第11話 カバンとインベントリ

 折り曲げたフェンスを元の形に戻し、わたくしたちは4階に向かいました。非常階段の扉を開けて内廊下へと入りますと、いつもは静かなカーペットの敷かれた廊下に、どこからかドアを叩く音が響いています。


「お隣さんかな?」


「そのようです……。面識はありませんが、ご近所のよしみです。少々お待ちください」


 それからわたくしたちは、4階の2件のご近所さんを神の御許へと送りました。上下のフロアからは、今のところ音が聞こえてきませんからそのままでよいでしょう。


「お待たせしました。何もない家ですが、ゆっくりしていってください」


「お邪魔させてもらうね!」


 扉を開けると殺風景な玄関が広がります。今履いているものと同じローファーが4足並び、傘が1つだけ掛けられています。


「本当に何もないね……」


「お恥ずかしい限りです」


 リビングに行きましても、テーブルと椅子が2つあるだけです。3LDKなのですが、1部屋しか使っていません。定期的に家事をしに来てくださる方が居たので、使っていない部屋も汚れてはいませんが、扉を開けても何もないフローリングの部屋があるだけです。


「流石に物がなさすぎだね。ゼンってやつかい?」


「欲しいものがあまりないだけですよ」


 寝室に入りましても、大きなベッドが1つと、クローゼットの中に服が少しあるだけです。わたくし、欲しいものがあまり思い浮かばないんですよね。もちろん蛍丸をもらった時は嬉しかったですよ。


 服も私服と下着が最低限あるだけで、あとは今着ているセーラー服が10着ほどクローゼットにあるぶら下がっています。


「な、なんだかホテルみたいだね!」


「ホテルに失礼だと思います」


 ノーナ様の精一杯のフォローを受けながら、セーラー服をインベントリに詰め込みました。スタックしてくれましたので、10着全部入ってくれたのはありがたいですね。


「これって鞄に詰めてから入れたらどうなるんでしょう?」


「アー……確かにそれは試してなかったね。バッグはあるのかい?」


「クローゼットにありますから、少し試してみますね」


 クローゼットにあった革のボストンバッグに、下着をすべて詰め込んでからインベントリに入れてみます。


「無事に入りました。これはかなり嬉しいですね」


「オーマイガッシュ! ワインを1本ずつ詰めた私の努力は一体何だったんだい!? 置き去りにしてしまったワインさんたちを助けに行かないと!!」


「鞄はまだありますから、あとで詰め直しましょう。ワインさんたちにはきっとまた会えますから落ち着いてください」


「そんなぁ、ホマレぇ……」


 崩れ落ちるノーナ様をリビングに連れ戻すと、床に座り込んだまま、絞り出すようにノーナ様はつぶやきました。


「シャワーを浴びたいよ……」


 わたくしもその気持ちは痛いほどわかります。まだ水が出るなら水浴びならできるかもしれません。


「ずるい、ずるいよ……。ホマレは汗もかいていないし、体臭も全然しないのに……」


「わたくしはノーナ様の体臭は気になりませんよ」 


「私が気にするんだよ!」


 師匠と世界を周っていたときは、もっとひどい状態なことが多かったですからね。すっかり慣れてしまいました。そういえば師匠は生きているのでしょうか? 殺しても死なないような人でしたけど……。


 浴室に行って蛇口を回してみましたが、残念ながら水が出ることはありませんでした。もちろんお湯もです。わたくしの住むマンションの貯水タンクは、残念ながら電気で動くタイプのものだったのでしょう。


「残念ながら水は出ないようです」


「ノォー!!!」


 後ろに着いて来ていたノーナ様が、脱衣所にて再び崩れ落ちました。


「ノーナ様、ごめんなさい」


「いや、こっちこそごめんね、ホマレは悪くないのに……。そうだ! ペットボトルの水でもいいからさ! まだいっぱいあるだろう?」


「ありますけど、どうやって浴びるのですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る