第12話


「インスタ伸びてるねぇ。風夏ふうかのジャージ姿のいいねも100超えたね」


真海まみがからかうように言うと、風夏はバッと顔を伏せた。


「本当にやめてよぉ~。これが世の中に出てると思ったら本気でへこむんだから」


「明後日対バンでしょ?私チケット取っちゃった!」


「マジ?ありがと」


「親友の晴れ舞台を見に行かないなんてありえないでしょ?」


「真海・・・」

少し感動している風夏の前にぐいっとスマホを差し出した。


「まぁそれに湊様もでるからねぇ~」

真海のスマホのロック画面は最近推しているアーティストの中津湊なかつみなとだ。

最近ちょこっとテレビも出たりして、人気上昇中だ。

新曲のエスポワールという曲がドラマの主題歌になるとかならないとか・・・


「そういえば、そうだった」

「そういえばって、湊様がトリなんだから~!」


真海は嬉しそうに画面を見つめて、目をハートにしている。


「そんなに湊様~!って言ってて、彼氏に怒られないの?」


「現実と推しは違うもの。あくまでも推しなだけで、男として好きなのは彼氏だけ」


「左様ですか」

風香がふざけて目を細めて見ても、真海は気づく様子もなく、スマホを眺めている。

「湊様のためにも盛り上げてよね」


「・・・善処します」


(もういよいよ明後日か・・・)


教室で洋人は珍しく、友人とも話さず、音楽を聞いている。

おそらく今度の対バンの曲を確認しているのだろう。

真剣な横顔を見ていると気持ちがバレそうで、風香は目を逸らすと窓の外を見た。


スタジオに入ると、3人ともストレッチをしたり、楽器の調整したりと、もうすでに準備を始めていた。


「3人とも早いね。って、洋人ひろとは掃除サボってるのバレてるからね。その分、私が掃除させられたんだから」


風夏が軽く睨むと、「え?忘れてた」とわざとらしくおどける。


「次は忘れないように額に書いてあげるわよ、掃除当番って」


「え?額じゃ見えないだろ?」


「そういう問題じゃないでしょ!もう」


「まぁまぁ」といつものように陽樹はるきがなだめ、練習が始まる。

明日はスタジオが閉まっていることと、洋人の喉を休めるために、各自で練習する予定だ。


そして次集まるのは本番だ。


(次は本番―)

みんなとここまで積み上げてきたものを本番にぶつけたい。

もうあと何回このメンバーで演奏できるかわからないのだから、悔いのないようにしたい。

そんなことを考えていると、いつものように演奏しているはずなのに、少し手が震える。

夏のライブの時と同じだ。


とうとう指が狂って不協和音が鳴り響く。


「風夏ちゃん?珍しいね」

「あーごめん、ごめん」

風夏は何事もないかのように誤魔化して、手を後ろに隠してぐっと握る。

無理やり笑顔を作るけど、ぎこちないのが自分でもわかる。


手が狂って音を外すなんて今までほぼしたことがない。


もし自分のせいで今みたいに演奏が台無しになってしまったら―。


「少し休憩とるぞ。俺、トイレ行きたいし」

洋人がそう言って、スタジオから出ていった。


「風夏ちゃん、大丈夫?」

陽樹が心配そうに座っている風夏をのぞき込む。


「大丈夫だよ!ちょっと疲れが出ちゃったかな」


「・・・最近毎日練習だったから」


拓海たくみも心配してくれているようだ。


「少し休んだら大丈夫だと思う。ちょっとお手洗いに行ってくるね」


努めて明るく言うと、スタジオを出た。


(自分ってなんて弱虫なんだろ・・・)


1人だったら感じない不安やプレッシャーをバンドだと感じる。

でも1人だと得られない喜びや楽しみもある。


風夏はため息をついて、スタジオの入り口で座り込んだ。


「ほい」

上から声がして、顔をあげると風夏の好きなオレンジジュースを差し出した洋人が立っていた。


「・・・ありがと」


「風夏、またいらんこと考えてるだろ?」


「いらんことって」


「もし本番で失敗したらみんなの迷惑なるとか、すごい演奏しなきゃって勝手にプレッシャー感じてるんだろ?」


「・・・悪い?」


はぁと洋人はわざとらしくため息をついた。

「お前、忘れたのか?夏にライブに出た時のこと」


洋人はしゃがんで風夏と同じ目線になると、そっと風夏の手を握った。


「お前がミスしても絶対俺らがカバーする」


冷え切った手が温かくなっていく。


「自分を信じれないなら、俺を信じろ」


洋人は優しい声でそういうと立ち上がり、風夏の頭に手を乗せた。


「俺がとちったらカバーしてくれよな」


そういってポンポンと頭を撫でた。


陽樹の時とは違う―。


「俺、先に戻るからな」

そういってスタジオに洋人が戻っていった。


すぅーっと深呼吸をして立ち上がる。

風夏はガラスに映った自分を見た。

色がわからないはずなのに、頬がピンクに染まっている気がした。


そして、そんな風夏の姿を陽樹は見ていた。


その後の練習では問題なく演奏を行い、本番に向けて気合を入れたところで帰ることになった。

スタジオをでると真っ暗だ。

もう本番なんてドキドキするねといいつつ、歩いていると後ろから「兄さん!」と声がした。


中学生くらいだろうか。

顔の整った男の子が立っている。

(誰かに似ているような・・・?)


「・・・海人かいと

洋人がそうつぶやいた。

よく見ると、海人と呼ばれた男の子は洋人に顔が似ている。


「もしかして弟さん?」

「あぁ、弟だ」


一層寒くなってきた風が、通り抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る