力の秘密

力の秘密

……ーーー



「わかった!!もうわかったから!!だからノロケ禁止。」



聞いてきたのは真葵の方からなのに、真葵は呆れたようにお弁当に箸を進めた。



「え~…だって私と春平の仲が心配なんでしょ?だから真葵を安心させるために話してんじゃん?それでね聞いて、こないだも春平ったらね…」


「だからわかったって!!てか心配もしてないから!!黙って昼メシ食え!!」



教室でついに怒鳴った真葵は皆から大注目だが、私らはそんなの気にしないくらい盛り上がっていた


…と、私は思っている。



真葵だって彼氏作ったらいいのに…


口は悪いけど、美人だし…



「…菊池くんとかどうですか?」


「…アンタ話飛びすぎ。和田から何が菊池になったの?何の話?」


「まぁ、私の頭の中での話。」


「私がわかるわけないでしょ。てかカナはまだ昼休みは和田と一緒に食べないの?」


「だってぇ〜春平があんまり一緒にいると"こんぺいとう"出て困るってぇー」


「わかった…聞いた私が悪かった。だからモジモジしながら言うな。キモい。」



キモいって…


真葵ってほんときついな。



密かにショックを受けてる私を無視して真葵はお弁当を食べていく。



「でもご飯食べたら行くんでしょ?屋上。」


「うん!それがすっかり定着してきたぁ。」


「1ヶ月なんてあっという間だね。てかそれ以上にそんなほぼ毎日"こんぺいとう"食べて飽きないの?」


「うん!!ホントに美味しいから。」


「なんかそこまで言われると私もなんだか食べたくなってきた。今度私にもちょーだい?」


「春平に聞いてみる!!美味しいから私も真葵に食べてほしい!!…それにね?」


「ん?」


「春平の"こんぺいとう"食べる度にね…こう、すごく胸もドキドキして熱くなるの。なんか条件反射になっちゃってるのかも?」


「はいはい。ノロケでお腹いっぱいでございます。」



呆れた真葵は私を追っ払うかのように手をヒラヒラさせた。



だって本当のことなんだ。


"こんぺいとう"を口にする度に幸せを噛み締めた感覚となる。


これが幸せの味ってやつ?



「ふぅ、ごちそうさま!!じゃあ屋上行ってきます!!」


「ん~。お土産待ってる。」


「了解しましたぁ!!」



真葵に敬礼ごっこをして教室を出た。



廊下を歩いていたら階段を上る春平の姿が見えた。


まだ屋上に行ってなかったんだ!!


珍しい。



春平に追い付いて一緒に行こうと思ったら、私よりも先に畑先生に春平が捕まった。



「おい、和田。どこ行くんだ?」



畑先生は学年主任で口うるさいオッサン。


"こんぺいとう"を持ち歩く春平にいつも罵倒を繰り返す。



「…別に。少しそこまで。」



加えて春平の無表情な反応が気に入らないようだ。



「お前、それが目上に対する態度か!?」


「…はぁ。」


「いつもお菓子を持ってくるわ、開き直ったようなその態度。悪いとは思わんか!!」


「…思います。」


「その態度がふざけていると言ってるんだ!!!」



畑は春平の頭をグーで殴った。


なにそれ!?


教師が暴力ふるっていいの!?



ムカついて急いで春平のところへ行こうとした。



「ホント、少しは反省しろよ。」



しかし追い付く前に畑は先々と行ってしまった。



マジムカつく!!


あり得ない!!



注意するにしても殴っていいわけないし、後半の態度に関してはお菓子は関係なくただの言い掛かりだ!!



「春ッッー」



声をかける前に春平は私に気付かず何事もなかったように階段をまた上り始めた。



やっぱ春平っていつも冷静ですごいな…



コツン…ー


小さな塊が地面に落ちた音がした。



コツン…ー



もう一度聞こえた。



見ると階段から"こんぺいとう"が跳ねるように下りてきていた。



2、3回のバウンドの末に私の目の前まで来たのでキャッチした。



その"こんぺいとう"は…



「…なにこれ?」



それはいつもの桜色ではなかった。


鮮やかの欠片もなく鈍く黒ずんだ、何とも言えない色をしていた。



「本当に…春平の"こんぺいとう"?」



恐らく出来立てであるその形は"こんぺいとう"である。


しかし見たことのない見た目に思わず眉間に皺を寄せた。



…食べてみようかな?


光にかざしても暗い色の"こんぺいとう"を見つめて、ついそう思った。


意味もなく周りの確認をして意を決して、その階段から落ちてきた"こんぺいとう"を口の中に入れた。



ズドンー…



そんな表現だ。



胃に穴が空くような…胸焼けするような…


神経の一部がザワザワとして気持ち悪さに苛立ちを覚えて体が熱い。


脈が早いが、決して良いものではないような感覚となった。



美味しいとか不味いとかそんなんじゃない。



味は悪くないと思うのに、何とも言えない感情が沸き起こり、それ以前の問題だ。



「ケホ…何…これ。」



とてもじゃないけど飲み込めない。



涙がジワッと滲んだ。



私は間違ってゴミを口にしたんだろうか…



いや…あれは確かに"こんぺいとう"。



体はムカムカするけど、鼻の奥はツンとして泣きそう。



これは一体…



「かな…で…?」



呼ばれた声に見上げた。



「…しゅん…ぺい。」



階段の上から春平が私を見下ろしていた。



表情が読めない。



それは逆光のせい?


私の涙のせい?



それとも…


春平…だから?



春平が階段から下りてきて私の手を取った。



「…上で話しをしよう。」



そう言って屋上へと春平に手を引かれ、連れていかれた。



その最中さなか、私は泣いた。


目頭に溜まっていた涙も溢れ出した。



何がそんなに悲しいのか自分でもわからない。



ただ私達はもうこのままじゃいられないということをこの時すでに感じていたのかもしれない。



屋上に来たがそこに青空はなかった。



雲が広がり、私達に陰を落とした。



「奏。」



春平の声にビクッと震えた。


顔が上げられない。


でも上げる必要はなかった。



下げた視線の先に春平の手を差し出されたからだ。



その掌には…"黒い こんぺいとう"。



「春平…これ…」


「奏…この"こんぺいとう"食べたんだろ?」




ズキン…



やっぱり、これは"こんぺいとう"で間違いないんだ…


私はほぼ反射で首を振った。



「違う…食べてない。」



何故か嘘をついてしまった。


春平の作り出す"こんぺいとう"は不味くなんかないって言いたいだけ。


何故かそれを認めたくないのだ。



春平はソッと私の頬撫でた。



「食べたから…泣いてんだろ?」


「……え?」



春平に親指で涙を拭ってくれた。


ゆっくり顔を上げると、近くに春平の顔。


いつもの無表情の顔。



でも天気が曇ってるせいだろうか?


なんだか春平の顔も暗い気がした。



「…俺のせいで…泣いてんだろ?」


「…春…平?どういう意味?何が?その…黒い"こんぺいとう"は…」


「この"こんぺいとう"は…俺の…感情の結晶だ。」



それは春平の力を初めて聞いた時と同じ言葉だった。


しかしそれから先はあの時とは違う続きが待っていた。



「これは…俺の気持ちだから…その時の感情によって味が変わるんだ…」


「味が…変わる?」


「正しく言うと、その時の俺の感情と同じ感情を味わうことができるんだ…」



どういうこと?


春平に聞こえたかわからないぐらいにそう言った。


でも理由を聞きたくて言ったのではなく、ほぼ反射である。


ほんとは意味なんて…なんとなくわかっている。



だってさっき私は黒い"こんぺいとう"を食べたから…



さっきの何とも言えないムカムカした悲しい気持ちは春平が畑に殴られた時に生まれた気持ち…


"それ"を私は食べたのだ。



でも認められない。


認めるのが怖い。



「奏が今まで…食べていたのは、"ちゃんと"大丈夫なのを食べてたんだ。…いや、それだけじゃなくて…」



雨が降ってきた。



ヒュッと喉が詰まって息が上手く出来ない。



「もしお前が俺にドキドキしていたのなら…それはお前のじゃない。それは……」



……うそ……やだ


恐怖で震えた。



「その感情はだ。"こんぺいとう"を食べていたから、風に…錯覚してたんだ。」



私の気持ちじゃ…ない?


錯覚?



なんで…だって…今までは…一体…



もう一度、涙が溢れた。



「俺はずっとお前を騙してた。」


「しゅん…ぺ…」


「俺はずっと卑怯な手を使って、奏を惹き付けてたんだ…」



もうこれ以上に言葉に出来ない。


何が何か…何もかも頭の整理が追い付いていない。



「俺は色んな感情に合わせて、色んな"こんぺいとう"を作る…。さっき"こんぺいとう"を拾い忘れてたと思って…戻ってみたら…お前がいた。」



春平はゆっくり息を吸ってからゆっくりと吐いた。



「いや…でも…いつかバレる時はくるとわかってた。…違う。いつか自分から言わないとって思ってた。」


「…」


「でも…例え嘘でも、奏が一緒にいるのが…」




パンッ




頭で理解するよりも勝手に春平を平手で殴っていた。


そして涙が止まらない。



「私の気持ちは…どうでも…いいの?」


「…ごめん。」


「最低!!!」


「…うん。」


「私は…私は…春平のことが…」



私の気持ちを無視しないでほしい。


そんな風に勝手に決めつけないでほしい。


"こんぺいとう"を使わなくたって私は春平が好きなのに!!



春平は私を見てなかったの?



春平の胸にしがみついて泣きじゃくった。



「それでも私は春平のことが…」


「奏…」



春平は私の両肩を掴んでゆっくりと離した。



「勢いで続きを言ってはダメだ。」



しっかりと私の目を見て…


言った。



「別れよう…」



激しい雨音が辺りを響かせた。


そのせいだろうか?


私の聞き間違えだろうか?



「…春平?」


「今まで"こんぺいとう"で…"俺の感情"で縛ってて…ごめん。…お願い、別れよう」


「な…なんで?だって私…それでも…」


「それは“幻”だ。」


「まぼろし?」



シャラ…

シャラ…


カラン…



"青色のこんぺいとう"が転がった。



地面に落ちてもすぐに雨に溶けて消えていく。



「信じてなくていいけど本当に最初はそんなつもりなくて、俺も初め何の感情かわからなくて……。でも俺の試食の前に奏が先に食べちゃったんだ。」


「……」


「で、食べたの後の奏が俺を見つめる目で、何の感情か……気付いた。その顔で俺も……自覚したんだ」


「……」


「そこから"こんぺいとう"が止まらなくなるってわかっていたのに……でも奏といたくて……俺は……」


「え……しゅ……しゅんぺー」


「これしか言えない。ごめん。今まで俺の"感情"に振り回したせいだ。本当にごめん。奏のその気持ちは…"俺の"であって…"奏の"じゃない。」



肩にあった手がスッと離れた。



「もう俺に近付くな。離れてしばらくしたら、奏も落ち着いて…俺のこと好きじゃなかったってのが…わかってくるよ。」



出てきてはすぐ溶ける"こんぺいとう"。


何色かもわからない。


今、春平がどんな気持ちなのかも…


わからない。

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