第9話
対バンまであと2週間―。
「追試だよぉおお」
「追試より、弟君の方が怖そうだよね」
風夏の弟は、だらしない母親に代わって母親のような役目をしている。
特に勉強にはうるさい。
まだ中学3年生だというのに、風夏は口で勝てたことはなく、毎日のように勉強しろと言われている。
そんな弟は常に学年トップなので、従うしかない。
「とりあえず、約束通り休み時間は全部追試対策ね」
「お願いします」
風夏が頭を下げていると、「永田さん、ちょっと」と早川先生に声をかけられた。
「永田さん、例の話考えてくれた?」
「はい、すごくいいお話だと思ってます」
「じゃあ・・」
「あの、でもまだ気持ちが固まってなくて」
「そう。時間はまだあるから焦らなくていいわ。そうそう、来週先生が日本に来るのよ。一度会うだけ会ってみない?」
「わかりました」
「じゃあまた連絡するわね」といって早川先生は去っていった。
(決めなきゃいけないのか―)
風夏はもやもやした気持ちを追い払うように背伸びをして、教室へ戻った。
その姿を
学校が終わり、すっかり寒くなった夕暮れの中、スタジオに向かうと、いつもの部屋から聞きなれた音がする。
(このドラムの音―)
風夏が扉を開けると、
「陽樹くん!」
「風夏ちゃん、今日も変わらずかわいいね」
演奏を止めると、そう言ってにこっと陽樹は笑った。
「どうしたの?」
「いやーSummer blueに復帰しようかと思って」
陽樹はサラッとそう言って、カッコよくドラムを叩いた。
「え!本当に?めちゃくちゃ嬉しい」
気づいたら
「おい!」
振り返ると洋人が仁王立ちしている。
「やめるっていったり、復帰するっていったり、そんな好き勝手は許さない」
「ちょっと、洋人!そんな言い方ないでしょ!」
「大体勉強はどうしたんだよ?お前そのために抜けたんだろ?」
陽樹はフッと笑って、前髪を搔き上げた。
「今回は試験で全科目学年トップ。忘れてたけど、僕天才だったんだよね」
「は?」
あまりのカッコつけっぷりに全員目が点になった。
「それに、俺以上のドラマーはいないんだろ?」
陽樹はいたずらっぽく笑った。
洋人の顔がどんどん赤くなる。
「うるせぇ。さっさと練習するぞ、あと2週間しかねぇんだからな」
久しぶりの4人での演奏は、最高だった。
陽樹のドラムも1ヶ月ほどのブランクを感じさせないほど、完璧な演奏だった。
その秘密は拓海が教えてくれた。
「あのね、陽樹くんはずっと家で練習してたんだよ、ドラム。わざわざポータブルドラムまで買って」
やはり陽樹も音楽が好きでやめられなかったらしい。
練習からの帰り道、陽樹は「久々に叩くと疲れる」とわざとらしくいいながら、うーんと背伸びをしていた。
「バンドに戻ってきてくれたのは嬉しいんだけど、本当に大丈夫?」
風夏がそう尋ねると、いつもの優しい笑顔で「心配してくれてありがとう」と陽樹は言った。
「大丈夫だよ。もちろん法律家になるのも大事な夢だけど、バンドから離れてみて、初めてみんなとバンドで演奏している時間も僕にとっては同じくらい大切だってわかったんだ。だから僕はどっちもやるよ、バンドも受験勉強も」
「風夏ちゃんはどう?将来のこと決められそう?」
「私は―」
風夏が何かを言いかけた時、気づくと随分と前を歩いている洋人が「おい、早くこいよ。信号かわるぞ」とこっちに向かって声をかけてきた。
「すぐ行く!」
陽樹と二人で駆け出した。
「ごめんなさい、今日は練習いけませんっと」
風夏はLINEを送ると、スマホの電源を切った。
「永田さん、行きましょうか」
早川に促されて、ホテルの一室へ向かった。
大きな部屋にグランドピアノが置いてある。
「先生、久しぶりです」
早川と先生と呼ばれた西洋人の男性が挨拶のハグをしている。
優しそうな目をした恰幅のいい男の人だ。
「君が、永田風夏さんだね?私はルーカス・アルバルトです」
ルーカスは流暢な日本語で風夏に話しかけた。
「はい、よろしくお願いします」
緊張しながら、風夏はぺこりと頭を下げた。
「早速演奏してもらっていいかな?」
「はい」
ゆっくりとピアノの前に座り、髪を束ねる。
目を閉じてスーっと深呼吸をして、鍵盤に手を置く。
目を開くと、一気に弾き始めた。
「おはよ!」
風夏が眠そうに欠伸をしながら学校に向かって、何も考えずに足を動かしていると真海が後ろからやってきた。
「おはよ~」
「なんか眠そうだね」
「これからのこと考えてたら、昨日寝れなくて」
「昨日は有名な先生に会いに行ったんでしょ?どうだったの?」
風夏は指で〇を作った。
「良かったじゃん!」
「でも、まだなんか迷いがあるっていうか・・・」
「迷いの原因は彼かな?」
珍しく洋人が遅刻せずに登校している。
「松崎はヤンキーだけど、かっこいいからモテててるし・・・しっかり掴んどかないととられちゃうよ?」
洋人の周りに女の子たちが集まっている。
洋人は眠そうにしながら、「おぅ」と返事をしている。
「ねぇ、風夏。ちゃんと気持ちは伝えないと伝わらないよ?」
洋人が風夏がいるのに気づいて「よっ」と手を挙げた。
風夏も手を挙げる。
洋人がふっと微笑んだ。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
全ての時が止まった気がした。
(私、洋人のことが好きだ―)
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