ライラック
月丘翠
大人になんてなりたくない
第1話
「おはよー」「おはよー」
たくさん高校生たちが学校に向けて歩いている。
あの夏の全国バンドが終わり、夏休みも終わって、私たちは前と変わらない、穏やかな日常を取り戻しつつあった。
まだまだ夏の残暑で暑い日が多いが、確実に秋が近づいている。
空を見上げると、少し空が高くなってきている。
歩く度に肩の下まで伸びた緩くかかったパーマが揺れる。
赤信号に引っかかると、
「おはよ」
振り返ると
「おはよ」
「風夏、今日、英語のテストあるらしいよ。知ってた?」
「げ!マジ?」
「マジマジ~」
1つ学年上の真海の彼氏とはバイバイして、2人で教室に入る。
教室広報の掲示板には、大きく「summerblue 準優勝」と書かれたネット記事の印刷が貼られている。
担任がうちのクラスから準優勝者が出たんだぞ!と張り切って印刷して貼ったのだ。
当然、優勝を狙っていた洋人はこんなもの飾るなと怒っていたが、恥ずかしがらなくていいんだと担任が強引に貼ってしまった。
私たちの演奏もかなり上手くいき、視聴者票では互角に争っていたが、最後の審査員票で負けてしまった。
あの時、
「じゃあHR始めるぞー!」
担任の掛け声で各自自分の席に座る。
風夏は、窓の外を眺めていた。
すると、のんびりと洋人が校門を抜けて、校庭を歩いている。
少し見上げて、風夏に気づいたのか、こっちをみずに手だけ挙げると、校舎に入っていった。
風夏の頬がほんのり熱くなった。
「こらー、永田、先生はこっちだー!」
担任に注意されて慌てて前を向くと、黒板に進路希望調査用紙と書かれている。
「来年は高3だ。いよいよ本格的に大学受験に向けて動かなきゃいけない。なので、まずは現状としてどこを考えているか書いて提出してもらう」
前から回ってきたプリントには進路希望調査用紙と書いてあり、志望校の学部学科をかけるところや、就職希望などに印がつけられるようになっている。
そういう時期なのかと風夏はため息をついた。
ガラっと扉が開いて、洋人がやってくる。
「おい、松崎。また遅刻か」
「すいませーん」
そう言いながら、バンと机に荷物を置くと椅子に座って、カバンに突っ伏した。
「全く、お前は何しに来たんだ?まぁ午前中に来ただけマシか・・・」
担任はあきれ顔でまたHRに戻った。
風夏は前と変わらない日常を取り戻したが、一つ変わったことがある。
それは、毎日放課後に行くのが音楽室ではなく、練習スタジオになったことだ。
「風夏ちゃん、お疲れ」
相変わらずのキラースマイルだ。
「・・・おつかれ」
小さな声が聞こえて振り返ると、
「陽樹くん、拓海くん、お疲れ様」
そういうと風夏は、キーボードの前に立った。
Summerblueの一員となってからは放課後毎日集まっては演奏し、あぁでもない、こうでもないと話して曲を作ったり、ライブに向けて練習を行っている。
それぞれ好きに楽器を触っていると、バタンと扉が開いて、洋人がやってきた。
性格はいいとは言えないが、綺麗な顔立ちに身長180㎝を超えるスタイルの良さ、街行く人が見てくるほどかっこいい。
「お前、またジャージに戻ったのかよ」
「制服だと弾きにくいんだからいいでしょ!」
風夏は2-3と書かれた学校のジャージがお気に入りだ。
制服だと肩回りが動かしづらいからあまり好きではないのだ。
「ジャージは風夏ちゃんのトレードマークだもんね」
陽樹がそういうと、拓海も首をこくこくと縦に振った。
みんなで演奏している時は何もかもを忘れられる。
昔は一人で弾いているだけで満足だったのに、今はこの4人で弾かないと物足りなさを感じるくらいだ。
いつものように練習をして、終わって外に出ると、外は真っ暗だ。
街にほんのり暖かい風が吹いている。
「そういえば、進路希望調査用紙配られたんだよね」
風夏がそういうと、洋人は「?」という顔をしている。
「今朝配られたでしょ?来週提出って言われたじゃない」
「そうだっけ?」と全く洋人は気にしている様子はない。
「そういや、俺の学校でも配られたよ。もう高2の秋だもんなぁ。拓海ももらった?」
拓海もこくっと頷いた。
「みんなはどうするの?」
「俺は、大学に進学かな。将来、法律に関わる仕事したいなって思ってるし」
陽樹がそういうと、拓海は「・・・僕は専門学校。看護の専門学校にいく」と小さく答えた。
「拓海くんは優しいし、気遣いがすごくできるから向いてると思う!」
そういうと拓海は恥ずかしそうにうつむいた。
「二人ともやりたいこと決まってるんだね」
「洋人は?」
「俺は、音楽一本で行く」
「大学とか専門学校とか行かないの?」
「行かねぇ」
そう言って、洋人は、今からバイトだからと走っていった。
「みんなやりたいこと決まってるんだね」
「風夏ちゃんは決まってないの?」
「うん・・・。昔は音大とか思ってたけど、今更レベル的に厳しいし、好きな音楽を楽しみたい思うと音大ってのは違うかなって気もして。何がしたいかってなかなか決められないや」
「まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えたらいいと思うよ」
そう言って陽樹は優しく微笑んだ。
“私はどうしたらいいんだろう”
空を見上げても、今日は曇っているのか星の一つも見えない。
「大人になるの嫌だなぁ・・・」
風夏は小さくつぶやいた。
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