第8話 降りる

 ノーナ様が起きてくるまでの間、屋上に行って辺りを観察してみましたが、本当に人類が存在しているのか信じられないほどの静けさでした。


 まず動いている車は見当たりませんでしたし、やはりサイレンなどの音は聞こえてきません。そして見えるのはゾンビたちが道を徘徊している姿だけでした。


 そして下を観察していてわかったことがあるのですが、ゾンビたちの中でも動きの早さに違いがありました。と言いましても、たまに早歩きくらいの速度で移動しているゾンビが居るのです。ゾンビの中にも個体差があるのでしょうか?


 わたくしが部屋に戻ると、ノーナ様が頭を押さえてベッドの上でうんうんと唸っておりました。


「ノーナ様、大丈夫ですか?」


「み、水……」


 インベントリから取り出したペットボトルのミネラルウォーターを渡すと、ノーナ様は上半身裸のまま水をゴクゴクと飲んでいます。胸が上下するたびに胸がぽよぽよと動いていて、なんだか目が吸い寄せられるようです。恐ろしいです。


「外に人の気配はありませんでした」


「そう、ありがとう……移動しないとね……。でもちょっとだけ待ってね……痛み止めあったかな……」


「おはようございます。ノーナ様、いくら人が居ないと言いましても服は着た方がよろしいかと。お風邪を召しますよ」


「おはよう。すぐに準備するから朝食にしよう」


 朝食としてカロリーバーを食べてしばらく経つと、鎮痛薬が効いてきたのかノーナ様は元気になってまいりました。


「待たせたね。では行こうか」


 入るだけの物資をインベントリに入れ、非常用持ち出し袋のリュックを背負ったわたくしたちは御爺様の仮眠室を出ました。これから移動手段を探して、移動経路の確認を行わなければなりません。


 ちなみにわたくしはいつも通り制服姿です。ノーナ様はフライトジャケットと言いますのでしょうか? ジャンパーにジーンズ編み上げブーツと、どこか兵士のような姿で、長い金の髪を後ろにポニーテールにしています。


「現在71階なのですけれど、どうします? 1階ずつ降りて行きます? それともわたくしと飛び降りますか?」


「わ、私は飛ぶのは好きだけど、落ちるのは好きじゃないんだ。歩いて降りようよ! ね? ね?」


 というわけで、わたくしたちは非常階段で降りて行くことに致しました。残念ながら電気が止まっていますので、エレベーターは使えません。鍵のかかった扉があれば、それを斬り開きながらわたくしたちは進んで行きました。


 念のため軽く1フロアずつ、生存者が居るか確認していったのですが、残念なことに生存者と出会うことはありませんでした。


「また犠牲者が……」


 しかし時折、人間のご遺体に出会うことがありました。その方たちは見るも無惨な姿でした。わたくしたちにはもうどうすることもできません。


「この犠牲者たちはどうして消えないんだろう?」


「それを仰るなら、どうしてゾンビの方は斃されると消えるのだろうか? ではありませんか? それにゾンビの方も犠牲者ですよ」


「それはそうかもしれないけど……」


 各フロアに残された防災用品をインベントリに回収しながら、わたくしたちは降り続けます。途中で出会ったゾンビはノーナ様が神の御許へ帰らせ、わたくしは周囲の警戒と物資のある部屋を探索することに集中しました。なんでもノーナ様はレベル上げがしたいようです。


 わたくしたちが1階に降りるまでの間に、合計で22人の遺体を弔いました。これはわたくしの予想なのですが、この方たちがゾンビを斃すことができれば、トリスカリオンの神……でしたっけ? の加護が得られ、レベルとスキルが得られるのではないでしょうか?


 このビルに何人の方が居たのかは正確にはわかりませんが、確か聞いたところによると2000人くらいだった気がします。そうしますと生き残った人の割合は大体1%です。


 そしてその中でわたくししか残っていないのですから、生存率は0.0005%になってしまいます。ああ、ノーナ様はビル外扱いで計算していますよ。そして日本の人口にかけますと、6万人。わたくしの適当な計算なんてあてにならないかもしれませんが、人類はもうお終いなのかもしれません。

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