26

「手荒なことをしてしまったね、お見苦しいところを見せちゃってすまない」


「光くんはなにも悪くないよ!」


 急いで光をカバーする津久見を無視して姶良は転送の子に指示を出す。


「佐々町さんそろそろクールタイム終わったね、それで移動しましょう」


「はい、姶良さんっ」


 随分と佐々町に懐かれた様子を見せる姶良は、次に暗馬にも声をかける。


「暗馬くん早くしなさい」


「…なにが?」


「あんたの能力よ、ほら急いで」


「…気づいてたのか」


 暗馬は手を空に掲げた。


「イリュージョン」


 一瞬景色がぐらついたが、すぐに元通り。念には念を、これから行う転送によるあの魔法陣と黒い光を隠すための力だと、その能力名から推測する。





「暗くなってきたね…流石に休もうか」


 転移と徒歩での移動を繰り返し、気がつけばとっくに日が暮れ始めていた。


「でも野宿しか選択肢がないよね…」


「寝れたらどこでもいい、能力があるんだしそこまでむずくないはずよ。洞窟かなにか探すべきね」


「姶良さん私地魔法で作れますっ」


「城で魔法は残穢が残るってのを聞いたわ。少しでもバレる要因をなくしたいからその必要はない」

 

 佐々町が姶良にアピールするがそれを一蹴。


 だが魔法はなにかしらの痕が残るのか。いい情報を知ったな。


「そう、ですか」


「洞窟が見つからなかったらどうするんだ姶良」


「あたしとしてはその辺で適当に横になれたらいいと思ったけど…あなたたちは嫌そうね。イリュージョン、どのくらい持続するのかしら」


「景色を化かすならそれなりに保つな。一晩なら余裕だ」


「ならそうね…」


「オレなら能力で簡単にテント程度なら作れると思うよ」


「あら、そうなの?」


「簡単にならね」


 普段なら絶対にしないが、今回に限っては自分からそう提案することにした。今いる中で役に立っていないのはオレと一言も発せず虚な堂島だ。なにかしら自分の存在価値を示さなければ、姶良なら平気にオレを切ってきそうな気がしたからだ。


 光がいる以上彼女に切られる事態になっても彼に付けばいいが、常に一緒にいる訳ではないし今日は彼の冷酷な一面を初めて見たのだ。そういった意味での保険としての役割がこの行為にある。


 暗馬のイリュージョンに続いて、鋼でできたそれほど大きくない壁と屋根を構築。


「床どうする? やってもいいけど硬くなるよ」


「任せるわ、好きなように」


「…えっと、私は欲しいです」


「あっていいんじゃないかな、野宿はみんな初めてだろうしそっちの方が安心すると思う」


「おっけー」


 完成した鉄の箱は七人が寝るには十分な広さだった。しかし中は真っ暗で、出入り口から差し込む光が奥を照らせず何も見えない。


「めっちゃ暗いじゃん…下も硬いし」


 不満をこぼす津久見だが、作った本人のオレも同じ意見だ。決して良いとは言えない環境だが、これ以上の贅沢は望めない。なんせここは高級ホテルでもなければ歴史ある旅館でもない。


「雨風凌げるだけマシだよ。それにこれがなかったら虫と寝ることになっちゃう」


「うぇそりゃやだなぁ」


 うまいこと光に言いくるめられた彼女。


「見張りをつけるべきかな? 万一に備えてさ」


「そうね、あたしがやるわ」


「僕もやるよ」


「オレも」


 オレと他二人が名乗り出て後に続くことはなかった。まあ三人もいれば最低限の睡眠を取れるだろう。


「夕食はないけど仕方ないね、明日は早めに出て町を探そう。最初は僕が見張ってるよ」


 姶良の様子を伺い、何も言い出さないことを確認してオレ彼の次をする。


「それじゃおやすみ皆」


「おやすみなさい!」


 鋼の床に座り込んだがやはり硬いな。これは安眠するには難しそうだと苦笑いして目を閉じる。チラリと堂島に目を遣るがすぐに眠りの体勢を整えた。


「……きのくん、おきのくん」


「んあ」


「よく眠れたようだね」


 重い瞼を擦って声のする方向を見つめる。寝不足のせいか、あるいは他の理由からかとても顔色の悪い光がオレを起こした。


「…思いの外疲れたたわ、交代の時間か」


「お疲れさま」


「それじゃおやすみ光くん」

 

 床と当たっていた骨の部分が痛いと思いつつも、立ち上がり外に出る。


 夜の涼しい風が肌を囁くように通り過ぎる。


「いやむしろさみぃな」


 想定外に森の凍える寒さに痺れを切らして暖を取ることにした。


「火の変形武器」


 虚空に導線に引火したように徐々に剣が生み出された。それを地面に突き刺し、熱された赤く光る刀身越しの鞘から漏れ出る熱気の近くに腰掛ける。


「あったけぇー、やっぱ武器好きなタイミングで呼び出せんの楽すぎ…」


 顕現に少し時間が必要で戦闘中に行うのはリスクではあるが、こんな時には存分に力を発揮する。武器としての使い道が正しいとは思わないが、持ち主はオレなのだからオレのやり方が正義だろ。


 見張りといっても緊迫して常に気を張らなくてもよいだろう。数時間前までほぼ死んでいたのに、こんなにも気が抜けてしまうのはどうかと思うが、人間なんだから仕方ない。


 多少時間が経てばそんなに気にしなくなるし記憶は薄れていくものだ。


 まさか丁度今敵がオレたちの居場所を察知して飛んで来る訳でもなかろう。


「来ないよな…? 頼むよまじで」


 もし来たら間違いなく全滅することだけは確かで、そこでオレの命は呆気なく終わる。そんな未来を叶えさせる訳にはいかないため、あれこれと考えを巡らせる。


 この世界で生き残るためにやるべきことだ。思いつくのは二つ。


 一つは単純明白で強くなること。言及するまでもなくそのままの意味で、誰にも命を脅かされないよう力をつけるのだ。


 次に日本へ帰る方法を見つけ出すこと。やはりあの安心する我が家に戻りたいし、あそこなら普通に生きていて殺されることはまずない。海外に行って初めて日本の良さを実感できるなんて言われているが、オレの場合は異世界に来てようやくあの良さがわかった。


 それぞれに問題はもちろん存在する。一つ目は正直言って実現が難しい。強くなることはできるが、そもそもその行為自体に危険が伴うから本末転倒だ。


 また、召喚特典でレベルが上がりやすかったり、珍しい能力が与えられており魅力的だが、現状同じ土俵の奴ら全員に勝てる気がしない。


 光や姶良に勝つ方法があるかと聞かれれば、即答で "ない" と答える。召喚された時から、スタートラインから根本的に能力格差が広がっていたのだから、今から追い越すなんて不可能と諦める。加えて、この世界にも彼らを超える強者もいるだろうし、召喚された人々はオレたちだけとは限られない。


 まあ、だからと言ってその努力を放棄することはなく、レベリングはこの先も続ける。目標は彼らを凌駕することであってはならないからだ。


 元の世界に戻る方法はどうだろうか。考えても可能性は未知数だし、そもそも帰る魔法があるのかすらわかってない。しかし、違う世界に呼んだという事実は世界間を移動する手段が一応存在することを物語っている。


 この辺は時間がかかるだろうし、光たちとも連携して探ってみようか。


 何か一つでも実現するには苦労するだろう。でもやるしかない。死にたくないから。


 オレはなんだかんだ生きることが好きだし、それにこの異世界を見てまわりたい。その夢が終わりを迎える時がいつか来るなんて本気で拒絶したい。


「でもきちぃなぁ…召喚されたらさー、もっとこう…バカ強い能力が貰えるもんじゃないん…」


 オレの頭ではオレという世界の中で自分は主人公なのだが、所詮他人から見ればオレは彼らの主人公でもなければ、中心人物でもない一般人なんだ。


 客観的に見てそんな雑多のようなオレに特別な能力が与えられるわけがない。


「むずいな世界」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハードモードで異世界転移 やま @inkoinko115115

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ