【番外編6】sweet festival

夏祭り


―――――番外編 夏祭り―――――


終業式が終わり、一学期最後のホームルームがあるんだけど、先生がまだ来ないから皆は友達と自由にザワザワとしていた。



もちろん私も春平達と一緒に教室の後ろの方で固まって喋っていた。



「来週、夏祭り行く?夏休み始まるし」



菊池くんは春平に話しかけているようで、私達にも提案しているように聞こえた。



「夏祭りってどこの?」



真葵が聞いて菊池くんは嬉しそうに笑った。



「俺らの地元んとこ。真葵達も来るか?」


「地元ってことは、ここらへん?」


「あぁ。俺らの母校の小学校でやるんだよ」



菊池くんはもう一度春平に話しかけた。



「まぁそこなら春平でも大丈夫だろ?人多いけど、大体が顔見知りだし、こんぺいとうのこともなんとなく理解されてるし」



私は菊池くんの発言に「えっ!?そうなの?」って驚いた。


なんというか、こんぺいとうって周りには秘密にしていること……って、勝手に思っていた。


でも確かに出会った時から春平は別にこんぺいとうのこと、秘密にしていなかったな。


人に渡さないだけで、こんぺいとうの存在自体は隠してないんだ。



一人で納得している間に菊池くん達は話を進める。



「な?小学校の時の奴らも春平に会いたがってんぞ」


「……んー、でも」


「ま、人混み苦手なのはわかるけどよ。なっ!奏ちゃんは?」


「え?私?」



突然話を振られて私は戸惑った。



「良かったら奏ちゃんも来たら?大規模じゃないけど、普通に出店とかあって、まぁまぁ楽しいよ。夏気分味わうのに、うってつけ」



私が答える前に視界が春平の背中になった。


私を菊池くんから隠すように春平が目の前に立ったのだ。



「……何勝手に奏も誘ってんだよ」


「俺も奏ちゃんと友達なんだから、そんぐらい別にいーじゃねぇか。ナンパしたわけじゃねぇし。彼氏様はガードが固いね」



菊池くんが大袈裟に肩をすくめて笑った。



私は心配になって春平の顔を覗き込んだ。



「え……えっと、その夏祭りは私は行っちゃダメなの?」


「…………ダメじゃないけど」



菊池くんが真葵にも同じように誘う。



「真葵は?行かね?」


「うーん、カナが行くなら行く」



ちょ…そんな返事されると私の判断次第じゃん?



でも私の素直な気持ちで返事を考えると……



「私は……夏祭り、行きたいなー…」



春平の顔色を窺いながら言ってみた。



「……」



春平はいつもの無表情で私を見つめ返すだけで、ただ黙っていた。


ちょっとの無言の時間のあと、真葵が唐突に聞いてきた。



「……カナ、夏祭り行くなら浴衣着るの?」



ビックリしながら真葵に頷いた。



「え…うん。たぶん浴衣だよ」



私の言葉に菊池くんは何故か「なるほど」って言って私の方を向いた。



「浴衣かー。いいね、浴衣。そっかー!奏ちゃんは浴衣着るのかー」


「うん、浴衣だよ?」



私が言うと真葵と菊池くんは合わせたように春平の顔を見た。



「……」



春平は俯いて黙っていた。



「ほら、和田。早く認めろよ、ムッツリめ」


「おー、春平。見たくないのか?奏ちゃんの浴衣姿」



無言の春平に二人が両サイドを挟んで、何やら追い立てていく。



状況がよくわからない私はそんな三人を困った感じで見守るしかなかった。




◇◇◇




夏の夜。



待ち合わせをしていた真葵と二人で、駅の改札で春平達を待っていた。


まだ太陽は沈みきってないけど、もう遠くの方で太鼓の音がしている。



お祭りなんてドキドキする!



「真葵、変じゃない?崩れてない?」



私はクルクル回って真葵に帯を見せた。



「大丈夫大丈夫。仮に大丈夫じゃなかったとしても私は直せないから。大丈夫」


「それって本当に大丈夫のヤツ!?」



アワアワと焦っていたら後ろから「奏」と声を掛けられた。



振り返ると春平と菊池くんがいた。


迎えにきてくれたんだ。



「お〜、お待たせ」



菊池くんは手を振りながら笑っていて、その後ろにいる春平は反対に無表情にこっちを見ていた。



「何で真葵は浴衣じゃねぇの?」


「親がいなくて、一人じゃ着れないし」



そう会話する菊池くんと真葵が先に歩き出すから、自然と私と春平は向かい合った。



「……」


「……」



わわわわぁー。


み……見られてる!!


か……髪とかも落ちてきてないかな。


大丈夫かな?


ジワッと汗ばむ。



「……行こっか」



春平が先に歩き出すから私も慌てて着いていった。


カラコロと下駄が地面を鳴らす。


いつも以上に歩くペースが追いつかない。


余計に焦って小走りで頑張っていると、



「……」



春平が立ち止まって、待っていてくれた。


そんな春平が嬉しくて、なんだかほっぺたが火照ってきた。



「……ごめんね、慣れない下駄で遅くて」


「……大丈夫」



春平がちょっと私の方へ手を出した。


その掌は軽く開いて握ってグーパーを繰り返していた。


春平の掌をジッと見たあと、春平の顔を見ると春平も私を見つめていた。



「春平…」


「……うん」


「い……行こうよ」



春平の手を掴むと、春平も軽く握り返してくれて歩き出した。


うわぁ〜!!ヤバい!!


手を繋いで春平と浴衣デート!!


ヤバいヤバい!!


嬉しい!!楽しい!!



あ……いや、真葵達がいるからデートとは言えないんだけど。



「……」


「……」



春平もずっと黙っているけど。


だけど春平はいつも静かだし……。



お祭りの会場になっている小学校まで辿り着いたら音楽が鳴り響いていてお祭りの空気にドキドキした。



「わぁ〜!!すごいすごい!!お祭りだぁ!!お祭りだぁ!!」


「うん」


「わたあめとかあるかな?あ!!リンゴ飴も食べたい!!」



春平の視線に気付いてみると、春平は声にも出さず小さく笑っていた。


ハッ。


しまった。


はしゃぎ過ぎた!!


また食い意地張ってるヤツって思われたかも!!



「奏……買いに行こうか。奏が食べたいもの」


「べ……べべ、別に食べ物だけじゃなくてゲームとかも……」


「うん、何でもいいよ」



うわぁやっぱり食いしん坊って思われたよ〜!!


自分の発言に後悔中。



「お〜い、しゅんぺーっ!!」



遠くの方から菊池くんの呼び声が飛んできた。


屋台の端の方に菊池くん以外にも何人かいてグループが出来ていた。


学校では見た事ない男の子達だけど菊池くんの友達かな?



「おぉ〜マジで春平だ。久しぶり〜」


「中学卒業以来?」


「おっ、ウワサの彼女?」



わらわらと菊池くんの友達らしき人達が集まってきた。


あれ?これって春平とも友達なのかな?



「久しぶり」



春平も短く返事をしたけど、表情が固い感じがする。


いつもの無表情といったらそう見えるけど。



背中をツンツンされたと思ったら真葵だった。



「カナ、プチ同窓会状態みたいになっているから、しばらく菊池達にしてほっといて、私達だけでちょっと回ろ?」


「う……うん」



プチ同窓会か……。


真葵に着いていって、私達はグループから抜けた。


でも春平の中学時代とかどんなんだったんだろう。


やばい、チョー気になる!!


ちょ……ちょっと私も輪に加わって、春平の思い出話し聞きたい!!


振り返ると春平達の友達がこっちに気付いて笑顔で手を振ってくれた。


わー気さくな友達なんだ………ん?



春平がこっちを見て……睨んでる!?


い……いやいや、春平のいつもの無表情……だよね!?



なんだか輪に入るのが恐くて、私は真葵と一緒に屋台を見て回った。


何かを買うわけでもなく、ビニールプールに浮かぶヨーヨーと見ていた。



「ねぇ、真葵」


「何?浴衣、大丈夫だよ」


「さっき春平睨んでた?」


「へ?いや、いっつも通りの能面だったよ」


「……そうかなぁ?」


「まぁ私はカナと違って和田のことよくわかんないから表情の違いとか理解できないけど?」


「……そっか。でも思えばそもそも春平はこの祭りに私を連れていきたくもない感じでもあったし……」



私……何かしちゃってるのかな?


フーッと溜め息をつきながら、自分の浴衣姿を見下ろした。


一人で浮かれてた……私。


私は下駄で地面の砂を蹴った。



春平は元々人混みとかも苦手だし……来たく……なかったのかも。


なのに私は自分のことばっか……



「奏」


「わっ!!ビックリした!!しゅ……春平?もういいの?」



春平は友達の輪から離れて私達の所に戻ってきていた。


少し遠いところで輪になっている友達みんなはこっちを見て、みんなもう一度手を振ってきた。



笑っている……というか、ニヤニヤ……に近い。



「行こう、奏」


「え……わっ!?」



春平に腕を引かれて人混みに入っていった。


太鼓の音と共に春平に引っ張られるのに着いていくのに必死だった。



「春平!?」


「……来たのはやっぱり失敗だった」


「えぇっ!?失敗!?」


「あ……今のは……ごめん違う」


「しゅ……春平は……お祭りは……来たくなかったの?」


「……」



屋台から少し離れたところ……グランドの端の方へと移動していた。


人気もなく、太鼓とか音楽とか光から少し遠ざかって、木陰に隠れているようで、二人だけのような空間となっている。


暗いけど春平の目は見える。


だけど春平は私を見ようとしない。


だから私は向かい合う春平の手を離さなかった。



「違う……違うから」


「でも……今日の春平……ずっとテンション低い」


「……アイツらは……」


「え?」


「中学の時の知り合いというか……中には小学校も同じ奴らもいる」


「うん」


「そのときの俺は……いや……今もだけど……こんな顔だからさ」


「うん?こんな顔?」


「ずっと無表情」


「ん?春平は言うほど無表情じゃないよ?」


「うん……そう。最近の俺は奏の傍にいると……顔が緩む」



緩む?



「……だから」



春平は私の両手を引いておでこを合わせた。



「昔の俺を知ってるヤツらは、多分余計に俺の変化に気付くと思った。それは……恥ずかしいだろ?」


「恥ずかしいの?」


「……彼女を見て鼻伸ばしてると思われる。というか、実際そう…からかわれたし」


「だからお祭り行きたくなかったの?さっきも……睨んでたし」


「……睨むつもりは無かったんだけど。友達に……奏を見せたくなかった」


「えぇっ!?何で……!?」


「……奏が可愛いから」



思わず叫びそうになった。


な……今、春平、何て!?


顔が熱くなって口がパクパク動くだけで声が出ない。



「奏……今日可愛いから、見せたくなかった」


「か……かわ……かわ!?」


「奏……」



おでこを合わせていた春平はスッと動いて、その額にチュッとキスしてくれた。



「今日……すごく可愛いよ」



あぁ……ダメだ。


夏の熱さも相まって、このまま沸騰して私、消えて蒸発しちゃいそうだよ。



「……奏」


「ひゃ……ひゃい」


「……わたあめ……買いに行く?」



今はわたあめよりも頭の中がこんぺいとうでいっぱいだったりする。



「奏」


「あ!!うん!!うん!!わたあめ!!わたあめ食べたい」


「……そうじゃなくて、」


「え?」



春平は私の手を引いて、もう一度賑やかな明かりの元へゆっくりと歩き出す。



「……俺がこんなんだからって、あまり出掛ける事も少なかったけど、やっぱり奏とこうして色々するのは……楽しいって思うし、実際……本当は色々したいって思う」


「……うん」


「だから……この夏休みは……色々しよう?二人のやりたいこと」



二人のやりたいこと。


二人の思い出。


私はドキドキしながら、同時に胸をワクワクさせた。



「うん!!いっぱい遊ぼう!!」


「……うん」



明かりが照らされ始めた春平は私を見つめて、笑ってくれた。



「じゃあまずは……色々回ろうか?奏、わたあめと……あとリンゴ飴?」



「金魚すくいとかもしたいな」


「うん、わかった」


「あと……」


「ん?」


「せっかくだから春平の友達紹介してほしいな。中学時代の春平の話し聞きたい!!」


「…………ごめん、恥ずかしいから嫌だ」


「えぇっ!?」

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