【番外編7】sweet heart

乙女心を隠したい


〜sweet heart〜


―――――番外編 乙女心を隠したい―――――



「良い天気だね!」


「そうだな」



今日も学校の屋上で春平とポカポカ。



真葵に『ジーサン、バーサンか!』って言われたことあるけど、春平と毎日ひなたぼっこしてても飽きないからいいんだもん。



でも春平とならおじいさん、おばあさんになっても一緒に日向ぼっこしてもいいなー。


そこまでずっと一緒にいるってことだし。



……ずっと一緒



──って、ことは行く行くは……


和田 奏……?



「きゃああぁーっ!!」


「な……なに?」



飛び過ぎた妄想に思わず絶叫したら、寝転がっていた春平も珍しくビクッと起き上がった。



「ご…ごめん!!ビックリさせちゃった!!」


「……いいけど、どうかした?」



心配そうに私の顔を見る。


他の人から見て、無表情に見える春平が私にとって日に日に表情豊かに感じる。



それは私が春平のことを理解していっているのか、


それとも春平自身どんどん表情に変わっていっているのか……



どちらにしても悪いことではないと思う。


だから私はニヤケ顔をやめられなかった。



「んーん!なんでもない!!ビックリさせてごめんね?」



私の顔をジーっと見たあと春平は笑った。


今度は確かにフワッと笑った。



「相変わらず変な奴」



胸の奥でワアァッと温かくて優しい…心地好いものが広がっていく。



春平はいつもいつも笑うわけじゃないけど、だからこそ特別だって思えるし、しかも私以外に笑顔を振りまくわけじゃないから、余計に嬉しい。



私だけの……独占欲。



春平の笑顔が好き。


私も釣られて笑った。



それをジッと見ていた春平がゆっくりと近付いてきた。




──カラン



一粒が地面に転がったあと、甘い味も直接私に届いた。



……甘い。



「なんか……毎日、春平とキスしてるような気がする」


「……嫌か?」


「イヤじゃ……ない」



照れ笑いをし、そして二人でまたキスをした。


口移しのこんぺいとうはスゴく幸せな気持ちにしてくれた。



春平と一緒にいる毎日を過ごしながら思った。


幸せっ!って。



……でも、常に完璧な幸せであるわけではなかった。



その夜……



「……っ、う……うぎゃあぁーっ!!」



お風呂上がりの私は体重計に乗って、絶叫した。




…──



「腹減ったーっ!!購買でパンか何か買いに行こうかな」



昼休みの教室。


菊池くんがそう言ったことに真葵は「は?」と眉を寄せた。



「腹減ったって……今お弁当食べ終わったところじゃん」


「いや、足りねぇんだよ」


「あんなデカイ弁当だったのに?」


「腹減るもんは減るんだよ」



菊池くんは春平の顔を見て、同意を求めた。



「なぁ?春平も腹減ってない?」


「うん、お腹空いた」



春平の返事が意外で私も「えっ!?」と声に出してしまった。



真葵も意外そうに春平のことを見た。



「へぇー、和田って細身なのに少食じゃないんだ」


「……普通だよ」



そういえば春平ってよく食べる方かも?


私を春平が更にジーッと見つめた。



「……奏の分も何か買ってこようか?」


「え……えぇっ!?だ……大丈夫!!そんなに今お腹空いてないから!!」



全力で首を振る。



「そうか、じゃあ俺ら行ってくる」



春平と菊池くんはサイフをもって教室を出ていった。



春平の背中を見て……自分の体を見た。



「う……うぅ……真葵……」


「な……何よ、気持ち悪い」


「まだ何も言ってないのにひどい!」


「いやだっていきなりそんな恨みや心残りある幽霊みたいな声出してさ……」



真葵、そんな幽霊の声聞いたことあるの!?


…って、聞きたいところだったけど私はそれ以上に落ちていた。



「春平……細い」


「は?あ……あぁ、まぁ、そうね?」


「あんなに食べてるのに……」



なんだったら毎日たくさんこんぺいとうだって一緒に食べてるのに。



自分のお腹をつまむ。



「カナ、もしかして太ったの?」


「うわあーん!!言わないでっ!!!!」



机に俯せて叫んだ。



そしてすぐに起き上がって自分のほっぺたを両手で押さえた。



「やっぱり!?やっぱり真葵から見てもそう思う!?パッと見だけでも太ったのわかる!?」


「落ち着け。私はカナがお腹をつまんでる動作を見て『そうかなー』って予測しただけだから。大丈夫。見た目はそんな太ったのってわからないよ?」


「ホント!?大丈夫!?」


「まぁ、顔の話であって、体は知らないよ?お腹とか……」


「ひぃっ!!」


「二の腕とか……太ももとか……」


「うぎゃあーやーめてーっ!!」



女子高生死活問題!



うっかり本当に泣いちゃいそう。



「春平も……やっぱり太った女の子は……イヤかな?」


「どうだろー、和田はそんなの気にしないと思うけど?つーか見た感じはわからないよ?」


「でも!実際太ったもん!!!!」



再び、うわぁーんと机に俯せた。


真葵が背中をさすってくれる。



「まぁまぁ、増えたものは減らすことも出来るんだから?落ち着け?」


「真葵は痩せてるからそんなこと言えるんだぁー!」


「別に痩せてないし」


「痩せてる人は皆そう言うんだぁー!!」



私の魂の叫びも真葵は呆れたような溜め息を吐いた。



「カナは運動部なんだし?部活頑張ればチャラじゃん?」


「部活はいつも頑張ってるもん!!……おやつ減らそうかな……」


「あーそうしな、そうしな」



でもおやつだってそんな毎日バカ食いしてるわけじゃないし……ご飯も減らすべき?



「あ……、真葵」


「何?」


「こんぺいとうも……カロリーあるのかな?」


「は?こんぺいとう?……あぁ、こんぺいとうね。まぁ砂糖そのものなんだから。あるでしょカロリー」


「う…嘘っ!?」


「でもケーキみたいな大きさであるまいし、大量に食べなきゃ普通っしょ?」


「……」


「和田から貰うのはあんたが調節して減らせばいいでしょ?」



……そうだよ?


そうなんだけど……


それって春平とのキスの時はどうしよう!?



…――



「……何かあった?」


「ふへっ!?」


「なんか今日元気なくないか?」



いつもの晴れた日の昼休みの屋上。


太っちゃったのを気にして……


そんなこと、言いたくない。


恥ずかしいし、春平に知られたくないし。



春平から視線を外して、首を振った。



「……そう?」



春平は納得したのかしてないのか……表情が読めないから、よくわからないけど話はそこで終わった。


た……助かった。



「……」


「……」



ふいに春平が顔を近付けた。



あ――キス……



そう思って、ついビクッと顎を引いてしまった。



「……」


「……」



し……しまった。


だってキスしたら……こんぺいとう…貰っちゃうことになるよね。


こ……これは、



「……」


「……」



かなーり気まずい空気が!!



「……悪い」


「ごっ、ごめん!!今の何ていうか!!」


「いや……俺もなんていうか……毎日ガッツいて、ごめん」



春平にそう言われて何だかわからないけど恥ずかしくなって照れてしまった。


ほっぺたを熱くしながら首をブンブンと振った。



「そ……そうじゃなくて!!嫌だったわけじゃなくて」


「……何?」


「えと……」



やっぱり言えない!!



「……俺も少しはキス控えるから」



そういうことなんだけど!!

そういうニュアンスのことを言いたいわけじゃなくって!!


うわぁーもうー!!


私は更に落ち込んだ。



…―



部活も終わり、制服に着替え終えた私。


今日は春平も委員会で遅いからって一緒に帰ろうって待ち合わせしている。


帰宅部の春平とはいつも一緒に帰れないから、一緒に下校出来るって嬉しいのに……今日の昼休み、微妙な雰囲気になっちゃったしなー。



「……あうー、どうしよう」



待ち合わせしている私達のクラスへ向かう足取りも重いです。



「奏ちゃん?」


背後から菊池くんがやってきて「うぎゃっ」とビックリしてしまった。


そんな私の反応に菊池くんが笑った。



「あははは、驚き過ぎ」


「菊池くんもまだ帰ってなかったんだ?」


「まぁ色々しててね。春平と待ち合わせ?」


「うん!」



笑顔で答えたけど、すぐにどんな顔して春平と会えばいいのかわからなくてズーンと落ち込んだ。



「どうしたの?オーラが重いよ?」


「そういや真葵に『恨みのある幽霊』って言われた」


「ははは、なるほど。それ、いいねぇ」


「何が!?」


「それで?春平と喧嘩でもした?って、まぁそれはないか。二人に限って」


「いや……なんていうか……」



二人で歩き、教室を目指して歩いていた。


教室に入る直前、廊下からも聞こえる笑い声が聞こえた。


誰かいるのかな?



ドアを開けると、春平……と、女の子。


それは別に驚かない。


春平と同じ委員の大島さんだったから。


それよりも驚いたのが……春平が笑っていた。


春平が笑って、大島さんと話をしていたのだ。



全身が……ヒヤッと冷たくなった。



「あ!!和田くん、塚本さんと菊池くんも来たね?私も帰るね!!」



明るくて活発さが似合うショートヘアを少し掻き上げた大島さんはカバンを持って私達がいる入り口を通り過ぎた。



「塚本さん、菊池くんもまたね~」



返事をしたのは菊池くんだけで私はうっかり返事をし損ねた。


教室に残っている春平が無表情で私達を見ていた。



「……なんで菊池もいるんだ?」


「なんだよ、怒んなよ?」


「……怒ってねぇよ」



春平は……さっきまで笑っていたのに……



「じゃあ奏ちゃんも春平もまた明日な。放課後デート楽しんで」


「うるさい、早く帰れ」



春平と菊池くんのやり取りをぼんやり感じる。



二人っきりになった私達はしばらく無言が続いた。


すると春平が溜め息をついた。


そんな仕草ひとつにズキッと胸が痛んだ。



「奏は本当……菊池と仲良いよな」


「春平だって……」


「まぁ菊池とは幼なじみだし」


「そうじゃなくて……大島さん!!」


「…………大島?」



春平の笑顔が好き。


滅多に笑わないから、独占欲が満たされて……そんな風に幸せを感じていたけど、一枚皮を剥けば……なんて汚い心なんだろう。


表情を作れず人を避けてきた春平が、少しづつ色んな人と交流を持つのは良いことだってわかるのに……



「……奏?」


「……ごめん」


「……何が?今日の奏、本当に変」


「うぅん……本当に……ごめん、春平!!」



太っちゃって、キスも嫌がって、春平が他の人に笑っているを嫌だって思っちゃう心の狭い彼女……そんなの春平も嫌だよね。


そんな自分が嫌で、堪らず教室から……春平から逃げ出した。



「奏!」



走って、学校から出た。


自分でもどうしたらいいのか、ワケわかんないまま。走った。


学校と駅まで走り続けるのはさすがにしんどくて、疲れて途中道ばたの電柱に手を付いて寄りかかった


――瞬間、



ガッと後ろから私が手を付いている電柱にもう一つの手が伸びてきた。


すぐ後ろの背中で……春平が荒い息を吐きながら声を出した。



「はぁ……はぁ、何……はぁ…逃げたてんだよ?」


「しゅん……ぺい」



肩を掴まれ、無理矢理振り向かされた。



「なんで……泣いてる?」



ウソ!?私、泣いてる!?


でもそこからガマンしていたのが壊れたようにボロボロ泣いた。



「うぅ~しゅぶべぇー!!わだし……。…っ、わだじ~」


「……何言ってるかわかんねぇよ」



春平が涙を拭うように顔を撫でてくれたけど、その優しさが余計に辛い。


自分の小ささが辛い。



「俺のこと……嫌になった?」


「しゅんぺい……」


「それで避けたり逃げたり……したのか?嫌いになった?」


「春平……っ、それは違――」


「だけど……もう無理なんだ」


「え……」


「奏には悪いけど……俺、もう諦めることなんて出来ないところまで来てるんだ」



後ろの電柱に押しやられ、春平は私を逃がさないようにして近距離で私を見つめた。



「……俺、奏が好きなんだ」



心臓が


止まるかと思った。



……だって、私が聞く前に……私がねだる前に……


初めて春平から『好きだ』って言われた。


……初めて。



「今まで俺を避けていく人たちを『しょうがない』って俺は何もしなかったけど、奏も同じようにはできない。……したくない」


「春平」


「奏が諦めずに俺に頑張って話しかけてきてくれたように……俺もたとえお前に逃げられても……俺も頑張りたいんだ」


「春平っ、」


「たとえ……望みなくても……せめて、何もせずに諦める前に……俺、」


「春平!!」



私は春平の詰め襟を掴んで、引き寄せた。


私の突然の力に春平はガクッと腰を落ち、私と同じ視線になった。


そうして近付いた春平にキスをした。



初めて、私からキスをした。



「かな……で?」


「嫌いになるわけないじゃん……私だって、春平が好き!!」


「…………え、」



涙もどっか行って、ちょっぴり乾いて頬のまま笑顔で春平に言った。



「ふっ、あははは。春平でも汗かくことあるんだね!!」



急いで走ってきてくれたからなのか、春平の額がうっすらと光っていた。



「普通に……ある…けど、それより……今、奏」


「私だって!!春平が大好き!!」


「……嫌いになったわけじゃ?」


「無い!!好き!!」


「じゃあ、なんで……」


「……だって、私……心狭い」


「……心が狭い?」



春平が解放してくれて、私も背もたれていた電柱から少し離れた。



「だってね……さっき大島さんと一緒にいるの見て……私…、春平が誰か女の子と笑って話してるの見てるだけで、パニックになって逃げちゃった」


「……」


「それにね……太っ……じゃなくて、その、ちょっと自分の都合悪いことがあるだけで春平避けちゃったり……」


「……そうなのか?」


「……うん」


「……」



春平が私の頭を不器用に優しく……撫でてくれた。



「そんなこと言ったら……多分、俺は奏以上にヤキモチ焼きだと思う」


「ウソ!?」


「ホント。親友の菊池ですら、奏と喋ってたら面白くないし、しまいには辻田と奏と楽しそうにしてる見てるだけで羨ましいとか……思う、実は」


「ま…真葵まで!?」


「それにさっきの大島の話だけど……」


「うっ、お…大島さんが?」


「大島とは奏の話をしてたんだ」


「え!?私!?」


「大島が奏と仲良いねって言ってくれたんだ。俺のこと、最初は怖かったらしいんだけど……奏と付き合ってから……なんというか、大島曰く俺の雰囲気が柔らかくなったって」


「……え、」


「仲良い奴らだけじゃなくて、クラスの奴にそう言ってくれたことが、俺は嬉しかった」


「……春平」



春平が私を抱きしめた。



「本当に俺を嫌になったわけじゃないんだな?」


「…っうん!!」


「奏も俺でいいんだな?」


「うん!!」



春平が私に顔を寄せた。



「あ……春平!!しばらくの間キスは一日一回にしよう!!」


「……なんで?」



春平のために、頑張って可愛い女の子になれるように私も頑張るね!!


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sweet emotion 駿心(はやし こころ) @884kokoro

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