刃に宿る想い
影燈
## 第一章:桜舞う道場にて
# 刃に宿る想い
## 第一章:桜舞う道場にて
春風が桜の花びらを舞わせる朝、鷹乃道場は早くも活気に満ちていた。新しい弟子、椿丸の初めての稽古の日である。
「おい、あれが噂の新入りか?」
「随分と若いな。大丈夫なのか?」
道場の隅で、古参の弟子たちがひそひそと話している。椿丸は緊張した面持ちで、刀を手に立っていた。その姿は凛々しく、若さゆえの不安を感じさせない。
そこへ、十四郎が現れた。
「静かにしろ」
その一言で、道場内の私語は止んだ。十四郎の威厳ある姿に、椿丸は思わず見とれてしまう。
十四郎は椿丸の前に立ち、厳しい目で見つめた。
「椿丸。覚悟はできているな」
椿丸は真っ直ぐに十四郎を見返した。その瞳に、決意の炎が燃えていた。
「はい、先生」
十四郎は満足げに頷き、他の弟子たちに向き直った。
「今日から、椿丸が我が道場で学ぶ。皆、手加減せずに稽古をつけてやれ」
弟子たちは「はっ!」と答えた。しかし、その目には疑念の色が浮かんでいた。
稽古が始まった。
最初は基本の型の練習だ。椿丸は必死に十四郎の動きを真似ようとする。しかし、長年の鍛錬を積んだ十四郎の動きは、一朝一夕では真似できるものではなかった。
「もっと腰を落とせ」
「刀筋が甘い」
「足の運びが遅い」
厳しい指摘が次々と飛ぶ。椿丸は歯を食いしばって必死に応えようとする。その真摯な姿に、十四郎は密かに感心していた。
昼になり、小休憩の時間。椿丸は汗だくで、息も絶え絶えだった。
「おい、大丈夫か?」
声をかけてきたのは、道場の古株弟子の一人、源太だった。
「は、はい…大丈夫です」椿丸は精一杯の笑顔を作った。
源太は苦笑いを浮かべた。「無理するなよ。ここの稽古は厳しいからな」
その時、十四郎が近づいてきた。
「椿丸、ちょっと来い」
椿丸は慌てて立ち上がり、十四郎についていった。道場の裏手にある小さな庭に着くと、十四郎は立ち止まった。
「どうだ、稽古は」
「はい…厳しいですが、頑張ります」
十四郎はじっと椿丸の目を見つめた。その鋭い眼差しに、椿丸は思わず息を呑む。
「お前には才能がある。だが、それだけでは足りん」
「はい…」
「刀の道は長い。焦るな」
十四郎の声には、普段の厳しさの中に僅かな優しさが混じっていた。椿丸は胸が高鳴るのを感じた。
「先生…私、必ず強くなります。先生のような剣士に…」
言葉を詰まらせる椿丸に、十四郎は微かに笑みを浮かべた。
「私のような、か。まあ、焦るなと言っただろう」
そう言って、十四郎は椿丸の肩に手を置いた。その温もりに、椿丸は驚きと喜びを感じる。
「さあ、戻るぞ。午後の稽古はもっと厳しいからな」
「はい!」
二人が道場に戻ると、他の弟子たちの視線が集まった。十四郎と椿丸の間に流れる空気が、何か特別なものに変わっていることを、皆が感じ取っていた。
午後の稽古は、予告通り激しいものだった。しかし椿丸は、十四郎との会話で得た勇気を胸に、必死に食らいついていく。
「おい、椿丸!その動き、さっきより良くなってるぞ!」源太が声をかけた。
椿丸は嬉しそうに頷いた。「ありがとうございます!」
その様子を見ていた十四郎の顔に、僅かな笑みが浮かんだ。
夕暮れ時、稽古が終わった。椿丸は疲れ果てていたが、充実感に満ちていた。
「椿丸」
振り返ると、十四郎が立っていた。
「はい、先生」
「今日の稽古、よく耐えた。明日からはもっと厳しくなるぞ」
その言葉に、椿丸は緊張と期待が入り混じった表情を見せた。
「はい!頑張ります!」
十四郎は椿丸の頭を軽く叩いた。「よし、休め。明日も早いぞ」
椿丸が深々と頭を下げると、十四郎は踵を返して立ち去った。その背中を見つめながら、椿丸は胸の高鳴りを感じていた。
「先生…」
その夜、椿丸は布団に横たわりながら、一日の出来事を思い返していた。厳しい稽古、十四郎の言葉、その温かな手の感触。全てが鮮明に蘇ってくる。
「強くなる…先生のように…いや、それ以上に…」
椿丸は拳を握り締めた。そこには、強くなりたいという想いだけでなく、十四郎という人物への憧れ、そしてまだ自覚していない恋心が芽生えつつあった。
一方、自室で静かに座っていた十四郎も、椿丸のことを考えていた。
「あの小僧、なかなかやるな…」
普段は冷静沈着な十四郎だが、椿丸のことを思い出すと、何故か心が落ち着かない。それが何を意味するのか、まだ十四郎自身も理解していなかった。
月明かりが道場を静かに照らす中、二人の心は知らずに寄り添っていた。これが、長い物語の始まりに過ぎないことを、誰も知る由もなかった。
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