クルト領への視察3

翌日から私達はクルト領の視察を始め、数日かけて視察予定の場所を回り終えた。


そして最終日には視察を終わらせ、皆で街に出かけることになった。


街を歩けば、噂の声は嫌でも耳に入る。



「見て、リアーナ様よ!とても心優しい聖女様らしいじゃない」


「ティアナ様とリアーナ様は美しい姉妹だな」


「ロイド殿下とティアナ様もとてもお似合いだ」



街の人たちが私達の噂を次々に口にする。


リアーナは不安そうな顔でロイド様に近寄る。


「ロイド様。私、怖いですわ。街の方々がまた私を『無能の聖女』と呼ぶのではないかと・・・」


「リアーナ嬢、安心したらいい。リアーナ嬢のことをもう誤解するものはいないだろう」


「でも私、まだ怖いですわ・・・」


リアーナが肩を震わせながら、ロイド様にさらに近づく。


ロイド様は、そんなリアーナを少しだけ遠ざけた。


そんなロイド様の行動にリアーナは気づいたようだった。


ぱっとロイド様から離れ、距離感をわきまえていることを示す。


「申し訳ありません、ロイド様。私、怖くてつい近づきすぎてしまいましたわ」


リアーナはそう述べてロイド様からさらに離れ、街の屋台を見始めた。


そんなリアーナと目が合う。


リアーナは私に微笑みかける。


「お姉様!私、お姉様とお揃いのペンダントが欲しいですわ!」


リアーナが私に近づき、私と腕を組む。


そして、そっと私に耳打ちした。


「ロイド様は誠実だから、中々気を許してはくれないの。だから、お姉様。協力して下さる?」


「リアーナ・・・?」


その瞬間、リアーナが私の前でつまずき転んだ。


「いたた・・・」


「リアーナ、大丈夫!?」


「大丈夫ですわ、私がお姉様に急に近づきすぎたのがいけないんです。だから、お姉様が驚いて・・・」


私はリアーナを転ばせてなどいない。


その瞬間、リアーナの思惑が分かった。


「ロイド様、少し休憩したいので付き添って下さいますか?」


「ああ、無理しないでくれ」


ロイド様はリアーナを連れ、少し離れた馬車へ連れて行く。


「リアーナ嬢は策士だね」


ヴィーク様が私に話しかけながら、近くのベンチに座る。


「ロイド殿下がティアナ嬢の不手際でリアーナ嬢を怪我させたのなら、婚約者として放って置けないことをよく分かっている。そして、ロイド殿下が警戒すればすぐに距離感をわきまえていることを示す」


「リアーナはただロイド様を愛しているだけですわ。恋にはずるさも必要と仰ったのはヴィーク様でしょう?」


「はは、ティアナ嬢はリアーナ嬢が好きなようだ」


「当たり前ですわ。どんなリアーナも大切な妹です。それに、リアーナが本当は優しい子なのは私が一番分かっていますわ」


「確かにリアーナ嬢は悪女にはなれないだろうね。悪女にしては、やることがかわいすぎる」


「当然でしょう?リアーナは悪女なんかではありませんもの」


「そうだね。ただリアーナ嬢をあのまま放っておけば、ロイド殿下を取られてしまうかもしれないよ?」



ヴィーク様は視線をこちらに向けた。



「・・・ああ、もしかして婚約破棄されるのは、ロイド殿下がリアーナ嬢と結ばれるからか?」


「っ!」


「当たりの様だね」


ヴィーク様が私を隣に座らせ、顎に手を当てる。


「なるほど・・・」


そして、ヴィーク様は何かを考え込んでいる様子だった。


「どうされたのですか?」


「いや、私にはロイド殿下がティアナ嬢と婚約破棄する理由が分からなくてね」


「それは・・・」


「リアーナ嬢を愛したからだと言いたいんだろう?しかし、私から見ればロイド殿下の心はティアナ嬢に向いている様に見える」


「・・・ロイド様とリアーナは結ばれますわ」




「それは、君がタイムリープしているから言えることなのか?」




ヒュッ、と自分の喉が鳴ったのが聞こえた。


自分の肩が震えているのを感じる。


私は震えが止まらないまま、ヴィーク様に目を向ける。


私の状況に気づいたヴィーク様が、私の背中を優しく撫でる。


「すまない、怖がらせてしまったね。ティアナ嬢、私の能力について聞いてくれないか?」


そうヴィーク様は仰ると、ヴィーク様の本当の能力を教えて下さった。



「ティアナ嬢。私には、目の前のロイド殿下はティアナ嬢を愛しているようにしか見えないんだ。とても婚約破棄をしようとしているようには見えない。それで、一つ聞きたいことがある・・・・・前回の人生で、ロイド殿下がティアナ嬢に冷たくなったのはいつからだ?」



「それは・・・」


その時、私は気づいてしまった。


過去五回の人生で、誤差はあれどロイド様は私の入学式の前後で私への態度が変わり、冷たくなっていく。




つまり、今回はあまりにも「遅すぎる」。




どういうこと?


今までどれだけ頑張っても変わらなかったというのに、今回の人生で何が変わったというの?


もっと言えば、ロイド殿下が私に冷たくなる予兆を「一切感じない」。


すっと身体が冷えていくのを感じる。


いいえ、きっとこれからロイド様は私に冷たくなり、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡すはずよ。



そう言い聞かせようとして、私は止めた。



本当は分かっていた。


ロイド様に何か秘密があることは。


しかし、今回も婚約破棄されるのだからと見ないふりをしていた。


「ティアナ嬢、あの夜、私が述べた言葉を覚えているか?」


「え・・・?」


「『君は苦しい思いなど忘れて、ただ私に愛されていればいい』と述べたんだ。君がロイド殿下と向き合うなら、苦しむことになるかもしれない。それでも良いのか?」



「私は、臆病だから本当は向き合いたくないのかもしれません。しかし、もう逃げたくない」



私はヴィーク様に向き直り、姿勢を正す。



「ヴィーク様、あの夜ヴィーク様は私の告白の返事をまだ聞かないと仰りましたわ。しかし、もう決めましたの」


「・・・私はヴィーク様と婚約はしませんわ。もう一度、リアーナにもロイド様にも向き合いたい」



「じゃあ、返事はその後にしたら駄目なのか?もう私にチャンスはくれないと?」


ヴィーク様が私の手に触れようとするのを、そっと振り払った。



「私は、そんなに器用な人間じゃありませんわ。ロイド様に向き合おうとしている時に、他の男性を引き留めるなんてことは出来ません」



そう述べると、ヴィーク様は微笑んだ。


「そう。それでこそティアナ嬢らしいね」


遠くからロイド様とリアーナが怪我の手当を終えて、歩いてくるのが見える。



ロイド様、リアーナ、もう一度私に向き合うチャンスをくれませんか?



夕日で辺りがオレンジ色に照らされ、クルト領への視察は終わりを迎えようとしていた。

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