## 第五章:山中の修行

## 第五章:山中の修行


葉隠の脱出から一週間が過ぎた。手がかりを求めて奔走する日々の中、十四郎は一つの決断を下した。


「椿丸」


「はい、先生」


「明日から、山中の古刹に向かう。そこで修行を積むことにした」


椿丸は驚いた様子で尋ねた。


「山中の古刹ですか?」


十四郎は静かに頷いた。


「ああ。その寺には、妖刀に関する古い伝承が伝わっているという。それを調べつつ、我々の技を磨くのだ」


椿丸の瞳が輝いた。


「はい!」


翌日の朝、二人は早々に出発した。道場を出る時、他の弟子たちが見送る。


「先生、椿丸、気をつけて」


源太が声をかけた。十四郎は無言で頷き、椿丸は深々と頭を下げた。


山道を登りながら、椿丸は十四郎の背中を見つめていた。逞しく、頼もしい背中。それなのに、時折見せる優しさに、椿丸の心は揺れる。


「どうした」


突然振り返る十四郎に、椿丸は慌てて目をそらした。


「い、いえ!なんでもありません」


十四郎は不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も言わずに歩き続けた。


夕暮れ時、二人はようやく目的の寺院に到着した。古びた山門をくぐると、一人の老僧が出迎えた。


「よくぞ来られた。鷹乃殿と椿丸殿じゃな」


十四郎は深々と頭を下げた。


「お待たせしました、和尚」


老僧は二人を本堂へと案内した。


「妖刀の件、聞き及んでおります。しかし、その真相を知るには、まず己の心を見つめ直さねばなりませぬ」


そう言って老僧は、二人に厳しい修行を課した。滝に打たれ、座禅を組み、般若心経を写経する。肉体と精神を極限まで追い込む日々が続いた。


ある日の夜、椿丸は疲れ果てて庭に座り込んでいた。そこへ十四郎がやってきた。


「まだ起きていたのか」


「はい…少し考え事をしていて」


十四郎は椿丸の隣に腰を下ろした。


「何を考えていた」


椿丸は月を見上げながら答えた。


「先生のことです」


十四郎は驚いた様子で椿丸を見た。


「私のこと?」


椿丸はゆっくりと頷いた。


「はい。先生は何のためにここまで剣の道を究めようとしているのか、と」


十四郎は少し考え込んでから答えた。


「最初は、ただ強くなりたかっただけだ。しかし今は…」


「今は?」


十四郎は椿丸をまっすぐ見つめた。


「守るべき者がいるからだ」


その言葉に、椿丸の胸が高鳴った。


「先生…」


二人の視線が絡み合う。そして、ゆっくりと顔が近づいていく。


しかし、その時。


「おや、まだ起きておったか」


老僧の声に、二人は慌てて離れた。


「和、和尚」


十四郎が落ち着きを取り戻そうとする。


「明日は早いぞ。早く休むがよい」


老僧は意味ありげな笑みを浮かべながら立ち去った。


二人は気まずそうに立ち上がり、それぞれの部屋へと向かった。しかし、その夜、二人とも簡単には眠れなかった。


翌日の修行は、さらに厳しいものだった。滝に打たれながら、椿丸は昨夜のことを思い出していた。先生の言葉、その温かな眼差し。そして、あと少しで起こりそうだったこと。


「集中せよ!」


老僧の声に、椿丸は我に返った。


一方、十四郎も普段以上に厳しい表情で修行に励んでいた。しかし、時折椿丸の方をちらりと見る。その度に、昨夜のことが脳裏をよぎる。


そんな日々が続く中、ある日、老僧が二人を呼び出した。


「お前たちの修行の成果を見せてもらおう」


広場に立つ十四郎と椿丸。二人は向かい合い、刀を構えた。


「始めよ」


老僧の声と共に、二人の動きが始まった。


刃と刃がぶつかり合う音が、山中に響き渡る。しかし、それは単なる戦いではなかった。二人の動きには不思議な調和があった。まるで、互いの心を読み合っているかのように。


しばらくすると、老僧が手を上げた。


「止めよ」


二人が動きを止めると、老僧は満足げに頷いた。


「よくぞここまで来た。お前たちの絆は、刀に宿る想いとなって力となっておる」


その言葉に、十四郎と椿丸は驚いて顔を見合わせた。


「さて、妖刀の秘密についても、話をせねばなるまい」


老僧は二人を本堂に招き入れた。


「妖刀とは、人の強い想いが宿った刀じゃ。しかし、その想いが憎しみや怨念であれば、持ち主の魂を蝕んでいく」


十四郎が尋ねた。


「では、どうすれば」


老僧は静かに答えた。


「純粋な想い。守りたい者への愛。それこそが、妖刀を浄化する力となるのじゃ」


その言葉に、十四郎と椿丸は再び顔を見合わせた。二人の間に流れる空気が、微妙に変化する。


「さあ、明日からは最後の修行じゃ。心して臨むがよい」


老僧はそう言って立ち去った。


その夜、月明かりの下で二人は再び向かい合っていた。


「椿丸」


「はい、先生」


「お前は…私にとって大切な存在だ」


椿丸の目が潤んだ。


「先生…私も、先生のことを…」


言葉にならない想いが、二人の間を行き交う。


そして、ゆっくりと唇が重なった。


柔らかく、しかし強い想いが込められたキス。


二人の周りで、桜の花びらが舞い散る。まるで、二人の想いを祝福するかのように。


しかし、この幸せな瞬間も束の間。二人の前には、まだ多くの試練が待ち受けていた。葉隠の行方、妖刀の脅威。そして、二人の関係の行く末。


全てはこれからだった。


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