9

「しっ! あれ」


 指さす先には先ほど戦ったゴブリンたち。


「…ぁ」


 三木は怯えた色を隠すことなく、小さく息を漏らした。数秒もすれば奴らはオレたちのことを捕捉して、容赦なく襲いかかってくるだろう。


「隠れ…」


 角を曲がり、身を隠すことを指示しようと思ったが、寸で止めた。これは良い機会なのではないかと。


 奴らの能力は先の戦闘で理解した。体躯に似つかない怪力を有しているが、特別な力を扱うわけではない。


 故に、堂島と三木をこの戦いに巻き込んで、今後の展開に持ち込むためにそれを利用する。もちろん、油断せずにオレは能力を使って、予想外に対応できるようにするのを忘れずに。


「おい…あいつら気づいたんじゃないか…?」


 堂島の言ったことは正しく、すでに奴らは迷いなくこちらに走り込んでいる。


 最初に捕捉していたし、辺りの警戒は怠っていなかったため、距離はそれなりにある。


「まだ遠いね。でもじきに戦わなきゃいけなくなる。今はやるしかないよ」


「……ああ、わかってる」


 彼は大剣を握りしめ、覚悟ができたことを知らせた。


「三木さん」


「あ、あのっわた、しは」


 動揺し困惑する彼女の肩を少し強く揺さぶり、意識をオレに向ける。

 

「落ち着いて、なにも近距離でやり合う必要はないよ。三木さんの能力に適したやり方でいい」


「わたしの、やり方…」


「まだ距離があるよね、でも数を減らしたい。ならここから能力を適当に打ち込むだけでいい。一直線なんだから、案外当たるさ。これは三木さんしかできないよ」


「わたししか…で、でもわたし…殺しとか」


「生きるために殺すんだよ。ほら、近づいてきてるぞ。どうする?」


「あ、あ、やば、どうしよ」


 堂島は緊張により、このやりとりに横やりを入れられる状態ではなく、ゴブリンたちから目を離すことない。


 段々と互いの距離が縮まる。舌を出し、涎を撒き散らしながら、オレたちを殺すために走っている。


 緊張がオレにないわけではなく、意思に関係なくそれによって汗が滲み出る。能力はまだ使わない。視界遅延時は喋るのが難しいからギリギリまで欲張る。


 滝のように汗が漏れ出ている三木は視線をオレと奴らを素早く反復させている。

 

「やるしかないよ。死にたくないだろ。さあほら」


「や、いや、むり…」


「三木さんを殺しに来てるぞ。ならやることはひとつだ。さあ」


「た、たす、助けてできない…」


 呼吸が短く、浅くなってきているのが、目に見えている。


「オレを頼るな。もしオレが死んだらお前を助けれない」


「でもっでも! 怖いよ! 助けてよ!」


「早くやって。死にたいのお前」


「やっいや…! やだたすけて! おきっ沖野くんたすけて!」


「無理ならここで死ね。さっさとしろ」


「おっおき、やだ沖野くん! たすけっ、たすけ──」


「やれ」


「ひっ」


 乱れる呼吸と溢れ出す体液と共に彼女は倒れ込んだ。


 三木から意識を完全に外す。


 最も敵に近い堂島は大剣をを再度しっかりと握りしめると同時に、身体が微かに赤い光に包まれた後に、薙ぎ払った。その速度は目を見張るほどに高速で、斬撃に当たったゴブリンは一刀両断された。


 飛び散る血肉と内臓がグロい。


 しかし、彼の攻撃を奴らは意外にも躱しており、先頭を走っていた二体だけしか仕留めることはできなかった。こいつらに地球の野生生物以上の知性があり、堂島を警戒していたことを悟って、過剰に侮ることの危険性をオレに知らせる。


 剣を振り終えた隙を逃すまいと飛びかかるゴブリンを、オレは水の塊をぶっ飛ばして、攻撃を中断させる。


 堂島の横を暗馬が風のように通り抜け、迅速に抜刀し、その刀を振るう。刃は棍棒で防御したゴブリンを呆気なく通過し、滑らかに斬り殺す。その光景に後退りする奴らに容赦することなく、次の獲物へと刀を運んでいった。


 オレは彼の戦闘をただ傍観しているだけだ。鮮やかな動きで全てを斬り伏せたこの状況を見ていただけ。


 それだけで彼が今どれほど強力なのかをとてつもなく理解した。


「おつかれ」


「ああ」


 暗馬はそう返事をし、こびり付いた血を弾いて鞘に刀をしまう。


 オレは堂島と三木を見てこう言う。


「さてどうする、君ら二人で先に帰ってく?」


 初めての戦闘後に茫然としている彼に、その判断を任せる。


「…いや、付いて行く。俺一人じゃ三木を守れない」


 彼からすれば正しい判断だ。この状態でそれができたのは悪くない。


「そう、なら行くよ」

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