## 第三章:月下の決闘
## 第三章:月下の決闘
朝靄が晴れ、陽光が鷹乃道場を照らし始めた頃、椿丸は水浴びを終えたところだった。髪から滴る水滴が、引き締まった肩を伝い落ちる。整った顔立ちと澄んだ瞳は、まるで絵に描いたような美しさだ。
その時、十四郎が道場の縁側に姿を現した。年の割に若々しい肌に、凛とした眉。長年の鍛錬で磨き上げられた肉体は、着物の下でしなやかに動く。その姿は、まさに日本刀のように研ぎ澄まされた美しさを湛えていた。
二人の視線が絡み合う。一瞬の沈黙の後、十四郎が口を開いた。
「椿丸、準備はいいか」
「はい、先生」
椿丸は髪を束ね、着物を整えた。二人は並んで歩き出す。その姿は、まるで一幅の絵のような調和を醸し出していた。
道場を出た二人は、町へと向かった。妖刀使いの捜索を続けるためだ。しかし、この日もまた、決定的な手がかりは得られなかった。
夕暮れ時、疲れた様子で道場に戻る二人。
「先生、このままでは…」
椿丸の言葉を、十四郎が遮った。
「焦るな。必ず手がかりは現れる」
その時、一人の男が慌ただしく近づいてきた。
「鷹乃様!大変です!」
「どうした」
「妖刀使いが、また現れたそうです。今度は…」
男は息を呑んで言葉を続けた。
「葉隠様が、妖刀使いと戦っているそうです」
十四郎の表情が一変した。
「葉隠だと?椿丸、行くぞ!」
「はい!」
二人は急いで現場へと向かった。月が出始めた頃、彼らは町はずれの丘に到着した。
そこには、一人の男が立っていた。月光に照らされた刀身が不気味に輝いている。
「葉隠…」
十四郎の声に、男――葉隠が振り返った。
「やあ、十四郎。久しぶりだな」
葉隠もまた、端正な顔立ちの持ち主だった。しかし、その目には狂気の色が宿っている。
椿丸は驚いて十四郎を見た。
「先生、この人を?」
十四郎は険しい表情で答えた。
「かつての同門だ。だが今は…」
葉隠が言葉を継いだ。
「そう、かつてはな。だが今は、この妖刀を手に入れた。もはやお前など足元にも及ばんよ、十四郎」
十四郎は刀に手をかけた。
「葉隠、なぜそんなものに手を染めた」
「力だ。誰もが求める、絶対的な力をな」
葉隠は妖刀を構えた。その刀身が、月光を吸い込むように黒く輝いている。
「さあ、久しぶりの決闘といこうか」
十四郎は椿丸に目配せした。
「下がっていろ」
椿丸は躊躇いながらも後ろに下がった。
二人の剣士が向かい合う。風が止み、世界が静寂に包まれた。
次の瞬間、二人の姿が消えた。
きらめく刃。火花が散る。
二人の動きは、椿丸の目にはほとんど捉えられなかった。
しかし、徐々に形勢が見えてきた。十四郎が押されている。妖刀の異常な切れ味に、十四郎の技が通用していないのだ。
「どうした十四郎!これがお前の実力か?」
葉隠の嘲笑が響く。
十四郎は額に汗を滲ませながら、必死に応戦する。しかし、じわじわと追い詰められていく。
そして――。
「先生!」
椿丸の叫び声と共に、十四郎の肩から血が噴き出した。
葉隠が勝ち誇ったように笑う。
「これで終いだ、十四郎」
葉隠が止めを刺そうと刀を振り上げた瞬間。
「させるか!」
椿丸が割って入った。
「椿丸、下がれ!」
十四郎の叫びも聞かず、椿丸は葉隠に斬りかかる。
しかし、葉隠はそれをいとも簡単に受け流した。
「ほう、弟子か。面白い」
椿丸は必死に戦うが、葉隠の前ではまるで子供のようだった。
そして――。
「死ね!」
葉隠の刀が、椿丸めがけて振り下ろされる。
その時だった。
鈍い音と共に、葉隠の動きが止まった。
「なっ…」
葉隠の背後に、十四郎の姿があった。刀の峯で葉隠の後頭部を打っていたのだ。
葉隠はゆっくりと倒れ込んだ。
十四郎は肩を押さえながら、椿丸に言った。
「無茶をするな」
椿丸は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません…でも」
十四郎はため息をつきながら言った。
「分かっている。礼は後だ。まずは此奴を縛り上げるぞ」
二人は気を失った葉隠を縛り、妖刀を安全な場所に封印した。
月が西に傾き始めた頃、十四郎と椿丸は疲れた様子で丘を降りていった。
道場に戻ると、十四郎は椿丸の手当てを始めた。
「痛くないか」
「大丈夫です。先生こそ…」
椿丸は十四郎の肩の傷を心配そうに見つめた。
「これくらい、何でもない」
そう言いながらも、十四郎の表情に苦痛の色が浮かぶ。椿丸は思わず十四郎の手を取った。
「先生、私にも手当てさせてください」
その真摯な眼差しに、十四郎は静かに頷いた。
椿丸が十四郎の傷に薬を塗る。その指先の優しさに、十四郎は心が和むのを感じた。
「椿丸」
「はい」
「お前は…よくやった」
椿丸の頬が赤く染まる。
「先生のおかげです」
二人の視線が絡み合う。そこには言葉以上の何かが宿っていた。
しかし、この夜の出来事は、まだ始まりに過ぎなかった。妖刀の謎、そして二人の関係は、これからどう変化していくのか。誰にも分からない。
ただ、月明かりに照らされた二人の姿は、まるで一幅の美しい絵のようだった。その美しさの中に、未来への希望と不安が交錯している。
刃に宿る想いは、まだ語られぬままに。
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