第10話 自宅へ

 わたくしたちは真っ暗な地下駐車場を、小さなスクーターに2人乗りして進みます。スクーターの進行方向だけがライトに照らされ、まるでお化け屋敷です。入ったことはありませんが。


 少し進むと、エンジンの音に釣られてゾンビが寄って来てしまいました。


「ザッツライト! そりゃ来ちゃうか」


「少しスピードを落として頂けますか?」


「落とすと言うか、止まるよ?」


「そのままで結構ですよ。いってきますね」


 わたくしは後部座席の上に立ち上がると跳躍し、ゾンビの前に降り立ちます。蛍丸を素早く振るい、神の御許へ帰らせて差し上げると、再び跳躍し、バイクの後部座席へと戻りました。


 そしてゆっくりとバランスを崩さないように、再びシートに腰掛けました。


「ワーオ! スーパーヒーローみたい!」


「ヒロインですよ」


「アハハ! そうだったね! 私がホマレに言うと『シャカに説法』かもしれないけど、怪我しないでね」


「ありがとうございます。避けられるようなら避けて進んでくださってもいいですからね」


 再びスクーターは加速します。


 そのままビルの裏手にあるスロープから地上に出ますと、辺りを大量のゾンビがうろついておりました。


「……どうする?」


「面倒ですし、もう日が暮れます。そこの高速道路の下の道を左に曲がって、西に向かって頂けますか?」


「了解だよ!」



◇────────────────◇



 ゾンビ、乗り捨てられた車両、壊された車、ゾンビ、遺体、ガラス片、ゾンビなどを乗り越えて、わたくしたちは目黒区に到着致しました。川沿いの閑静な住宅地を超えると、大通り沿いに建つ大きくて高いマンションが見えました。


 困ったことに日が落ちるとスクーターのヘッドライトに反応して、ゾンビがこちらに向かって来てしまいます。


「最近のバイクはライトをオフにできないんだよね……。ガムテープでも貼ろうかな? でも熱がこもって壊れちゃいそうだな……」


「ここからはスクーターをインベントリに収納して歩きましょう。あそこに見えるマンションが、わたくしの自宅ですから」


「あの黒くて綺麗なマンションかい? 流石受楽院のご令嬢はいいところに住んでるね……」


「別にわたくしが買ったわけではありませんけどね」


 マンションに近付くと、ガラス張りだったロビーのガラスが、すべて割られているのが目に入りました。そのロビーの中をゾンビが徘徊しています。


「オゥ……大丈夫そう?」


「わたくしの家は4階ですから、別に気にしませんよ。少しお片付けしてから上がりましょう」


 周囲とロビーに居たゾンビを神の御許へ帰らせ、わたくしたちは非常階段へと向かいました。エレベーターも止まっていますし、階段で昇るしかありません。


 非常階段は駐車場のあるマンションの裏側にあり、階段の周囲を金属でできた金網のフェンスに囲まれていました。非常階段の1階部分にある扉を壊してしまうと、そこからゾンビが入って来てしまうかもしれません。


「ゾンビが入って来れないように、2階のところに穴を開けましょう。できるだけ狭くしますね」


「私は昇れるかな?」


「抱っこしてあげますから大丈夫ですよ」


「……自力で頑張ってみるよ」


 わたくしは飛び上がり、非常階段の金網部分をコの字型に斬り裂きます。そしてスキル「空翔そらがけ」を使って、その場で1歩だけ右足を踏み込みますと、改めて勢いをつけて、金網に蹴りを叩き込みます。金網は内側に押し曲げられ、わたくしは無事に非常階段の踊り場に着地しました。


「本当に2段ジャンプする人初めて見たよ! すごいね!」


「ありがとうございます。ノーナ様も登れそうですか?」


「や、やってみるね?」


 1階からわたくしを見上げていたノーナ様は、一つ深呼吸をすると、金網に手をかけ、よじ登ろうとします。その時に何か違和感を覚えたのか、ノーナ様は途中で登るのをやめててしまいました。


「無理そうですか?」


「いや、大丈夫。ちょっと下がっててくれる?」


 わたくしはノーナ様の言葉通りに、踊り場から3階へ向かう階段へ移動します。するとノーナ様は助走をつけて、走り高跳びのように踊り場へ跳躍しました。


「やっぱり身体能力がとても上がっているね! レベルアップ様様だよ」


「ノーナ様、お見事です」


 一息に踊り場に昇ったノーナ様に、わたくしは思わずパチパチと拍手をしてしまいました。ざっと見て1階の床から踊り場までは3メートルほどありますので、走り高跳びでしたら世界新記録のはずです。確か世界記録は2メートル少々だったはずですから。


「そうだろう、そうだろう!」


 満面の笑みを浮かべるノーナ様。そしてスッと両手をわたくしの前に突き出して参りました。


「……」


「……?」


「ハイタッチだよ! 手を上げて!」


 言われるがまま、同じように手を上げると、ノーナ様はわたくしの両手を叩きます。


「イェーイ!」


「いえーい……」


 じ、人生初ハイタッチを奪われてしまいました……。

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