7
勘だった。
こっちの会話に意識を向けてしまっていたからあまり気にしていなかったが、あのキモい笑い声が聞こえないなとほぼ無意識に感じて、適当にあの化け物たちに目を遣った。
能力を発動させ、世界が遅く見える。しかし、目の前は想像していた景色とは違い、真っ暗で良く見えない。
何かが影になっているようだ。
考えるよりも先に、右手に忍ばせるように常に握っていた水玉を握りつぶし、すぐさま腕から水を爆発させるように破裂させた。
「きゃっ」
発生した水圧がオレたちをその場から来た道に無理やり押し上げた。
「っぶねぇぇ!」
オレの目の前にあった影。あれは視界の大半を占めており、かなり近かったと推測できる。文字通り顔面直前だ。
キモい化け物、仮にゴブリンと呼称しよう。さっき見たゴブリンが持っていたのは棍棒だったと確認したはずだ。
水流に押し流され、オレの対岸にいる奴らは、奴らだ。あのゴブリンたち。
つまり呑気にも会話していたオレたちに気づき、あろうことかあの棍棒が、オレの脳みそをぶちまけようとしていたのだ。
舐めていた。この異世界は日本よりも簡単に死ねる。迷宮に潜る前に城のお偉いさんが、オレらに注意喚起してたろ。馬鹿みたいに忘れていた自分に、全力疾走からのぶん殴りをプレゼントしてやりたい。
「暗馬!」
彼の名前を呼ぶと同時に地を全力で踏み込み、素早くよくゴブリンらと距離を詰めた。
依然変わりなく視界遅延の能力は発動したままで、敵から目を離すことはない。すでに体勢を立て直しているし、奴らの瞳にはオレらが映っているはずだろう。
攻撃範囲内に突入したところで、右手同様に左手に握っていた水玉とは違う火玉を粉砕する。
城の騎士たちが持つ剣を模したオレの変形武器を固く握りしめ、戦闘に立つゴブリンの首筋目掛けて横に振りかぶる。
だが、それに追いついているようで、その手に持つ棍棒でオレの攻撃を防ぐ算段だ。
遅く見える視界でそれらを全て視認しながら、剣がぶつかる直前で手放す。あらぬ方向へ飛んでいった自分の武器に一切気を向けず、空いた左手が奴の首をしっかりと掴んだ。
そして火を纏い赤熱化したその腕が火を吹いた。
「アグギャャ!!」
断末魔は虚しく瞬く間に消沈し、首を中心に炭化したゴブリンの肉体が力無く倒れ落ちそうになった。
首根っこを掴むその手を離さずに、背後から迫り来る次の一手を黒い死体で防ぐ。
「ふッ」
この体格の生き物ならば筋力量は少ないだろうと推測していたが、存外その予想は外れており、攻撃の衝撃を受け止めきれずに大きくのけぞった。
硬い迷宮の壁面に背中が激しく衝突し痛みを伴うが、怯んでいる隙などあるわけもなく次の攻撃へ備えようとする。
駆け出して今にも襲い掛かろうとするコイツを見るまでもなく、オレはしゃがみ込み、かなり厚めの水壁を必要に応じて発生させる。
いや、完了させる必要はなくなったみたいだ。
ゴブリンの胸を貫く夜光石の光を反射させる刀剣が、敵の生命を絶ったからだ。
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