20

 目に映る敵は鼻がない巨大な象のようなヤツだ。太く長い牙に見るからに頑丈そうな分厚い皮膚。こんなの攻撃通んないだろと思いつつも、彼らの動きを見届ける。


 最初に動いたのは光だった。腰掛けていた剣を抜き、稲妻を纏った青白く輝く頭身が顔をのぞかせる。かと思えば、なぜかその雷を抑え込み、力を抑えているような行動を取った。


 剣を大きく引き、しゃがみ込んだ。直後、閃光が広いボス部屋を隈なく照らした。


 何が起きたのかわからず、あまりにも一瞬すぎる出来事だったため、理解が追いついていない。


 象が体勢を崩した。なぜか、見ればわかる。左にある前後の足が独立したからだ。


 流れ出す血液が水溜まりのように地を覆い、丸太のような二本の足は体勢を崩した衝撃であらぬ方向へ転がっていった。


 次にアイディンナーが身の丈程度の大剣を掴み、剛健そうな二本の牙を豆腐を切るみたいに斬り落とした。


 そして歩みは止めず、そのまま残る片側の足を無惨にも切り離していったのだ。


「うげぇ容赦ねぇ…」


 ここにいる生徒の多くもオレと同じ意見だろう。


 ここまで惨いことをいとも容易く行うなんて、そう簡単にできることじゃない。だがそれで終わらず、最後の仕上げをするかのように、その装甲を紙一重に切り崩していった。


 手口は鮮やかで、非常に正確。さすがは王国の実力者と言ったところだ。


「さあ、露出した部分に攻撃を」


 近づき、見下ろした先にいるこの象モドキを可哀想に思うが、同情はしない。最終的に殺すのだから、普段オレたちが行っているレベリングと本質は変わらない。


 剥き出した筋肉を軽く足で突いてみたら、やはり硬い。今の筋力ならば、ここに剣は大して通らないと判断し、火を纏う。


 火を瞬間に力を込めて、断続的に激しく噴出させる。一撃の威力を高め、レベル上げに必要なダメージを着実に与えるためだ。


 次々と傍観していた生徒たちも加わり、完全なリンチと化していた。


 数分もすれば、敵の顔からは生気が見られなくなり、もうすぐ死ぬのは誰が見ても明らかだった。


 だが、作業的に行われたこのえげつない行為は不意に終わりを迎えることになった。


 身体に力が湧いてくるのがはっきりと感じ、今なら空を飛べそうな感覚と、なんでも倒せるそうな全能感が迸る。あくまでも比喩的な表現だが、確かにその実感を得たのだ。


「ステータス表示」


──Lv:1

 能力:視界遅延 Lv:2 言語理解

    持久力向上

 武器:変形武器 Lv:2


「ほーん、んあ?」


 改めて思うが、召喚される人間はもっと強くあるべきだと思んだ。レベルが上がるのは当たり前だが、やはり能力が地味すぎて、絶対強くないだろと感じる。


 ましてや先ほど光やアイディンナーの動きを見た後ならば、なおさらだ。


 愚痴はさておき、再びステータスに目を落とす。レベルが上がったことによる基礎能力の向上と、能力の欄に追加された『持久力向上』。発動条件が感覚としてわからないため、恒常的に機能しているのだろう。


 地味すぎるが、案外役に立つスキルだと思う。なぜならオレは疲れるのが嫌いだから。それに戦闘中に何かと役に立つだろうし。しかし、これのレベルはこの先上がらないのが不満ではある。


 初期から持っていた『視界遅延』はさらに遅く見ることができるという単純な強化だ。


 さて、一番重要な『変形武器』だが──。


「沖野、その様子だと上がったようだな」


 嬉しそうな表情が見え見えな堂島が、隣から声をかけてきた。


「そっちも同じようだね。とりあえずはいい感じ」


「ねー…私上がってないよぉー」


 演技ではあるが、泣きそうな顔を見せる三木が近づく。


「たぶんもうすぐ上がるよ。オレらだった上がったんだから」


「そーかなぁ? そーかも」


「さて! 今日の予定はこれで終わりだが、今から城に戻る。レベルアップが嬉しいのはわかるが、うっかりしないように」


「沖野くん、どうだった?」


「光くん。ありがと、お陰で達成したよ」


「うんうん、それが聞けてよかった」


 光は全員の状況を聞いて回っているようで、とことん仲間想いなヤツだなと感じさせられるな。


 アイディンナーのよく響く一声で再び纏まりを作り、城に帰る。


「ただのキャリーだったな今回」


 楽にレベルを上げれたことに幸運に思い、るんるんで帰路に着く。


 安心して来た道をしばらく歩くだけだったその時。


「あたっ」


 先頭が急に止まったのか、前の人にぶつかってしまった。


 道中初めて止まったことに加え、もう出口近くなのにと疑問に思い、前方を覗く。しかしそこには敵はおらず、なぜ止まっているのか全くわからない。


 アイディンナーが耳を澄ませている。真似をしてみるが、別に何も聞こえない。いや、徐々にだがなにか聞こえる。太鼓を叩くような重く響く音だ。


 いち早く武器を取ったのは姶良だった。


「お前ら下がれぇ!」


 三人を除いた生徒たちは反射的に大きく後ずさった。


 段々と近づく心臓を打つような重音は着々とオレたちのところに向かっており、もうかなり間近だ。


 暗闇から現れたのは巨人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る