8歳の私、7歳の妹

「・・・様、ティアナお嬢様」


「・・・ん?」


カーテンから差し込む朝日と聞き寝れた声で私は目を開けた。


ベッドの横では、私の世話係のネルラが私を起こしていた。



10歳ほど若返った顔で。



「ネルラ、今の日付を教えてくれるかしら?」


「お嬢様、何故急にそのような質問を?」


「いいから」



「帝歴988年3月14日です」



婚約破棄された学園の卒業パーティは、帝歴998年3月14日。


丁度10年巻き戻ったということか。


コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。


「ティアナお嬢様、朝食の準備が出来ました」


執事長が、私にそう知らせてくれる。


「お父様は今日はいらっしゃるの?」


「いえ、ティアナお嬢様が起床される前にお仕事に出掛けられました」


お母様は妹を産んで後から体調を崩し、しばらくして亡くなった。



そして、お父様は私達姉妹に興味を持っていない。



代々フィオール家は時をつかさどる能力を授かり、繁栄してきた。


そして、貴重な能力を持つ者の与えられる「聖女」と呼ばれる地位を独占し、権力を拡大してきた。


しかしお父様は権力にしか興味が無く、能力の強い人間を贔屓ひいきしてきた。


私を唯一愛して下さったお母様は3歳の誕生日を迎えた私にこう伝えた。


「ティアナ、貴方の世界の時を戻す能力は、先代の聖女様がお持ちになった能力なの。そしてその能力は危険視され、能力を沈めるかせを付けられて、聖女様は生涯幽閉されたわ。どうか、その能力のことは誰にも言わないで頂戴。お父様にも、リアーナにも。ティアナ自身の幸せを掴んでくれることをずっと願っているわ」


その後、お母様が亡くなり私の能力を知る者は居なくなった。


権力にしか興味の無いお父様の愛は、「モノの時間を戻せる」能力を持つ妹リアーナが一身に受けるはずだった。



では、何故お父様はリアーナにも興味を持たれなかったのか。



理由は簡単である。


リアーナの力も弱かった。


「モノの時間を戻せる」と言っても、戻せるのはわずか数時間だった。


しかし、「モノの時間を戻せる」という貴重の能力によりリアーナは「聖女」と呼ばれた。


ただし「無能の聖女」と。


能力を隠し、能力のない私と「無能の聖女」リアーナ。


二人は仲良く力を合わせて生活していた。



私が第一王子であるロイド様の婚約者に選ばれるまでは。



私達姉妹は唯一の親であるお父様の愛に飢えていた。


そして、お父様は権力にしか興味が無い・・・つまり、第一王子であるロイド様の婚約者に選ばれた私をお父様は急に溺愛し始めた。


「無能の聖女」で有名なリアーナより、無能でもフィオール家の長女である私を婚約者に選んだ王家の判断は、私達姉妹の仲を壊し始めた。


リアーナはロイド様に愛されれば、お父様の愛も全て手に入れられると思ったのだろう。


リアーナは、ロイド様に近づき、愛を求めた。


可愛らしく、愛嬌のあるリアーナ。


ロイド様を愛していても、甘えることすら出来ない私。


ロイド様は卒業パーティで私に婚約破棄を言い渡し、リアーナと新たに婚約を発表した。


そして、愚かな私は自分の能力を使い、私利私欲のために時を戻した。


母が生きていた頃に、私に仰った言葉を今なら思い出せる。



「ティアナ、貴方の能力を使わないで欲しいの。だってもう戻れないと思うから、人は頑張れるし美しいんでしょう?」



今思えば、能力を使った自分は愚かだったのだと心底思う。


罰が下ったのか私には、もう力は残っていない。


最後の人生、悔いの残らないように生きたい。



「ティアナ様?」


ネルラが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「ああ、ごめんなさい。少し、考え事をしていたの。急いで準備して、朝食を食べに行くわ」


「・・・・ティアナ様」


「何かしら?」


「少し大人っぽくなられましたか?」


「あ・・・」


私は、今現在8歳。


実際は年齢が違うのだから大人びているのは当たり前だが、怪しまれては困る。


「あら、そろそろ私も淑女らしくなろうと思っただけよ?」


そう述べて、私はわざと子供っぽく胸を張って見せた。


「ふふっ、ティアナ様はまだ8歳ですよ。急がなくてもこれから先、立派な淑女になられるに決まっていますわ」


ネルラは私の着替えの準備をしながら、微笑んだ。


着替えを済ませた私は、リアーナが待つダイニングに向かった。


ダイニングに向かうとリアーナが私に駆け寄ってくる。


「ティアナお姉様、お早う御座います」


リアーナが私に礼をしてから、ニコッと可愛らしく微笑んだ。


14歳の時にロイド様の婚約者に選ばれたので、前の人生ではもうすでにリアーナと私は仲は壊れ始めていた。


リアーナに笑顔で挨拶をされるなどいつぶりだろう。


「お早う、リアーナ」


私は嬉しくて溢れそうになる涙を堪えながら、リアーナに笑顔で挨拶を返した。


姉妹で向き合って、食卓に座る。


二人で笑顔で会話をしながら、食事を取るのは久しぶりだった。


「お姉様、週末に一緒に街に出掛けませんか?最近新しいカフェが出来たそうで、私、お姉様と一緒に行ってみたいですわ!・・・あ、でも・・・」


リアーナが悲しそうに俯く。


「リアーナ?」


「私は「無能の聖女」ですから、街に行かない方がいいかもしれませんわ・・・」


リアーナは私の一歳年下で現在はまだ7歳である。


そんな幼い頃から「無能の聖女」と呼ばれ、陰口を言われる。


私も能力がないことになっていたとはいえ、「聖女」でありながら無能と呼ばれる妹ほど注目はされていなかった。


リアーナはどれほどの苦しみを抱えているのだろう。


前の人生でも、リアーナの苦しみにもっと私が寄り添ってあげれば良かったと今なら分かる。


14歳でロイド様の婚約者に選ばれ、お父様の愛を受け取り始める私をリアーナが妬ましく思ったのもおかしくないことだ。


「リアーナ、聞いて頂戴」


「お姉様?」



「私はリアーナが大好きだわ。どんなリアーナでもよ・・・週末、一緒に街に出掛けましょう。私もお洒落をして、リアーナと一緒に楽しみたいわ」



愛想が無かった前回までの人生の私は、リアーナに愛情をちゃんと伝えることも出来なかった。


最後の人生である今回は自分に素直に生きたい。


「お姉様・・・」


リアーナが目に涙を溜めながら、私の目を見つめる。


「私もお姉様が大好きですわ!」


リアーナが席を立ち、私に抱きついてくれる。


「こら、リアーナ。お行儀が悪いわよ」


そう言いながらも、私はリアーナを抱きしめ返した。


リアーナ、どうか一緒に幸せになりましょう?


そのためには、今回の人生ではロイド様に近づかないようにしないと。


そう決意した私は、リアーナをもう一度ぎゅっと抱きしめた。



まさか、あんなに早く私達姉妹がロイド様に会うことになるなんて思いもせずに。

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