第12話 水

「それでどうしてこうなるのですか?」


「だって! 一人じゃできないし!」


 なぜか浴室には、いわゆる全裸のわたくしと、全裸のノーナ様が立っておりました。わたくしは両手に2リットルのペットボトルを持ち、そのペットボトルのフタにはきりでいくつもの穴が開けられています。


 ノーナ様もわたくしと同じく、あまり恥ずかしがらないような性質たちの方のようで、惜しげもなくその体を晒しています。感想と致しましては、「大迫力」とだけ申し上げておきますね。


「いきますよ。いいですか?」


「カモン、ホマレ!」


 身を屈めるようにして自らの頭を指差すノーナ様の頭に、わたくしは逆さまににしたペットボトルをかざします。ちなみに先ほどビルから持ち出した防災グッズの中に、水タンクがあるのを発見しました。ビルで水を入れて来ていれば、こんなことにならなかったのかもしれません。


「冷たいよ!?」


「それは水ですから……」


 文句を言いながらもシャワーを浴び続けるノーナ様が浴び終わるまで、わたくしは彼女のシャワー係を続けるのでした。水だと石鹸やシャンプーの泡が落ちにくいんですよね……。どこかで水のいらないタイプのシャンプーを手に入れられると、入浴が楽になるかもしれません。ボディーシートもいいですね。


 ノーナ様が浴びたあとはシャワー係を交代して、わたくしもシャワー浴びました。わたくしは髪が長いので大変です。ですがこれもわたくしの大事なアイデンティティなので仕方ありません。


 お風呂……いえ、水浴びから上がったわたくしたちは、バスタオルで体を拭きながら、二人で今後のことを考えます。わたくしは下着の上にキャミソールを着て、バスタオルで髪を乾かしていて、ノーナ様は相変わらず裸で肩にバスタオルをかけながら、椅子に座ってお水を飲んでいます。寒くないのでしょうか?


「温かいお湯の素晴らしさが身に染みたよ……」


「まだ5月ですからいいですけど、冬の水浴びはもっと心にきますよ? 横須賀の近くにも温泉はあるでしょうから、きっと大丈夫ですよ」


「別に横須賀に住むつもりはないんだけどね。それにトイレの問題だってあるしさ……。私も色々考えてみたけど、なかなか定住する場所って難しいね……」


「トイレは……」


 思わずわたくしは、言葉に詰まってしまいました。災害時のトイレは、現代人にとって致命的な問題です。防災バッグの中に非常用トイレも入っていましたが、洋式の便器にビニール袋をかけて使用し、凝固剤で固めたあとに、そのビニール袋を縛って処分するというものでした。そのままにするよりはよっぽど清潔なのですけど、やはり水洗は偉大ですね。


「水道がなくなっても水が使えるような、湧き水のあるところがいいんじゃないかな? それに電気も欲しいところだよね。私たちは幸運にもインベントリがあるから、大型の発電機を見つければそこはなんとかなりそうだしさ! それにポータブル電源なんかもあると、さらにいいかもね!」


「な、なるほど……。やっぱりノーナ様は頼りになりますね」


「安心して! ホマレの方が頼りになるよ!?」


 ノーナ様は腰に左手を当てながら、何も持っていない右手をぶんぶん振り回します。おそらく蛍丸を振るっている時のわたくしの真似なのでしょうけれど……。


「ありがとうございます……?」


「それで明日なんだけど、私にいい考えがあるから任せてくれないかな?」 


「ええ、それはもちろん構いませんよ」


「だったら明日は海沿いを南下しよう。内陸の大通りを通るよりは人も少ないだろうし、高速道路も少し見てみたいなぁ……」


「いちいち倒して進むのも面倒ですしね」


「私はバイクに乗ってるだけだけどさ。ホマレが大変だよね」


「それは気になさらなくて大丈夫ですよ?」


「テキザイテキショってやつ?」


「そうです」


 顔を見合わせて笑い合うと、わたくしたちは食事の準備を始めました。わたくしの家には醤油と塩くらいしかなかったので、本日の夕食は防災バッグに入っていた、レトルトカレーとレトルトのお米……にしようと思ったのですが、我が家のガスコンロが使えなかったため、缶詰めの乾パンとなってしまいました。


「申し訳ありません……」


「私もすっかり忘れてたよ……。昨日もビーフジャーキーやおつまみしか食べてないようなものだし、明日はカセットコンロも探そうね。一日ビルを歩いて降りたあとに、水と乾パンは辛いものがあるね……」


「わたくしたちには最低限文化的な生活が必要ですね……」


「アハハ……なんだか面白い言い回しだね?」


 日本人にしか通じない言葉をスルーされながら、わたくしたちは口の中をパサパサに乾燥させたあと、就寝する運びとなりました。使っているランタンも乾電池ですから、あまり夜更かししてもいいことはありませんし……。やはり文化的ではありませんね……。


「私はどこで寝ようかな」


「うちにはベッドしかありませんから一緒に寝ましょう。一人で寝るには無駄な大きさをしていますから」


 寝る準備として、念のためベランダや窓のシャッターを閉めておき、玄関扉もチェーンを掛けて戸締りしておきます。閉められるところをすべて閉めましたら、わたくしの寝室に二人で移動し、ベッドに入りました。


「……私なんだか緊張してきたよ」


「昨日も一緒に寝てたんですけど……?」


「そうだったの!?」


 二日目の移動は六本木から目黒まででした。距離にして10キロも移動していないはずです。わたくしはいつになったら瀬戸内海に行けるのでしょうか? 横須賀すら遥か彼方に思えてきます……。


 物資も水とレトルト食品、防災バッグに入っていたものだけです。ただ防災バッグは、六本木グレーター受楽院ビルの各フロアにありましたので、当分はなんとかなりそうです。


 いつもは意識していませんでしたが、いざライフラインがなくなってみると、その恩恵と偉大さに頭が下がる思いです。またそれを維持している人々や社会にも、わたくしたちは生かされていたのですね……。


 ノーナ様が寝惚けてわたくしに抱き着いて来ましたが、まぁいいでしょう。今日は疲れましたものね……。それではおやすみなさい。

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