第2話
「うーん・・・」
教室では休み時間なのでみんながワイワイと楽しんでいる。
そのワイワイやっている中心に
(私の前ではクールなくせに)
洋人が女の子達と笑っている。
(あんな笑顔もするんだな)
風夏はため息をついた。
「何?悩める恋する乙女かな?」
「ち、違うよ。これに悩んでんの!」
進路調査用紙を指差すと、あぁ、と真海もわかると頷いた。
「真海は大学進学でしょ?」
「一応その予定。将来、学校の先生になろうかなって思ってるし」
「先生か~、真海面倒見いいもんね」
「風夏は大学に行くって決めているわけではないの?」
「うーん、家計的に大学行くなら国公立大しか無理なんだけど、国公立大に行くにはかなり勉強しなきゃいけないし、そこまで勉強したいことがあるわけでもないからさ」
「そっか。音大は?昔行きたいって言ってたじゃん」
「いや、それはもっと無理。ピアノ習いにいくお金なんてうちにはないし」
風夏はまたため息をついて、白紙の進路調査用紙の中に机にしまった。
風夏は、いつものように学校が終わると、スタジオに向かった。
まだ誰も来ていないようだ。
いつものようにジャージに着替えると、キーボードの前に立って、鍵盤に指を置く。
Summerblueの楽曲の中でも一番大好きな曲を弾く。
軽やかに指が動き、軽快な音楽が流れる。
右手、左手を交互にすごいスピードで動かしていく。
スピード感のある曲調が風夏は大好きだった。
最後の一音まで弾き切ると、ふぅーっと息を吐いた。
「相変わらず、上手いな」
振り返ると、洋人が立っていた。
「・・・そりゃどうも」
洋人はギターを取り出すと、チューニングを始める。
横顔もやっぱりかっこよくて、そりゃもてるよなぁと風夏はあらためて思った。
「ねぇ、洋人は将来音楽でやっていくんだよね?」
「そのつもりだけど」
「・・・不安とかないの?」
風香は気になっていることを質問してみた。
誰だって音楽の世界で食べていけるわけじゃない。
誰もがデビュー出来て、人気が出て・・・ということにはならない。
様々な音楽に携わる仕事があるが、何かしら実績があったり、専門的な学校に行かないと就職するのは厳しいように思える。
風夏自身も様々な選択肢がある中でどうしてもリスクの少ない選択肢を取ろうとすると、自分のやりたいこととは違う気がして選べないという気持ちがあった。
だからこそ、リスクが高い選択肢をためらいなく選ぶ洋人の意見を聞いてみたかったのだ。
「・・・あるよ」
洋人はギターを弾きながら答えた。
「でも俺は不安を持つことを悪いことだとは思ってない」
「悪いことじゃない?」
「不安があるから努力するし、出来る限りそこに力を注ぐだろ?何もかも上手くいくなんて全てを楽観的に考える奴が成功するわけねぇよ。まぁそれに俺は」
少し間をおいて、「音楽が好きだからな」と小さな声で少し恥ずかしそうに洋人は言った。
「そっか」
「お前はピアノが好きなんじゃないのか?」
「・・・うん。大好きだよ」
「じゃあそれを活かせる選択肢を選べばいい」
「活かせる・・・か」
風夏はキーボードに手を置いた。
キーボードを弾くのも好きだがが、ピアノを弾くのはもっと好きだ。
少し重い鍵盤、ペダルの強弱で音の響きが変わる瞬間、どれも風夏をドキドキさせる。
でも今はそれ以上に―。
「ねぇ、洋人―」
風夏が言おうとした瞬間に、
「ちは~」
「拓海君、どうしたの!?」
風夏は思わず、拓海に声をかけた。
拓海の髪形が変わっている。
いつも伸ばしっぱなしで、前髪も長くて目元がほとんど見えてなかったのに、ばっさり切ってくりっとした瞳が見えている。
以前に家に行った時に、拓海の顔が可愛らしい顔のイケメンであることは知っていたのだが、やはり髪形を整えると、可愛らしい顔立ちがよくわかる。
拓海は恥ずかしそうに萌え袖で顔を隠している。
「イメチェンなんてどうしたの?」
「・・・学校の先生に、保育士なら子供に顔を見せるようにしなきゃいけないから、今から人に見られる練習した方がいいってアドバイスされて・・・」
拓海は極度の人見知りなので、人と目が合うことを苦手としている。
なので、前髪で目を隠すことで落ち着いていたのだが、この極度の人見知りを直していくには今から練習していた方がいいのかもしれない。
「かっこいいから隠さない方がいいよ」
素直に風夏がそういうと、消えいるような声で「ありがとう」と拓海はいった。
「じゃあ揃ったところでなんだが、来週末におっちゃんのライブハウスで出演するバンドからキャンセルが出たらしいから、穴埋めにライブ出演することになった」
洋人がいうおっちゃんとは、洋人の親戚でこの音楽スタジオとライブハウスを経営している。音楽スタジオも空いていれば、無料で貸してくれたり、ライブで演者が足りなかったりすると呼んでくれたりとかなり洋人に協力してくれている。
昔、おじさんもバンドマンだったらしく、洋人をかなり応援してくれているらしい。
「来週末か・・・何時から?」
陽樹は少し困った顔をしている。
「19時」
「ならギリ間に合うな。実はその日模試があるんだよ。終わったらダッシュで向かうわ」
「・・・おう」
陽樹は法律家を目指していると言っていたから、もう今から受験に向けて努力し始めているのだ。
この時初めて風夏は思った。
仲良くて、楽しくて、ここに来るのが当たり前になっていた。
(いつかこのメンバーで演奏できなくなるんだ)
その日を思い浮かべると、風夏は暗い気持ちになった。
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