第2話 浸食

 その時、空が突如として赤く染まりました。


 そして地面が揺れ、空に穴が開きます。溶けるように開いた空の穴からはドロリと黒いしずくがこぼれ落ち、地上に垂れました。


「何だ!?」


「総帥! ご無事ですか!? ぐっ……」


 揺れが収まっても濁った赤い空模様は変わりません。さらに集まってきた近衛の方たちが胸を押さえながらバタバタと倒れ伏していきます。


「ぐぅっ!? なんだ!? 毒ガスか? こ、こんなところでワシが……」


「御爺様!?」


 倒れるように机にもたれかかった御爺様の手から、が生えてきました。それは黒くなった魚の干物のように硬く筋ばっていて、所々にトゲが生えていました。これは一体……?


「なんだこれは!? ナンダコレハ? オオ……コレガ新世界!」


 生えてきた黒い干物のようなものは、次第に御爺様の表面にびっしりと生えたあと、顔を残して御爺様を飲み込みました。


「ナント……なんと素晴らしい肉体か! なんと凄まじいカルマか! これならば成し遂げられる!」


「キ、キレ……」


 驚いたことに御爺様に生えた干物から顔が生え喋り始めました。残された御爺様のお顔がわたくしの目を見つめると、いまにも消え入りそうな声でわたくしに斬って欲しいと呟いたのです。


 ああ、なんだか懐かしいです。あれは師匠と合衆国のエルク川という川のほとりを歩いていた時のことでした。寝袋で寝ていた師匠が突然両腕が翼になっている不気味で巨大な生物に襲われたのです。あの時は身動きが取れない師匠が、自分ごと斬れと仰って……。わたくしがその生物に一太刀浴びせると、師匠を落として逃げてしまったのです。師匠は骨を折りましたが、今回は違います。


「ワシヲ……ワシヲキレ! ホマレ!」


「ああ、なんという生命力でしょうか! 我が依り代となってもまだ意識があるとは!!」


「はい! 御爺様!」


 今、幸いなことにわたくしの手には蛍丸があります。抜き放った蛍丸がきらめくと御爺様の首がコロリと床に転がりました。


「ミゴト……」


「我が依り代が!? 何をす……」


 顔を包んでいた黒い干物の破片と御爺様の首は、まるで空気に溶けるように光の粒子となってしまいました。


 それにしてもなんという斬れ味でしょう! 素晴らしいです! この通りギコギコなどせずとも黒い干物の方もバラバラになってしまいました。はぁ……誰かにこの気持ちを共有したいです。御爺様にもお伝えしたかったです。こういう時には「えすえぬえす」というものを使うと聞いたことがあります。どこにあるのでしょうか?


 細切れになり光の粒となって黒い干物も消えていきました。すると頭の中で聞いたことのない女性の声が響きました。


『トリスカリオンの神ネクタリウスの加護を得ました。レベルが46に上がりました。

スキル「インベントリ」を得ました。スキル「刀マスタリー」を得ました。スキル「空翔そらがけ」を得ました。スキル「刀マスタリー+」を得ました』


「あらあら……不思議なことがたくさん起こる日ですね。まるで師匠と北欧の森をお散歩していた時に巨大な狼に……」


「オォ……オォォ……」


 わたくしが過去の回想へ入ろうとした時、部屋にねちゃりとした音と風音のようなうめき声が聞こえてきました。足元を見てみると先ほど倒れた近衛の方たちが緩慢な動作で起き上がり、濁った瞳でこちらを見ていました。


「あぁ、これはあの時に南米の島で見たやつですね?」


 なんとかっていう土着宗教のなんとかって祈祷師の方が……。


「なんでしたっけ?」


 歯を剥き出して襲いかかってきた近衛の方を切り捨てると、彼らもまた同様に光の粒子となって消えていきます。血や肉が飛び散ったりしないのは少し残念ですね。刀についた血を気にしなくていいのはありがたいですが……。


「あら?」


 赤かった空が青に戻り始めています。しかしそれは問題ではありません。六本木グレーター受楽院ビルのわたくしの居るフロアに向かって、フラフラと煙を吐き出しながら1機のヘリコプターが向かって来ているのが見えました。

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