風夏、ジャージはないよ。お嫁に行けなくなるよ?」


真海まみはInstagramをスクロールしてはいいねをタップしている。

「よくそのインスタ見つけたね」

「あれ見れば誰だってねぇ・・」


真海の指した方をみると、教室の後ろの掲示板に“我がクラスのSummer Blueの公式インスタアカウント!みんなでフォローしよう!”と書かれていて、ご丁寧にQRコードも貼られている。

間違いなく、担任の仕業だ。


「まぁそれはそうと、フォロワーも開設3日で300人とはさすがイケメン3人組ね」


「一緒にいるとわからなくなるけど、あの3人ってやっぱりファンが多いんだね」


「当り前じゃない。風夏のことを嫉妬して妬んでる子もいると思うよ~」

からかうように真海はいうと、「そんなわけないよ」という風夏に「ほら」とスマホを差し出してきた。

覗きみると、コメントに“国語追試になったバカのくせに”と書いてある。


「女の嫉妬は醜いよね」


「・・・マズい」


いいねをつけた人の中に見覚えのあるアイコンがあった。



「ただいまー!」


風夏が家に帰ると、弟が仁王立ちで立っている。

キィイイと音を立てて、玄関のドアが閉まった。


「・・・姉ちゃん」


「ハ・・・ハイ」


弟が背を向けて、リビングへ向かっていく。

ついてこいということだろう。


リビングで正座をすると、スッとスマホが差し出された。


「ここに、国語の追試との記載があるけど、確か・・テストは悪くはなかったけど、ぎりぎり合格したとか言ってなかったっけ?」


「・・・言いました」


「で、これは本当なのか?」


「・・・はい」


「姉ちゃん!バンドやっても勉強も頑張るって約束したよな?うちは大学に行こうと思ったら国公立しかダメなんだから勉強しないとダメだって」


「ごめん!いや~、ちょっと油断しちゃったっていうか、なんか寝ちゃったっていうか・・・」

手を合わせて謝るも、弟の怒りのオーラが消えない。

これは説教1時間コースかと諦めかけた時、「まぁいいじゃん」と母の声がした。

缶チューハイを飲んで、ほろ酔いのようだ。


「まだ高2なんだからこれから頑張ればいいし、そもそも大学にいくつもりあるの?」


「母さんは黙っててくれ。今時大学にいかないなんて・・・」


「大学に行かなくても成功してる人もたくさんいるわ。ねぇ、風夏。あなたは大学に行きたいの?」


風夏の肩に優しく手をおいた。

「ねぇ母さんは風夏の夢は何でも応援したいの、だから教えてくれない?風夏のしたいこと」


「・・・母さん」


「こんな母親で頼りないかもしれないけど」


風夏は将来どうしたいのかを話した。

ずっと悩んでいたこと、バンドを通じて気づけた思いや音楽が本当に好きであることなどゆっくり話した。



「・・・俺は反対だ」


「あんたが反対しても親の私が賛成するから関係ないよ。いや、本人がしたいと決めたら誰にも止められやしない」


「私、音楽の道で生きていきたいの。・・・心配してくれるのは本当にありがたいけど、応援してくれたら嬉しい」


「・・・そんな風に言われたら応援するしかねぇじゃねぇか」

そういうと、「あぁ、もう!」と頭をかきながら、弟は自室へ引っ込んでいった。


「あの子のシスコンぶりも本格的ねぇ。姉離れするいい機会かもしれないわ」


「あの子がああなったのは母さんのせいでもあるからね?わかってる?」

「え?そうかなぁ」そう言いながら、嬉しそうに缶酎ハイを飲んだ。





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