第三章 お喋りな魔女と書斎の王
第八話
「ここ……だよね?」
地図に書かれた住所と目の前の建物を交互に確認する。
「うん、合ってるね」
フェリクがスマホを片手に頷く。
「ちょっと予想外のロケーションですねぇ」
リジーの言う通り、クレヴァントの教えてくれた住所は予想外の場所を示していた。
「団地だよね、これ」
それも相当年季の入った。築60年は越えているだろう、いわゆる「ニュータウン」の時代の団地だ。
「……ほんとにここ?」
疑うマリィに、フェリクはスマホの画面を見せる。表示された地図アプリの現在地は間違いなくメモの住所と一致している。フェリクはスマホをしまうと目の前の建物を見上げる。
「勝手に高級マンションみたいなの予想してたわ」
「わかります」
頷くリジーの鞄には今日はロゼの姿はない。気紛れな紅い猫は今日は留守番を決め込んだようだった。
「で、何号室?」
フェリクの問いにマリィは再度メモに視線を落とす。
「B棟507号室だって。B棟は……あれね」
三人連れ立って団地内を歩く。団地内に人の気配はなく、他の住人に会うことはなかった。
* * *
「ついた……」
階段を上り切ったところでマリィは荒い息を吐く。
「マリィ、魔法力だけじゃなくて体力にもきてるね」
「まさかエレベータ無いなんて思わないじゃない!」
「古いマンションだとよくあるみたいだよ?まあなんにせよ、お疲れ」
フェリクは汗一つかかず飄々としている。リジーは心配そうにマリィへハンカチを差し出してくれた。リジーに礼を言うとマリィは507号室の前に立つ。青く塗られた金属製の扉は古びており、あちこちに塗装の剥げと錆が浮いていた。人の気配はなく、廊下はしんと静まり返っている。本当にここに魔女がいるのだろうかとマリィは内心疑いつつも、恐る恐るドアベルのボタンを押した。
「ピンポーン」と能天気な音が響き、続いて「はあい」と住人の声。少しの間の後、がちゃりと内側から扉が開けられる。
「はいはい、どちら様かしら?……って、あらあらまあまあ!」
現れたのはふくよかな中年の女性。ベリーショートと言っていいほど短い巻き毛にスウェットの上下というカジュアルな服装。おおよそ魔女とは遠い姿に、マリィは住所を間違えたのかと一瞬本気で考えた。玄関にはレースの上に置かれた木彫りの置物やどこかの風景画が飾られており、どことなく「おばあちゃんの家」といった空気を漂わせている。しかし、女性は三人を見ると大きな目をさらに大きく見開いて驚いた表情を見せ、そして声を弾ませて三人へ話かける。
「あなたたち、どこからいらしたの?北関東魔女連合会?それとも全国魔女協会かしら!ともかく久しぶりのお客様ね!うれしいわ、ここのところ魔女のお客様なんてめっきり減ってしまって寂しかったのよ!昔はそれはもう毎日のようにお友達が訪ねてきてくれたものよ。だけどみんななかなか足が遠くなっちゃってね。あらいやだ、わたくしったらお客様を玄関にお待たせしたままだなんて。ちょっと待ってらして。すぐに準備するわね!」
そう一気に言うとマリィたちの返事を待つまでもなく扉はがちゃりと閉じられ、三人は扉の前に置き去りにされる。
「え、あの!?」
慌てて室内へ声をかけるが返事はない。
「一応、魔女の人っぽいですねぇ……」
「ノンブレスだった。すごい」
「いや、どうしたらいいのこれ?」
マリィの戸惑う声と同時、がちゃりと再度扉が開き、女性が顔を覗かせる。その恰好は先ほどまでのスウェットと違い、黒いドレスに濃紺のローブを身にまとった「魔女らしい」恰好だった。よく見ると化粧もしっかりと施されている。
「お待たせしちゃったわね。さあ、入って入って!」
またもマリィたちの返事を聞かず、魔女らしき女性は素早く三人の背後に回ってその背中を押す。マリィたちは押されるまま室内へと一歩踏み入れるが、室内の様相は先ほどちらりと見えた様子とは大きく異なっていた。
「わ……、お屋敷だ!」
「師匠のお家と同じスタイル?なんでしょうか」
玄関ホールは高い吹き抜けから光が差し込み柔らかい光に満ちている。
「さあさ、こっちよこっち。ついていらして」
魔女の後について廊下を進む。少し歩いて、応接間に通された。
「ごめんなさいね、今使えるお部屋がここしかなくて。狭いでしょう、恥ずかしいわ」
魔女はそう言って肩を竦めるが、通された部屋は十分な広さがあるように見える。
「さあ、とにかく座って座って!それであなたたちはどこからいらした魔女なのかしら?」
「あ……私はマルルカといいます。こちらの二人はフェリキスとリセラ。……あの、オリアンナさん、で合っていますか?」
勢いに押されるまま自己紹介し、続けて魔女の名前を確認すると、魔女——オリアンナはしまったというように両手で頬をはさみ、慌てて返事をする。
「あらあらまあまあ、ごめんなさいね。わたくしったら自己紹介もしないままで。ご指摘の通り、わたくしは水の魔女オリアンナよ。昔は『濁流』だとか『暴流』だとか嬉しくない二つ名が多かったわね。だけどもわたくし、実はこの二つ名も結構気に入っているのよ。だってどちらも強力なイメージじゃない?強い魔女!ってわたくしとても憧れるのよ。『業火のイグナリス』なんて本当にわたくし憧れていて、それで……」
オリアンナのお喋りはとどまる様子がない。三人はしばらく大人しく話を聞いていたが、やがてしびれを切らしたように
「あの!私たちオリアンナさんにお伺いしたいことがありまして!」
と、マリィがやや強引に話を止めた。そんなマリィの言葉にオリアンナはまたもやしまった、という表情を浮かべて三人へ謝る。
「ごめんなさい、そうね。ご用事があってこられたのよね。それなのにわたくしったら自分の話ばかり。本当にごめんなさいね?師匠にもずっと言われていたのよ。『あなたはもっとちゃんと人の話を聞きなさい』って。自分が話すばかりじゃなくて。それなのにわたくしったら!ああ、本当にごめんなさいね?それでええと……なんだったかしら?」
ようやくオリアンナが話を聞く態勢に入ってくれた。マリィはその隙を逃すまい、と用件に入る。
「50年前のハロウィンの宴でのことなんですが。——『満月のポーション』について、何かご存じではないですか?」
マリィの言葉に、オリアンナはまたも目を大きく見開いて驚いた表情を見せた。
「まあまあまあ!懐かしい話だこと!」
また、長い話が始まるようだった。
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