21 危機

 漆黒の首輪を着けた、禍々しい大気を醸し出し、ドス黒い緑の薄汚れた巨体を持った四つ目の巨人は、明らかにこの場にいるはずのない存在なのは一目見てわかる。


「だるっ」


 姶良が不満を滲ませながら、小さくそう漏らした。


 棍棒を上げようとした瞬間にオレは迅速にその攻撃範囲から逃れ、火玉を片手で二つ握り潰す。

 

 巨人が手に持つ巨大な棍棒を振り下ろそうとする。アイディンナーは一瞬後ろにいる生徒たちを流し見て、その一撃を受け止めるのを決めたようだ。


 落ちる棍棒が彼の大剣に衝突したと同時に、凄まじい風圧がオレたちを襲った。


 すぐさま顔を上げ、彼の無事を確認しようとする。


「…まじか」


 強大すぎる怪力を抑えきれなかったようで、なんとか軌道を逸らすことに成功したタチトル。いや、決して成功とは言えないな。


 左腕が肩からごっそりなくなっていたのだ。棍棒で為せる技ではない。


 閃光が走った一瞬、複数の切り傷が一斉に現れた。電撃のためか、巨人の身体から蒸気が上がり、内部を走る電気が確かなダメージを与えているようだ。


 だがまだ不十分だ。


 姶良が地面に手をつけた。いや、手というよりかはその五指だろうか。


「破裂」

 

 再度棍棒を上げようとした巨人の足元が爆発して、ヤツはうまく地に立つことが叶わなくなった。


 さらに眩しい稲妻と共に傷がまた増える。


「攻撃部位を集中させなさい。とりあえず足よ」


「了解!」


 姶良の指示に光は応えた。重傷のタチトルもまだ動くようで、剣を構える。


 すぐさま立ち上がる巨人は最初に殺すべき三人を捕捉し、武器を振り回す。しかし、光の素早い動きには対処できないようで、攻撃が当たらない。


 アイディンナーはその間隙をうまく見定めて彼に合わせた手を打っている。


 大量の血液がその足を覆い尽くすが、未だそれの機能不良には至らない。


 だが、大きく振りかぶれば姶良が体勢を崩しにかかるため、思うように行動が取れない。ジリ貧だが、これが続けばいずれは殺しきれる。


 だが、そう簡単にはいかないようだ。


 何かを察知したのか、光はほぼ反射的に、その巨人から距離を取った。


 その動作が完了した瞬間、そいつの中心に目に見えるほどの音の波が押し寄せたのだ。何が起こったかわからないが、今確かなのは巨人が能力を使ったということ。


 赤黒く火照る強靭な肉体がそれを示している。


 かと思えば、鮮血が宙を舞っていた。その血は誰のものだろうか、一体何が起こったのか。オレをそんな疑問に思うことはなく、その正体をこの目で見ている。


 アイディンナーだ。敵の巨腕が彼の体を木っ端微塵に破裂させたのだ。


「えっ?」


 間抜けな声が光の口からいつの間にか漏れていた。頭が追いつかないのも当然だろう。だが、嫌でも理解してしまった。その血はダチラスだったものだと。


 他の生徒も遅れて気がついて、あっけに取られる。


「…いやっ」


 絶望の色が伝播する。残る二人が死んでしまったら、後は全滅しかない。


 だが、そのことがわかっていても、敵の攻撃をオレがはっきり認識していても、オレは光たちに助言することができない。


 能力を解いてしまうと、何が起こるのか全くわからなくなるし、何かの気まぐれでヤツの攻撃が後ろにいるオレたちに飛んで来たとしても、対処ができなってしまうから。


 まただ。また巨人の体が赤く光った。


 直後、最もそいつの近くにいた光に大木のような蹴りが彼を掠めた。


 よくやった!


 心の中でオレはそう光を賞賛する。


 他人の死か、その攻撃を回避したためかわからないが、彼はぽかーんとしている。そう、躱せたのだ。


 そこで姶良が叫んだ。


「光る時動作速くなる!」


 端的すぎる文章だが、今の状況では適した言い方だ。


 再び光が迷宮を照らす。だが、それは巨人のものだけではなく、青い閃光を伴った。一度で終わることはなく、それは繰り返される。


 光はなんとか避けきることに成功しているが、捌ききることに精一杯だ。


 だが、一定数繰り返されるその行為にあることをオレと姶良は気がつく。


 彼女は地に指を着けた。


 定期的なタイミングで輝きを放つその一瞬。


「破裂」


 足元が爆発し、転倒した巨人をようやく光は雷を纏った剣で斬りつける。そして同時にこちら側を見た。それはオレではないことは明らかで、彼の目の先にいる者は──。


 黒い稲妻が走ったかと思えば、ヤツの脚の腱から血が吹き出した。


「遅いぞ暗馬」


「許せ、出方を伺ってた」


 ヒーローは遅れてやってくるとはよく言ったものだ。


「再生してるね」


 勝利を確信するにはまだ早すぎる。受けた傷はきれいに塞がっており、殺すにはまだ難しいことには変わらない。


「あぁ、だが諦めるには早いぞ」


「光くんは攻撃を引きつけて隙に応じて少しでも雷の傷を与えて、暗馬くんはその間に攻撃。あたしも隙を作るから、いい?」


「おっけー」


「おう」


 作戦が固まったようで実行に移った。


 光が飛び、回避した後、暗馬が抜刀して硬い巨人の表皮を容易く引き裂く。敵の攻撃は当たることなく、しびれを切らしたのか、攻撃対象を動いていない姶良に向けた。


 しかし姶良に目を向けた瞬間、即座に地面が爆破される。たがそれだけでは飽き足らず、割れた床には隙間なく氷が敷き詰められていた。


 それは巨人の足をしっかりと捉えており、ヤツの行動を完全に封殺。


 光は対象を自分に向けるため、大きな目玉に剣を運ぶ。


「ウゴォオ!」


 今まで聞くことができなかった、痛みから来るその鼓膜を破らんとする叫びは、巨人が怒ったことを知らせるには十分だった。


 浴びる斬撃の中、そのでかい瞳は光を離すことがない。


 静寂はなかった。彼らが戦っているから当然なのだが、おかしなことか生じている。


 オレの後ろから聞こえるこの音はなんだ。何かを引きずる振動と共に、不快な水音。


 光たちから目を離したくはないが、背後から徐々に近づいてくるこの謎を知らねばならないと嫌々判断した。


「……くそが」


 姿を見せたのは、道いっぱいに体を擦りつけ、ゆっくりと進むカタツムリのような化け物だ。できることならこんなもの、知りたくなかった。

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