【番外編1】sweet emotion

花よりも星よりもキミが好き


『俺も奏が好きです』



少しハニカんだ笑顔の春平と星空の下、私達は再スタートをした。



これからは何の問題もない──そう思っていた。


しかし全くの元通りとは少し違った。




―――――番外編 花よりも星よりもキミが好き―――――




「え?無くなった?こんぺいとうが?」



真葵は私に聞いてるのか春平に聞いてるのか、どっちつかずな感じで私達を交互に見た。



「いや、全く無くなったわけじゃなくて……前より数が減ったんだよね?春平」



私達以外に誰もいない放課後の教室で、隣に座っている春平はただ頷いた。


その傍で立っている菊池くんは春平を見下ろしながらニコニコと笑っていた。



「俺には良い傾向だと思うけどな」


「え……どこらへんが?」


「今までは表情出せなかった代わりに“こんぺいとう”が出てたんだろ?“こんぺいとう”が減った分、春平も表情作れるようになってきたじゃん」



言われたら、そうかも。


急に喜怒哀楽がハッキリしたわけじゃないけど、最近の春平はちょっとだけ表情に変化を見せるようになってきた。



「えー?私には前と同じに見えるけど?」



真葵の言葉に対して、春平も無表情で頷いた。



「そう言ってるのは奏と菊池だけで、俺自身に自覚はない」



春平の返答に私は首を大きく振って否定した。



「えー!!全然違うよ!!今までは本当にただ真顔だったのに、今は眉毛がグッと動いたり、目がスッと動いたり、口がフッと動いたり」


「カナ……悪いけど、擬音ばっかで伝わらない。つーか、そんな熟練夫婦にしかわからないような変化を言われても私はわからないから」


「え、えへへー…熟練夫婦ですか」


「照れんな!!キモッ!!」



私と真葵のやり取りを菊池くんはゲラゲラ笑って、春平はほんの少し首を傾げただけだった。



「でもまぁ、だから春平にとって悪いことじゃねーじゃん?“こんぺいとう”が減ったってのは。奏ちゃんのおかげ!!」



私のおかげかはわからないけど、菊池くんの言葉に確かにそうかも……とは思いつつも、



「でもなんか寂しい」



私が言ったことに春平が僅かに目を細めた。



「寂しい?」


「なんでかよくわからないんだけど……うーん、寂しい!!」



自分でも何て言ったらいいんかよくわからないけど、春平に表情が生まれることに賛成でも、“こんぺいとう”は無くなってほしくない……みたいな?



変わるって嬉しい反面、寂しい。



私のそんな矛盾した気持ちをどうやって上手くまとめて伝えようかと腕を組んで悩んでいたら、菊池がまた笑った。



「春平がいつまでも“こんぺいとう”出っぱなしじゃ奏ちゃんも困るんだからいいじゃん?」


「困る?全然そんなことないよ?」


「付き合っていく内に困る時が来るって」


「え?そうかな?たとえば?」


「例えばも何も、決まってんじゃん!!セック──」



猛然と立ち上がった真葵と春平が菊池くんを袋叩きにした。



えぇっ?


何何何っ!?


二人とも急にどうしたの!?



真葵とか分厚い辞書使って殴ってますけど!?



「バカじゃないの!?あんたマジでバカじゃないの!?カナに変なこと言わないでくれる!?」


「別に変なことじゃ…痛い痛い!!真葵!!それ凶器!!春平も無言で殴んな!!」


「……」


「ど…どうしたの、二人とも!?」



春平は僅かに眉間にシワを寄せて、焦った私を見た。



「奏は知らなくていい」



カラン


コロン




……あ、


こんぺいとう。



赤褐色のそれを見て、春平が何やらちょっと怒っているんだとわかった。



机に転がった一粒のそれを拾って眺めた。



元通りじゃないのは、“こんぺいとう”の数だけじゃない。


春平はまだ私に“こんぺいとう”をくれない。


もう一度付き合ってから一週間経つだけど、もう一度付き合うって……前と全く同じってわけじゃないんだ。


お互い好きだと確認し合えても、春平はまだ“こんぺいとうの力”を気にしているのかもしれない。



確かに簡単に他の誰かにあげていいモノじゃないのかもしれないけど……



そこもなんだかちょっと寂しい。



色々と考えてるうちに、手のひらに転がしていた“こんぺいとう”をヒョイッと取り上げられた。


菊池くんを殴っていたはずの春平が、いつの間にか近くに来ていたのに気付かなかった。


「あ」と思う間もなく春平が食べてしまった。



まだ春平のテリトリーに入れてもらえないんだっていう行動に、本当に「あ……」と言いたくなった。



「あーぁ!!菊池のアホのせいで疲れた!!カナ帰ろう!!」


「真葵!!散々、人を殴っといて…しかも辞書で!!俺の扱いひどくねぇかっ!?」


「普通!!当然!!自業自得!!ね、和田?」



春平は自分のカバンを手に取って、無言で頷いた。



殴られてた菊池くんには悪いけど、皆でいるこの空間が、なんだかちょびっと楽しそうに見えて、クスクスと笑った。



「帰ろうか」



私の言葉に皆、自分の机にある荷物を取りに行った。



「なぁ奏ちゃん、春平も真葵もひどくねぇ!?」



廊下に出ながら口を尖らす菊池くんに、私はやっぱり笑った。



「あはは、何かわからないけどお疲れさま」


「だよねー、そう思うよね。もう俺の味方は奏ちゃんだけだ」



溜め息をつきながら首を振る菊池くんは、仲間アピールなのか私の肩に腕を回した。


けど菊池くんの「いてっ」の言葉と共にその腕はすぐに離れた。


後ろから春平が菊池くんの頭を叩いたのだ。



なんだか今日は菊池くんがひどい扱いだなー。


だけど菊池くんは頭を撫でながら何故か笑った。



「いてて……奏ちゃん、これから苦労するかもね」


「苦労?なんで?」


「こんな嫉妬深いムッツリが彼氏じゃ……」



菊池くんの言葉に春平は眉毛をちょっとだけ、寄せた。


あ…ちょっと怒ってる。


なんで?



菊池くんが嫉妬深いって言ったから?


……ん?


んん?



「えぇっ!?春平、嫉妬したの?」



菊池くんと仲良くしたから?


だから殴ったの!?



「……」



しばらく黙って私を見下ろしていた無表情の春平はフイッと視線を反らして、先に行ってしまった。


若干、早歩き。



私のすぐ側で菊池が可笑しそうにクククッと笑いを漏らした。



「しかも加えてシャイだよ。奏ちゃん、ホント苦労するね?多分」


「えっ?今の和田は、照れたの!?全然わかんねぇ!!」



真葵はビックリしたようで、大声で言ったことが廊下に響いた。



嫉妬……


嫉妬かぁ!!



なんだかくすぐったい気持ちに私は笑顔になった。


嫉妬されるって、ちょっと嬉しい!!



今すぐにでも春平の傍へ行きたい。



だから二人に向かって敬礼をした。



「お二人とも!!お先に失礼しますっ!!」



菊池くんは楽しげにヒラヒラと手を振り、真葵は呆れたように私に向かってシッシッと手で追っ払った。



気を利かせてくれた二人を残して、私は先々行ってしまった春平のところまで走った。


サッサと行った春平に追い付いたのは階段を降り切った一階だった。



「春平っ!!」


「……」


「春平、待って!!」



春平の腕を取り掴まると、春平はわずかにビクッとなったあと私を見下ろした。



表情は変わらないまま私を見る春平。



無口だけど、私の話には必ず耳を傾けてくれる。


今だって私の手を払うことなく、そこにいてくれる。


付き合う前から春平は変わらず優しい。


私、知ってるよ。



だから私は、一週間ぐらい春平の“こんぺいとう”をお預けされていても、ハッキリと言える。



「春平!!」


「…………何?」


「大好き!!」



照れ笑いを誤魔化すようににして、春平の腕をギューッとして顔を隠した。



頬をその腕に寄せて、ギューッ。


ちょっと、恥ずかしい。


でも嬉しい!!


“こんぺいとう”を食べてなくても、春平に伝えれた。



『大好き』って!



「春平大好き!!」


「あの……」



遠慮がちに春平が言葉を挟んだ。



「奏……さすがに、」


「え?」


「少し心臓に悪い」



私が掴まっている腕とは反対の掌には、色とりどりの数個の“こんぺいとう”があった。



花畑のようになる程に


星が瞬くようになる程に…


そんな風に…前みたいに“こんぺいとう”が溢れることはなくなった。



だけど代わりに春平は少し赤い顔で目を背ける。



そのわずかな表情の変化は意外にわかりやすいぐらいに素直。


照れ屋で嘘が付けない。



だから、聞きたい。


一回しか聞けてない言葉を。



「春平は?」


「え?」


「春平は?」


「……」



なかなか『好き』を言ってくれない。


少し赤みが差し込んでいる真顔は、無言で私を見つめた。



しばらく動かなかった春平は突如、私の手を引っ張った。



「え……しゅんぺ──」



一階にあったロッカーと壁の隙間に追いやられた。



目の前を春平に塞がれるだけで、視界は春平だけでいっぱいになった。



この距離、ドキドキ……する。



「多分……な、」



春平はゆっくりと話した。



「もうそんなに……長くはないと思うんだ」


「え?」


「“こんぺいとう”」



“こんぺいとう”が消える。


そんなに遠くない未来。



胸がズキッとした。



「な……なんで……」


「わかんない……けど、“こんぺいとう”の数が減るなんて、今までなかったことだし……」


「で…でも、」


「上手く言えないけど、自分のことだから……よくわかる。これはただ減ってるんじゃなくて──」


「“こんぺいとう”が……なくなるって?」


「うん」



春平の表情はほんの少し目を伏せただけだけど、もしかしたら春平も戸惑っているのかも。


こんな時に私は何も言えない。



「だから……奏、これ」


「え?」



春平は先ほどの掌の“こんぺいとう”を私に差し出した。



「……春平」


「俺は奏と違って……そこまで真っ直ぐに…その、……気持ちを口に出来ないけど、でも“これ”は俺の感情だから……」


「……食べていいの?」



春平はゆっくりと頷いてくれた。



「俺にとって……厄介な力だったけど、奏がこの“こんぺいとう”を好きだって言ってくれて…力が無くなるのが寂しいって言ってくれるなら……無くなるかもしれない結晶を、奏にも知っていてほしい」


「うん」


「奏に覚えていてほしい。俺の感情の欠片を……」



嬉しい。


ちょっと……じゃなくて、かなり。



春平の手から“こんぺいとう”を取った。


でもあんなに遠回しにされていただけに、いざ食べていいと言われると…なんだか余計に躊躇ちゅうちょしてしまう。



「春平、ホントにいいの?」


「うん。……俺、実は少し嬉しいんだよ」


「嬉しい…の?」


「あぁ。つまり俺の気持ちそのものを……俺の想いをまるごとそのまま奏に伝えることが出来るってことだろ?」


「う……うん」


「それって俺にしか出来ない、最上級の告白って思えるんだ」


「あ……うん!!そうだね!!」


「俺……」



春平は私を優しく抱き締めた。



「生まれて初めて、この力があって良かったって思える」



廊下に響くのは“こんぺいとう”が転がる音。


聞こえるのは自分の心臓。


ドキ


ドキ


ドキ



「奏に出会ったおかげでそう思えることが……嬉しい」


「……うん!!」



私も抱き締めて、春平の胸に顔を寄せた。


春平は一瞬ビクッと震えたけど、すぐにもう一度ギュッとしてくれた。



ドキ


ドキ


ドキ



春平と少しスキマを開けて、手の中にあった“こんぺいとう”を口に含んだ。


春平はそれをじっと眺めていた。



「……美味しい?」


「うん!!」



春平はそのまま私のおでこに春平のおでこをくっ付けて、見つめた。



「俺のドキドキ……伝わる?」



ドキ


ドキ



「そ……それは、」


「うん?」


「食べる前からドキドキしすぎて……よくわからない……かも…です」


「……」


「あ…あの!!だからもう一個──」



春平に唇を塞がれた。


春平のキスはいつも突然。

春平のキスはいつも甘い。



そのキスから“こんぺいとう”の甘い香りがする。



春平の“好き”の感情が私へと流れてくる。



“好きだ”


“大好きだ”



最上級の告白。



私も春平のことが好き。



大好き



そっと春平が離れてから、ココが学校であることを思い出して、より顔が熱くなった。



「あの……誰か…まだ、学校残ってるかも」


「……うん。だから……シー」



私に静かにという合図のシーを口にした春平はソッと近付き、私達はもう一回キスをした。



甘過ぎるキスに私の頭はぼんやりトロけた。


男の子の唇って…柔らかい。



チュッと音とともに春平が顔を離した時は妙に名残惜しい


─なんて考えちゃった私ってスケベ?



真っ赤な私とは違って、真顔で私をジッと見つめる春平が凛々しくて、もっとドキドキする。



「私にも……春平の力があればいいのに」


「……なにそれ」


「私の感情も結晶になって、春平に食べてもらえたら……どれだけ春平のことが好きか…春平への想いがわかってもらえるのに」


「……」


「春平はいいなー!!」



春平の目が少し細くなり、その口が緩まった。


“こんぺいとう”の音も匂いもない。



「お前って……やっぱり変わってる」



だけど“こんぺいとう”の代わりに、フッと微笑む春平に胸がキュッと苦しくなった。



私は春平の笑顔が大好きだって思った。


“こんぺいとう”がいつか無くなっても、きっと私の中で甘い感情が生まれ続けていく。

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