18

 食事が終わり、外の空気でも吸おうかと広間に向かった。綺麗な噴水の近くに腰掛け、夜空を見上げる。


 星はよく見えて、この美しい星空は日本にいた時では見たことがない。最近よく思うことがある。案外この世界も悪くないなと。


 平和で好きなことができたあの日常も好きだが、この世界も気に入っている。危険は常に伴うが、この非日常感は決して味わえることはできなかったし、魔法という未知の力も実に興味深い。


 どちらにも良さがあり、悪い点もあるがそれでいい。退屈しない生活を送れれば心が満たされる実感が湧く。不満があるとすれば、パッとしないオレの能力についてだが…。


 いや、もう一つ大きな不満があったな。オレたち生徒はまだ外の世界を見たことがない。どんなひとがいるのか、町はどんな感じなのか、どんな自然を持って、どんな生き物が生息しているのか何も知らない。


 横になり、ふぅと軽く息を吐いた。


 以前城を抜け出すことを考えたことがあるが、厳重すぎる警戒と、知識なしで飛び出すのは無策と判断し、躊躇い今に至っている。


 いま一度それを計画するのも悪くないかなと思っていた時だった。


「ねえあなた」


 優雅なひと時を過ごしていたら、急に女の声が耳に入る。


「あ?」


 星を見ていた目を横に移し、一体誰が声をかけたのか確かめる。


 面識は一切ない。こっちに来てから手が届かない存在になったと、よく生徒間で噂していたのを聞いたことがある。


 姶良あいら。目を見張るほどの美貌を兼ね備え、光に並ぶほどバカ強いと聞くこの女。


 寝ていた腰を起こし、ちゃんと座り直す、


「えっと、なにかな姶良さん」


 ただ一言。その言葉だけで、虫けらを見るような目がオレを刺す。


「その態度、気持ち悪いんだけど」


「えーっと、不快にさせてごめん?」


「はーだる…そうゆーのいいから」


 一層カスを見るような目は力を増す。


 ほんの一瞬悩んだ末に、あぐらをかいて頬杖をつき、一番楽な姿勢をとった。


「…なに? さっさと言ってくんない? お前の方がだるいわ」


 そう言うと彼女の目つきが変わった。


「は? あたしに言ってんの?」


「お前以外誰がいんの」


「……はぁー、まあさっきよりかはいっか」


 会話したことすらないのにこのオレに話があるのか?


 この世界に来てからの不思議ランキング第1位が更新されたかもしれない。こいつは他人と絡むことは全くなく、オレから見れば自分が同程度と見なした人間としかつるまないタイプと思っていたが、一体なんの用か。


「あんた能力は?」


 質問の意図が全く読めない。ただこの質問はオレに限ったものではない気がする。そうでなければ、わざわざ話しかけに来ないはずで、それくらい話をするのはおかしな状況なのだ。


「火ぃ操るけど」


「嘘つきねあんた」


 間違いじゃないが、どうしてそこまでオレの能力を知ろうとするのだろうか。こいつの考えを読み取りたくて、色々考えを巡らせる。


 公開している能力がバレており、それを知っていて今の言葉を吐いたのは、まあわかる。既に堂島三木あたりになにかと尋ねた後で、ここに来たのが考えられる。


「嘘は言ってない、炎使うのは知ってんだろ」


「あんたみたいなキモい人間は馬鹿正直に言うわけない。で、迷いなく言ったその能力は嘘ね。ほら、さっさと吐いて」


「き、きもい?」


 オレの何を知っているだと言いたくなるが、正しいのでなんとも言い返せない。しかしこの決めつけはすごいな。こいつは自信の塊のような女だ。


 それに必要以上の情報を口に出さないのも評価が高い。喋りすぎることなく、オレに自分が持っている情報を漏らさせない、よく考え言葉にしている賢いやつだ。


「言うわけないのはわかってんでしょ、そっちこそなんの目的?」


「あんたの意思とかどーでもいい」


 予想外にも、姶良は端麗な顔を近づけ、暴力的に襟首を掴み威圧する。


「なにこれ? あーあ、お前みてーな暴力女にこれっぽっちも言いたくなくなったんだけど」


 挑発には挑発を。こいつの出方を伺う。


「むかつく…あんた武器も偽ってんでしょ。嘘だらけじゃないサイテーね」


 必要以上は喋らない賢い奴と判断したが、今の言葉から感情に流されやすい女に見えるな。地頭はいいが見栄を張るタイプかもしれんと分析する。

 

「ハッ、褒め言葉として受け取るわ」


 静寂がオレたちを包み込む。黙り込んで何してんだと思っていたのだが、何か考えているのか?


「……あんた、返答レスポンス早すぎるし、 あたしのこと感情的な奴だと決めつけたでしょ、それに動揺が全然見られない。ただの朴念仁?」


 他の人なら何気ない一言に感じたかもしれない。しかしオレにはそれが心臓を掴む力を持った言葉に感じた。


「気のせいじゃない? それか元々こういう人間なだねかもよ」


「理解も一瞬…ふーん、へぇ」


 前言撤回。この女は恐ろしく頭がキレる。オレがこの会話を、能力を使って考えながら答えているのをその一端だけだが、感じ取っていたのだ。


 オレが認識していなかった弱点も指摘され、他人から見ると、こんな感じに映るのかが明白にもなった。能力を使うことにより、多くの時間がオレにだけ与えられる。しかし、その時間が長くてよく考えることができる猶予が多すぎるがあまり、結論を短い会話で完結させてしまう。


 それが今わかったオレの弱点。

 

 姶良はそれが生まれ持った才能か能力だか確定していないだろうが、明らかに訝しんでいる。


「あらあら、ようやく目が合ったね? 図星かしらおバカさん」


 はっきりとした情報を得られたからか、クスッと嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「さあどうだろ」


 魅力的な容姿とともに狡猾さを兼ね備えるこの女は、まるで蛇のようだ。ねちっこそうだし絶対根に持つタイプだそこれ。


「あんた名前は?」


「松山だ」


「舐めてんの? そんな感じじゃなかったでしょバカ」


「沖野です」


「最初から素直に言いなさい」


「はい…」


 これ以上の情報を得るのが無理と判断したのか、姶良は早々に立ち去った。


 変な人に話し込んでしまったと思ったが、相手がとびきりの美人なのでまあいいかと楽観的に考えることにする。


 ……いや動揺によって、こいつの目的を探るのが完全に頭から抜け落ちてしまっていた。調子を狂わせる天敵みたいな女だと、とりあえず姶良をそう見なすことにした。

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