## 第二章:妖刀の噂
## 第二章:妖刀の噂
早朝の鷹乃道場。まだ朝靄の立ち込める中、椿丸は一人で素振りの稽古に励んでいた。汗で濡れた前髪を払いのけながら、必死に刀を振る。
「もっと…もっと強く…」
その時、背後から声がかかった。
「随分と早いな」
振り返ると、そこには十四郎が立っていた。いつもの厳しい表情だが、どこか柔らかさも感じられる。
「先生!おはようございます」
椿丸は慌てて刀を収め、頭を下げた。十四郎はゆっくりと椿丸に近づいた。
「無理はするな。だが、その熱心さは良いことだ」
「はい!先生のようになりたいので…」
言いかけて、椿丸は顔を赤らめた。十四郎は微かに笑みを浮かべる。
「そうか。だが、まだまだだぞ」
そう言いながら、十四郎は椿丸の姿勢を直す。その手の温もりに、椿丸は心臓が高鳴るのを感じた。
「さ、朝食の時間だ。他の者たちも起きる頃だろう」
「はい!」
二人が食事の間に向かっていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「先生!大変です!」
駆け込んできたのは、弟子の一人、健太郎だった。
「どうした」
「噂の妖刀使いが、また現れたそうです!今度は町の外れで…」
十四郎の表情が一変する。
「詳しく話せ」
健太郎は息を整えながら話し始めた。昨夜、町の外れにある古い神社で、謎の殺人事件が起きたという。被害者の傷は尋常ではなく、まるで紙を切るように体が両断されていたそうだ。
「間違いなく、妖刀の仕業です」
十四郎は腕を組み、考え込んだ。
「椿丸」
「はい」
「お前も来い。現場を見に行くぞ」
椿丸は驚きながらも、嬉しさを隠せなかった。
「分かりました!」
二人が出発の準備をしていると、道場の古株弟子、源太が近づいてきた。
「先生、椿丸を連れて行くんですか?まだ入門したばかりですよ」
十四郎は静かに答えた。
「椿丸には、何か特別なものを感じる。この件に関わる必要があるはずだ」
その言葉に、椿丸は身が引き締まる思いがした。
町に向かう道中、椿丸は十四郎に尋ねた。
「先生、妖刀とは一体…」
十四郎は遠くを見つめながら答えた。
「伝説によれば、人の怨念が宿った刀だという。それを振るう者は、常人離れした力を得る。しかし、その代償として…」
「代償として?」
「魂を喰われるのだ」
椿丸は背筋が凍る思いがした。十四郎は椿丸の肩に手を置いた。
「恐れるな。だが、油断もするな」
その手の温もりに、椿丸は少し安心を覚えた。
現場に到着すると、そこには既に多くの野次馬が集まっていた。十四郎は群衆を掻き分け、神社の中に入っていく。椿丸も必死についていった。
神社の境内に入ると、空気が一変した。異様な緊張感が漂い、椿丸は思わず十四郎の袖を掴んでしまう。
「怖いのか?」
「い、いえ!大丈夫です」
慌てて手を離す椿丸だったが、十四郎は優しく微笑んだ。
「正直で良い。恐怖を認識することも、強さだ」
その言葉に、椿丸は胸が熱くなるのを感じた。
二人が本殿に近づくと、そこには凄惨な光景が広がっていた。床一面に血が飛び散り、壁には得体の知れない傷跡がついている。そして、その中央に横たわる遺体。
椿丸は思わず目を背けそうになったが、十四郎の背中をじっと見つめた。動じる様子もなく現場を調べる姿に、畏敬の念を抱く。
「椿丸、こっちを見てみろ」
十四郎に呼ばれ、椿丸は恐る恐る近づいた。
「この傷を見ろ。どう思う?」
椿丸は勇気を振り絞って傷跡を観察した。
「あ、これは…」
「そうだ。通常の刀では、絶対にできない傷だ」
その時、外から騒がしい声が聞こえてきた。
「先生!」
駆け込んできたのは健太郎だった。
「どうした」
「また新たな被害が!今度は町の中心部で…」
十四郎の表情が険しくなる。
「椿丸、行くぞ」
「はい!」
二人が現場を後にしようとした時、椿丸は不思議な感覚に襲われた。まるで誰かに見られているような…。振り返ると、本殿の奥に何かの影が見えたような気がした。
「どうした」
「いえ…何でもありません」
椿丸は首を振り、十四郎の後を追った。しかし、背中に感じた視線の冷たさは、なかなか消えなかった。
その日の夜、道場に戻った二人は、弟子たちに現場の状況を説明した。皆、真剣な面持ちで聞いている。
「これより、夜の見回りの人数を増やす。不審な者を見かけたら、すぐに報告するように」
十四郎の指示に、全員が頷いた。
夜更け、椿丸は眠れずにいた。日中見た光景が、頭から離れない。ふと、庭に人影を感じ、そっと障子を開けた。
そこには、月明かりに照らされた十四郎の姿があった。
「先生…」
十四郎は振り返り、椿丸に目を向けた。
「眠れんのか」
「はい…」
椿丸は恐る恐る十四郎の傍らに立った。
「先生は、あんな現場を見ても平気なんですね」
十四郎は静かに答えた。
「平気ではない。だが、動揺してはならんのだ」
「そうですか…」
「椿丸」
「はい」
「お前は良くやっている。恐れずに現場に来たことを誇りに思え」
その言葉に、椿丸は胸が熱くなった。思わず、十四郎の手を握りしめていた。
「あ、すみません」
慌てて手を離そうとする椿丸だったが、十四郎はその手をしっかりと握り返した。
「大丈夫だ。私もお前がいてくれて心強い」
月明かりの中、二人は言葉もなく立ち尽くしていた。その時、椿丸の中で何かが確信に変わった。この人のためなら、どんな困難でも乗り越えられる。そう、心に誓ったのだった。
しかし、これは長い物語の始まりに過ぎなかった。妖刀の謎、そして二人の関係は、これからどう変化していくのか。誰にも分からない。ただ、二人の手が絡み合ったまま、夜は更けていった。
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