戻れない

戻れない


……———



菊池くんと話をして数日、私は未だに動けずにいた。



一度、自分から春平を手放してしまったこと。


たかが自分のプライドで春平に怒りを抱き、春平から目を反らしてしまった。



だから春平はもう…私を見ることはなくなった。



私はもう一度、春平と話し合いたいと思った。



…でも、



どうやって?



いや、声をかければそれで済む。


何もわからないことも難しいこともない。



勇気ときっかけさえあれば…



真葵には春平とまた話しがしたいというのは言ってない。


これ以上、心配かけたくないし…



せめて春平ともう一度、話が出来てから報告したいと思ってる。



でも真葵と一緒にいる教室では春平に声をかけられない。


昼休みに屋上に行ってみても、もう春平の姿はない。


何日か行ってみて、いないとわかってても『今日はもしかして…』なんて足を運んでしまう。



…やっぱり今日もいなかった。



溜め息をついて屋上のフェンスに手をかけて、町を見下ろす。



春平といる屋上はいつも風が気持ち良かったな…



『また来たのかよ…』



なんていう春平の声が聞こえてきそうだ。



付き合う前も春平に会うために、こうして毎日屋上に来たっけ…


ここで心臓が熱くなるキスもした。



春平の"こんぺいとう"をいつも食べてはドキドキしてた。



…春平の"好き"の"こんぺいとう"は一体いつから貰ってたんだろう?



私が春平のことを好きだと思ったのはだいぶ前だった気がする。



初めてもらった図書室では単純に美味しいって…



「……あ。」



そうだ。


私、屋上ばっか行ってた…


急いで図書室へ走った。



途中、見知らぬ教師に注意されたけど無視だ、無視!!



図書室目前で足を緩めて、深呼吸をした。


緊張で揺れる手でゆっくりとドアを開けた。



「…いた。」



初めて"こんぺいとう"を貰った時と同じ場所に春平は座っていた。


気付かれないように、あの時と同じように、春平の向かいに座った。



その気配で春平も顔を上げる。



「…あ。」


「あーっと……そう……よぉ!!春平!元気!?」



なんとも言えない男勝りな挨拶をしてしまった。



私、何キャラ!?



春平は困った顔も嫌な顔もしないで、いつも通りに無表情だった。



ただ…



カラン…



"こんぺいとう"が生まれる。



春平はすかさずそれを拾っては私を見た。



「…何?」



無表情って…なんかやっぱ、怒ってるっぽく見える。


怖い。



カラン…



俯いてたら、また"こんぺいとう"が出ていた。



私、頭悪いのかも…。


食べてないのに…"こんぺいとう"見ただけで、春平がいると思うだけで…ドキドキする。



意を決した。



「あの…やっぱり、春平が嫌いじゃないって…思ったの。」


「…」


「これからも…春平と一緒にいたいって思った!!」


「…うん。」



ドキドキする。


久々の春平の声だ。


春平の"こんぺいとう"の匂いがする。



「春平…」


「何?」


「ダッ……ダメかな?これからも、今まで通りじゃ…」



目の前で春平が立ち上がる音がした。


ビクッと震えて、顔を上げられなかった。


あぁ……だめ、行かないで。


神様!!



カランコロンカラン…



シャラシャラと涼しげな音が届いた。



「…ありがとう。」


「え?」



春平の顔をもう一度見る。



やっぱり無表情。


でも数個の"こんぺいとう"が生まれてる。



「そう言ってくれて…嬉しい。ありがとな。」


「う…うん!!」


「『塚本』がそうしたいのなら、したい様にしたらいい。」


「うん!!…って、え?え?」


「時々、前みたいに普通に話そう。」


「…うん。」



春平は机に広がった"こんぺいとう"をササッと手際よく集めて、自分の袋に詰めた。



「そろそろ昼休み終わるし…帰るか。」


「うん……あ!!ねぇ、春平?」


「ん?」


「"こんぺいとう"ちょうだい?」



そう言ったら、春平は少し目を見開いてから元の顔で瞬きをした。



「あんま食べると太るぞ。」



それだけ言って、私の頭をポンポンと軽く撫でた。



春平は「教室戻るか。」と背中を向けて歩き出した。



あれ?


"こんぺいとう"貰えない?


それに私のこと…『奏』とは呼んでくれなかった。




『それからアイツは俺に"こんぺいとう"を渡さなくなった。』


『…"こんぺいとう"をくれることは二度となかった。』



あぁ…そうだ。


春平はそういう人だと菊池くんが言ってた。



もう誰も傷付かないようにする人だって…



そして、これはもう春平は私と『前みたいに、いつも通り』に戻るつもりは…ないんだ。


菊池くんの言葉の意味が今更…わかった。



"ない"んだ…



私は…フラれたのだ。

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