第13話

海人かいとは半泣きで洋人に向かってきた。


「兄さん、僕・・・」


「海人、もうこんな時間だ。父さんと母さんが心配するぞ」

洋人ひろとはそれだけいうと、振り向くことなく歩いていく。


「洋人!」

風夏ふうかが声をかけても振り向くことはなかった。


半泣きの少年を置いておくことも出来ないが、陽樹はるき拓海たくみも帰らないといけないということで、風夏が家まで送ることになった。


「海人、くん?だよね?」


「・・・はい」


「そういえば、洋人の居場所はどうやって知ったの?」


「インスタです。友達に兄さんが載ってるって聞いて」


「あぁ、そっか」


海人は下を向いて、トボトボ歩いている。


「洋人もあんな冷たくしなくてもいいのにね!折角会いに来てくれたのに」

風夏が明るくふざけたように言うと、海人は足を止めてぽろぽろ涙を流し始めた。


「海人くん?大丈夫?」

「僕が悪いんです・・・兄さんが僕を避けるのは。僕が悪いんだあ!」

その後どう声をかけても、涙を流すだけで話にならなかったので、まずは海人を落ち着かせるため、風夏は近くのファミレスに入った。


泣き続ける少年と一緒にいるのは、かなり目立って恥ずかしかったが仕方ない。

風夏がカフェラテを一杯飲み終わる頃には、泣き止んで少し落ち着きを取り戻した。


「ほら、温かい物飲むと落ち着くよ。ココア、ドリンクバーのだけど」

両手でカップを受け取ると「ありがとうございます」と小さく海人は言った。


「・・・兄さんが家を出たのは、父さんや母さん・・・僕のせいなんです」


海人はゆっくり話し始めた。


父親は国家公務員、母親は学校教師という家庭の中で、洋人と海人は育った。

長男の洋人にはかなり期待をかけており、厳しく躾けられていた。

その中でも勉強については特に厳しく、塾に通うだけでなく家でも勉強を常にさせられていた。

娯楽は禁止されており、テレビも両親の寝室にしかない。

友人とアニメや漫画の話もできない、ゲームもできない、当然友人もいなかった。

父は忙しくて家におらず、父と話すことなんて成績が下がった時の説教くらいだった。母は父の言いなりで、物静かな人だった。


成績は優秀だけど、孤独だった。


海人はそれでも洋人がそばにいたし、成績優秀な兄はかっこよく憧れていた。

これが正しいんだと信じて過ごしていた。

でも中学に上がった頃から洋人の雰囲気が変わってきた。

明らかに表情が豊かになり、楽しそうに学校に行くようになった。

その分家に寄り付かなくなり、家に帰るのが遅くなったり、休みの日も気づいたらいなくなっていた。


ある日、夜中に海人は目が覚めてトイレに行こうとすると、洋人の部屋の明かりがついている。

バレないようにそっと扉をあけると、洋人がイヤホンをつけてリズムを取っている。

洋人は明るい笑顔をしている。

海人は洋人のそんな表情を初めてみた。

あぁ、あれが本当の兄なのだと海人は思った。

また静かに扉を閉めると、トイレに向かった。

そこからすぐに父の怒鳴る声が聞こえた。

音楽を聴いているのがバレたようだ。

いつも父に逆らわない洋人も言い返しているようで、二人の喧嘩の声とそれを止める母の声が聞こえた。

喧嘩が止むまで海人はトイレに隠れるしかなかった。


そこからもっと洋人は家に寄り付かなくなった。

かっこいい兄はいなくなり、海人は孤独を感じるようになった。

そして親からの期待も少しずつ海人にかかってきているのを感じ、息苦しい。

こうなったのも、全て洋人のせいだと考えるようになった。

(兄は間違った道を選んでしまったんだ―)


夜中、洋人が帰ってきて、部屋に入る音がした。

海人は洋人の部屋に行くと、洋人は「まだ寝てなかったのか」と言いながら、着替えていた。

「兄さん、どうしちゃったんだよ?」

「何が?」

「最近、兄さんおかしいよ!」

「海人・・・」

まっすぐに洋人がこちらを見ている。

「海人、本当にそう思うか?この家は異常だ。正しいのは父だけで、勉強さえできればいいなんておかしいだろ?」

「そんなこと・・」

「俺は親友に出会って気づいたんだ、この家は異常だって。あいつと遊んだり、話したりする方がよっぽどためになる。音楽も教えてくれたしな」

「音楽?」

「音楽はいいぞ。聞くだけで色んな感情になるし、世界を知れる」

「それで勉強やめたの?」


「俺には音楽の方があってる」


「何言ってんだよ、音楽なんて落ちこぼれのやることだ!」


父が言っていた言葉を海人は言った。

すると、洋人は見たこともない悲しげな表情で、「そうか」といった。


「海人、ごめんな」


最後にそう言って、それから1週間もしないうちに、洋人は家を出ていった。

洋人が家を出てもまるで何事もなかったように父も母も過ごしていた。

母が電話で洋人が親戚の家にいるようなことを言っているのをたまたま聞いたが、それ以降兄の話を聞くことはなかった。

やがて海人も中学3年生になった時、成績という数字でしか自分を見ていない父親にも、父の言いなりの母親にも嫌気がさしてきた。

そして兄にひどい事を言った自分にも嫌気がした。

そんな時にインスタを見て、必死に兄を探し会いに来たということだった。


「そんなことがあったんだね」

「はい・・・。兄さんは間違っていませんでした。僕も・・・友達が欲しいし、兄さんみたいに打ち込めるものがほしいって思って・・・、兄さんに謝りたくて・・・」

また海人は涙ぐんでいる。

「大丈夫。洋人ならわかってくれるよ。それに友達だってこれからたくさんできるよ」

「僕にも兄さんみたいにお姉さんのような友達ができますか・・?」

「できるできる!海人くんが欲しいと思うならね」

やっと海人が少し微笑んだ。


その後、海人を家まで送り届けた。

「明後日ライブがあるの、良ければ遊びにきて。きっと洋人も喜ぶから」

「はい、必ず行きます」

そう言って「ありがとうございます」とぺこっと礼儀正しく海人は頭を下げた。


洋人の人生にも辛いことがあったのだなぁと思っていると、スマホが震えている。

見てみると20件以上も着信がある。

「やば・・・」

もう23時を過ぎている、弟が心配して電話をしてきているのだ。

「家族に感謝しなきゃな」

風夏は家に向かって走り出した。

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