甘い味覚

甘い味覚


……———



「塚本、最近来ないな。こんぺいとう食べに…」


「…へ?」



真葵に"食い意地張った女"と言われて二日が経った。


春平に帰りの下駄箱でそう声をかけられた。



春平に "こんぺいとう"目的と勘違いされないように、また色気のない女と思われないように…どうしたらいいのかわからなくて、春平のところへ通わなくなったのだ。



まだ二日しか経ってないのに、そんな風に言われるなんて…



どんだけ食いしん坊と思われていたのだろう…



私は肩を落とした。


そんな様子の私に春平は数回瞬きをして、首を傾げた。



「……?…よくわかんねぇけど、元気出せ。」


「え…や、その…元気がないわけじゃないんだよ?」



むしろ久々に春平と話せて…てか初めて春平から声掛けてもらえて嬉しかったり…



「…そっか。…お前、今日は辻田と一緒じゃねーの?」


「真葵?今日は部活が長引くから先帰れって。」


「…ふーん。じゃあ帰るか…」


「…う…うん!!!」



え?


え?え?


もしかして一緒に下校!?


めちゃくちゃラッキー!!!


私は跳ねるように春平の隣を歩いた。



まるで夢見心地で楽しい。



「塚本って電車?」


「うん!!ここから4つ先の駅に家あるんだ!」


「へぇ。ちょっと遠くから通ってんだ。」


「…言っても30分ぐらいしかかからないよ?」


「俺ん家この近くだから30分は十分遠いよ。」


「近いんだ!!うらやましいな。菊池くんも?」


「あぁ。菊池も近所。」


「そうなんだ。」


「このあとなんかある?急ぎ?」


「え?全然?」


「じゃあ俺ん家寄ってけば?」


「……う…ん。」




俺ん家寄ってけば?



俺ん家?


え?俺ん家?


……一体何が起こってる?



なんで?


え?いいの?


待って待って待って?


何の心の準備も出来てないし…


あ!!ご両親もいるかも!?


どうしよう!?


マナーとか全然わかんないし…



あぁ、ちょっと妄想が飛び過ぎた。


結婚の挨拶じゃあるまいし……彼女ですらないのに。



自分に苦笑しかけたけど、


でも……


でもでもでも!!



嬉しいかも!!


春平のお家に遊びにいける!


まさかのチャンス!?


にやける顔を抑えて春平の後についていった。



到着した春平の家は普通の一軒家だった。


勝手に『和』を想像していた。


”こんぺとう”のイメージに引っ張られすぎ?



「…」


「何?」


「いや…春平ん家って意外と普通だなって。」


「意外って何が?」



そう言いながら春平は家の鍵を開けた。



「ん、どうぞ。」


「あ、おじゃまします!!もしかして…お母さんとかいる?」


「誰もいない。仕事。悪い、ちょっと待ってて。」


「うん。」



玄関で立ったまま二階に上がっていく春平を見送り、言われた通り待っていた。


本当に誰もいないようでシンと辺りの静けさが漂う。


二階にいる春平の足音だけ聞こえる。


しばらくして春平が降りてきた。



「ん、いいよ。上がって。」


「…おじゃまします。」



春平に促されて入ったのは二階の春平の部屋。



「わぁ…整理整頓されてるね。春平の部屋…」


「さっき片付けたから。」


「……エッチな本とか?」


「……ねぇよ。」


「嘘ー!!真葵が男の子は普通ベッドの下とかに隠してるって…」


「ないって」


「ホントー?」


「はいはい、……あと、ちょっと待ってろ。」



そんなくだらないやりとりをしていたら春平がもう一度、下に降りていった。



…一人にされるとなんだか落ち着かない。


舞い上がって変な会話になっちゃったりしなかったかな。


そういや男の子の部屋に入るのって初めて。



トントントンと春平が上がってくる音がする。


なんとなく正座に座り直した。



「これお前に渡そうと思って…ほい。」



そう言って手渡されたのは和紙に包まれ、リボンで結ばれた小さな袋2つ。



「…え?これは…」


「"こんぺいとう"。塚本が食べに来ないからすげぇ余った。だから全部やる。」



また落胆。



恥ずかしい。


すっかり色気のない食いしん坊の女のイメージがすでにもう春平に出来てしまったのだ。



でもだからこそ、ここに誘ってもらえたわけだし…


でも春平にそんな風に思われるなんて嫌だし…


でも…



私の中の小さなジレンマによって何も言えずに2つの包みをジッと見つめた。



私のそんな様子に春平は隣に座って言った。



「もしかしていらなかった?」


「え?」


「"こんぺいとう"。」


「いらないっていうか…その。」


「…飽きた?」


「え!?全然全然!!!!春平の"こんぺいとう"飽きてないよ!!」


「そうか?だってここんとこ食べに来なかったし、俺でも飽きてるぞ?普通。」


「本当にそんなんじゃないって!!春平の"こんぺいとう"美味しくて、飽きなんて全然…」


「いいよ。遠慮しないで。悪かったな…」



そう言って私の手の中にあった包みを取り上げ、開いた。



春平はサラサラとたくさんある"こんぺいとう"をいくつか摘まんで次々に食べ始めた。



違うのに…


"こんぺいとう"食べたいのは本当なのに…


せっかく春平から差し出してくれたのに…


せっかくのチャンスで二人っきりで嬉しいのに、こんなに近くにいるのに…言えない辛さと伝わらない切なさで胸が苦しくなった。



気付いたら春平の学ランの裾を掴んでいた。



「……何?」


「…春平…。」


「…だから何?」


「…」


「…」



自分の気持ちが最高潮に溢れ、この苦しさを言いたくなって


私は告白しようと思った。


しようと思ったんだけど…



声が出ない…


あれ?


おかしい…



変な間が生まれた。



その間…ドキドキが止まらない。


静かな時間が変な空気を作る。


結局、話し出したのは春平だった。



「塚本が元気ねぇーから、」


「…え?」


「前に俺の"こんぺいとう"…好きだって言ってたから、俺その言葉、鵜呑うのみにして……。元気になってもらえると思ったんだ…」


「春平…」


「だから悪い。『来なかった』から『余った』とか本当はどうでもいいんだ。無理に食べなくていい。」


「春平!!!」


「…」


「あのね!!嘘でもお世辞でもないの!!春平の"こんぺいとう"は本当に好き!!食べたい!!」


「…そう。」


「そんなに心配してくれたというか…なんていうか…考えてくれてて…嬉しい…」


「…」


「…です。」


「…おぉ。」


「それに…ね?」


「ん?」


「す…好きなのは…"こんぺいとう"…だけじゃ…なくて…えーっとね?その……待ってね?つまり好きってのは…えっと」



何一つ言葉はまとまらず、後半になるほどにゴニョゴニョと濁っていった。


代わりに春平の裾を強く強く握っていた。



だんだんなんて言ったらいいのかもわからず、恥ずかしくなってきた…



俯く先に影が出来た。





甘いくちどけ。



一瞬、何が起こったのかわからなかった。


ただ春平が食べていた"こんぺいとう"が私の中に流れ込むのがわかった。


とても甘くて、やっぱり春平の"こんぺいとう"は美味しくて

春平の唇は柔らかくて熱かった。



おそらく顔が真っ赤になっている私から春平はゆっくり離れた。


心臓が半端なくおかしく乱れている。


胸というより喉まできて鼓動を打っているような感覚。


それぐらい心音が大きい。



唇を離したが、春平の顔は目と鼻の先に近づけたまま私を見つめてくる。



「…美味しい…か?」



凄い至近距離で表情変えずに冷静な春平とは正反対で私は真っ赤な顔で震えながら小さく頷くことしか出来なかった。



どうしたらいいの?


どうすればいいの?


この状況に混乱しつつも何か言わないといけないと思い、口を開けて言おうとした時、その言葉がまた春平に呑み込まれた。



二度目のキス。



微かに洩れる熱い息に鼓動が止まないまま、瞳を閉じた。


もう一度離れた時に、やっと言葉が言えた。


春平はやっぱり至近距離で冷静に私を見てくる。



「…春平。」


「…ん?」


「な…なんで…」


「…ごめん。」


「………い……いや、謝ってほしいわけでは。」


「…」


「…」


「…」


「わ…私さ、キ……キス…したことないから、さ…突然されると…凄い…その…ドキドキするっ…ていうか、恥ずかしいっていうか…わかんない。心臓が変…」


「大丈夫。」


「な…なんで?」


「…俺も。」


「…へ?」


「俺も心臓…変。」




その時


気付いた。




部屋が


小さな小さな


一面がピンクの花畑みたいに


なっている。



全て


"こんぺいとう"


たくさんの


"こんぺいとう"が


春平を中心に


咲いているのだ。




春平の


"感情"が


咲いている。



「春平も…変?」


「…うん。」


「そんなに冷静なのに?」


「冷静じゃないよ。」


「でも…全然…表情変わらな…」


「…でも、"こんぺいとう"が溢れてる。」


「…うん。」


「お前に近づく度に…」


「…うん。」


「"こんぺいとう"が…止まらない。」


「うん…―ッん。」



もう一度、舌に転がる"こんぺいとう"。



こんなにも甘い"こんぺいとう"を…私は知らない。

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