好きって何?

好きって何?


……———



「…和田は最低なりにちゃんとケジメつけたんじゃない?その別れは。」



春平に別れを告げられた夜、真葵の家にお邪魔させてもらった。


真葵の部屋で泣き続けても涙は止まらなかった。


真葵の家のティッシュを一箱は私が潰した。



「でも…春平は、私のッッこと好きで…"こんぺいとう"ッッ…私も、春平…好きッッなのに…」


「落ち着けって!!だからその"こんぺいとう"。」



真葵は私の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。


そしてそのまま私の顔を覗きこんだ。



「奏のその気持ちは"こんぺいとう"なのかもしれないんでしょ?つまり和田は奏に『惚れ薬』使ってズルしたようなもんじゃない。そんな男との別れに泣くことないって!!」



好きだとしてもそうじゃなくても、気持ちも頭も整理させるためにしばらく春平には近付かない方がいい。


それが泣きながら聞いた真葵のアドバイスであり、私の中の結論にもなった。



家に帰って、泣き腫らした顔を家族に見られてなんか言われるのが嫌だからすぐにお風呂に入った。


そして真葵に教えてもらった目のマッサージをお風呂の中で試して、目の腫れをほぐした。



暖かいお湯と冷たい水を繰り返し、タオルで濡らしては当てて、気持ちもゆっくり溶けていくようだった。



思い切り泣いたおかげか、マッサージで気が紛れたおかげかわからないが、宿題も忘れてその夜はそのままぐっすりと寝付いた。



朝、目覚めれば昨日の雨が嘘のように晴れ渡り、鳥がさえずっていた。



行きたくないと思っていた学校も気を引き締めて登校した。



「あ…奏!!おはよう!!昨日、あのあと大丈夫だった?」


「うん!!昨日は話聞いてくれてありがとう!!わりとスッキリしたよ!!」


「まぁカナが元気んなったんならよかったよ。」



真葵に笑顔とピースを向けて席についた。



そして初めて宿題の存在を思い出した。


慌てて取り掛かっていたら菊池くんの声がやけに聞こえた。



「おーっす!!春平!!」



書いていた手がビクッと震えた。


目をノートから離せない。



ただ斜め前の席に春平が座った気配だけがした。



嫌な心音がドンドンと鳴り響いた。



……私、どんな顔をしたらいいの?



握るシャーペンに更に力を入った。



休み時間になる度に、真葵と話をして気を紛らわした。



春平と目が合えば、春平は目を反らした。



なにそれ。


悲しんでいいのかムカついていいのかわからない。



先に目を反らされるのが恐くて嫌で、次から目が合った時は私から目を反らした。



同じクラスに元カレがいるって…なんだかしんどい。



元カレ?


その響きに胸がポッカリ空いた。



私…春平と本当に別れたの?


昨日までそんな今日を欠片にも予想してなかったのに…。


全然、現実味を感じない。


昼休みもずっと真葵と過ごす。


春平は教室にいない。


でもご飯を食べ終わっても屋上にはいかない。


真葵とテレビや芸能人の話をする。



そこに菊池くんが交ざってきた。



「おーっす!!誰の話?」



菊池くんを見ると自然と春平を連想してズキッとした。



笑おう!!



春平のことは忘れる!!



「き…菊池くん!!こないだテレビでね!!」


「塚本さん…」



いつもヘラヘラと穏やかな空気を持つ菊池くんがピリッと真顔で聞いてきた。



「春平と別れたってホント?」



なんでだろう?


付き合うことに気付くのは遅いけど、こういう話の噂はやたら早いな…



情けない気持ちで笑った。



「あははは…なんか、私騙されてたみたい!!」


「騙された?」


「私は"こんぺいとう"で利用されてたみたい…」



さっきまで一緒に笑ってた真葵も真顔になって、私の頭を撫でた。



「ちょっ…大丈夫だって!!だって春平ももう私に近付く気ないみたいだし!!」



二人にVサインを見せて、笑った。


なのに真葵達は笑わない。



菊池くんが私の手を掴んだ。



「真葵…悪いけど、塚本さん借りるね?」



菊池くんに無理矢理手を引かれ、戸惑う私を余所に真葵は頷いた。



私を連れていった場所はなんてことない芝生が広がる中庭だった。



宛もなく歩く菊池くんの隣をわけもわからず着いていった。



「塚本さんは結局さ…春平が好きだったの?そうじゃなかったの?」


「……」



別れを切り出された時は『好き!!別れたくない!!』と思ったけど…


昨日みたいにすぐに好きだと言えなかった。



よくよく思い返してみると春平にドキドキしてたのって"こんぺいとう"を食べた時ばっかだった。



「ははは……だいたい好きってなんなの!?って感じだし…」



今までのドキドキは春平によって操作されてたのか…って思うと整理つかない気持ちの行き場がなく、だんだん腹も立ってきた。



菊池くんはさっきから笑わない。



珍しい…


いつもどんなことも飄々と微笑んでる感じなのに…



「俺が春平と出会ったのは小学1年か2年か…そんなもんだった。」



…?


いきなり思い出話?


よくわからないまま話を聞いた。



「俺も春平の"こんぺいとう"が好きだった。…お前らが別れるまで"こんぺいとう"の効果を知らなかったけどな…。」


「…」


「知らなかったけど、俺はもう"こんぺいとう"を食べれなくなったんだよ。」


「…なんで?」


「"こんぺいとう"の原料が"春平"って知って…」


「え?」


「言い訳でしかないけど、小学生だったから何も考えてなかったんだよ。」



菊池くんは立ち止まって、ようやく微笑んだ。


でもそれはやっぱりいつもと違って、自嘲的で陰を落としていた。



「『お前の体から"こんぺいとう"出るとか変だ…。俺はそれを今まで食べてたとか思うとキモいよ。』」


「…菊池……くん。」


「俺はアイツにハッキリそう言ったんだ。」



口元が笑っているけど目を自分の手で隠しているから、菊池くんが今どんな顔でそれを言っているのかわからない。



「それからアイツは俺に"こんぺいとう"を渡さなくなった。」


「…」


「てかアイツは俺のところには来なくなった。」



わかる。


春平じゃなくてもきっとそうなる。



「でも俺は春平のところに行った。」


「…え?」


「なんでもねぇんだよ。ホントあの頃の俺は何も考えてねぇ。バカガキのクソガキだ」



菊池くんは片手をようやく開いてニシシとおどけて笑った。



「気持ち悪いもんは気持ち悪い!!でも俺はただ春平と遊びたかったんだな…」



菊池くんが遠い目をする。



「アイツもまた無表情なままで変わらなくて、俺に文句を言うわけでなし…また遊んでくれたよ。」


「え……」


「……すげぇだろ?俺だったら出来ねぇ」


「……うん」


「でも…"こんぺいとう"をくれることは二度となかった。」



いつだって春平がくれるのは"安全"な感情だった。


ちゃんと考えて、"こんぺいとう"の色を見ていた。


きっと菊池くんにもそうしてきたはずだ。



でも…くれない。



「そういう奴なんだよ。」



菊池くんの言葉にドキッとした。



私の考えが菊池くんにはわかったみたいだ。



「アイツはそうした自分の"こんぺいとう"体質であることを受け入れるしかなかったんだよ。どんな嫌なことも悲しいことも"こんぺいとう"に変えながら…出来るだけ人を傷つけないようにビビりながら…」



何があっても顔を変えない春平。


それは表情を出さないのではない…出せないのだ。




"たとえこれが…嘘でも夢でも。俺もお前とこうしてココにいること、幸せだと思ってる…すっごく。"



無表情の春平の言葉を思い出す。



「そんな春平にとってさ…"こんぺいとう"を疑いもせずに受け入れた奏ちゃんは本当に…嬉しかったと思うんだ。そんで…そんな春平が"こんぺいとう"をあげるってのは…すごいことなんだ。」



わかる。



だって春平の気持ちは誰よりも…私がわかってる。



甘くて優しい味。


広がる"こんぺいとう"の花。



「私はそんな春平の気持ちに便乗しただけだったんだよ…。」



菊池くんも切なそうに笑った。



「とりあえず俺が言いたいのは、アイツは人が離れていくのに慣れてるから…拒否されることをすぐに受け入れちまうから…。もし奏ちゃんが純粋に春平のこと……恋を抜きでも好きだったのなら……せめて春平のこと…そんな嫌わないでやってほしいってこと。」


「…。」



私は…春平が嫌いになったのかな?


好きだったのかな?



「好きって…なんなんだろうね。」



そう言って菊池くんがさっき私が言ったことをもう一度口にした。


本当に…好きって


なんなんだろう…



あの甘いときは…偽りのときだった。



まだ"こんぺいとう"のことを知る前、教師に注意を受けていた春平の背中を思い出す。



いつもどこか遠くを見る春平。



図書室で涼やかに響く笑顔の"こんぺいとう"。



抱き締めた腕に


熱い唇



そして夕立の屋上。



頬に一筋の涙が伝う。



「菊池くん…」


「うん?」


「やっぱ"こんぺいとう"で気持ちを操作されたかと思うと…春平がムカつくし…嫌だ。」


「うん。」


「あの愛しくて苦しいのが"偽物"だって思うと虚しく感じる…」


「うん。」


「でもなんでかな……それでも春平が心から離れないんだよ…」


「…」


「それは…一日しか経ってないからなのかな…一週間…一ヶ月と経ったら、やっぱり"こんぺいとう"のせいだったってようやく気付けるのかな…」


「…」


「でも…それでも…その時が来ると思うと…悲しくて……仕方ないよ。」


「…うん。それを春平にそのまま…伝えてやって?」



涙で菊池くんの顔が見えなかったけど、その声色がとても優しかったから笑ったんだと思う。



そのまま伝える?


そもそも私は…


春平にまともに好きだと伝えたこともなかったんだ。



涙が溢れる中、私はそんなことに気付かされた。



例えそれが本当の恋じゃないのだとしても…


私は"こんぺいとう"に騙され続けたかった。



騙され続けとけば…よかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る